【7】
階段を駆け上がる。
後を追うように『眼』が追従し、輝く光弾を放ってくる。
引き金を引けば黒い眼球は四散した。
勢いを落とすことなく走る。
── 道が途切れている!
「上です!」
すかさず真上にストランドを伸ばし、宙に浮かぶ瓦礫を蹴り上げながら上昇する。
その直ぐ後ろを巨大な紫の光弾が掠めていった。
異形の化け物 ── おそらくアハンカーラの化身が放ったものだ。
散弾のように放たれたそれは瓦礫を一瞬にして消滅させる。
直撃すればゴーストがいようと関係ないだろう。
再び虚空に複数の眼球が現れ、こちらに狙いを定める。
「タイタン!」
その呼びかけの意図を過つことは無い。
左手で腰のハンドキャノンを抜き放つ。
見た目以外にも過剰な改造が施されたそれは凄まじい銃声と共に大口径の弾を吐き出す。
銃声が鳴り止むと眼球は何も出来ずに消滅していた。
瓦礫を盾に足を止めることなく装填を行う。
── そう単純な話ではないか…
戦闘が始まってから登り続けているが景色が変わったようには見えない。
そして ──
階段から空間の中央に向かって飛び出す。
そこには何も無い深淵があり、化身が浮かんでいた。
それを掠めるようにストランドを展開し、すれ違いざまに散弾を叩きつける。
しかし確かに命中した銃弾は何の影響も与えることはできなかった。
「おそらく物理法則に縛られる存在ではないのでしょう」
回避軌道を続けるタイタンにゴーストが語りかける。
「ですがこちらに影響を及ぼせる以上、打開策はあります」
── あの眼か…
何も最初から全く攻撃が通じなかった訳ではない。
眼球を打ち落とした上での銃撃は確かに痛痒を与えていた。
「あの宿られた『眼』によってこちらを認識する事で別の法則を維持している」
しかし ──
片手で数えられる程だった黒炎のような眼球は今や無数に展開されている。
「タイタン…」
ゴーストが意を決したように話しかける。
「骨を使うべきです」
目の前に現れた眼球をあくまで銃弾でたたき落とす。
「貴方なら願い竜の呪いをねじ伏せる事もできます」
ストランドを展開し、それを軸として壁面を駆ける。
「ここで死ねば、彼女は待ち続ける事になるんですよ!!」
── クロウに契約を横入りされた事で童女のように不貞腐れ、早めの帰還を約束したオルの姿が脳裏を横切った。
足を止め、意識を集中する。
左腕に括り付けられた骨にストランドの糸を伸ばし、あくまでその超因果的な力をエネルギーとして引きずり出す。
化身は足を止めたタイタンに対して自身の周囲に眼球を集め、吹雪のように視界を埋め尽くす光弾を放つ。
── 緑の閃光が迸った。
光弾は彼の体を守る緑の糸によって編まれた織り目によって弾かれる。
その両腕には竜の爪の如き刃が同じく光糸によって形成されている。
頭部にはエネルギーが迸り、まるで一つ目のようだった。
── 刃を振るう。
無数の光り輝く刃が『眼』に放たれる。
標的を緑糸として引き裂き、それすらも新たな刃として再形成していく。
両腕の刃が交互に振るわれる度、次々と刃は飛び立つ。
宿りの眼を平らげた刃の群れが化身に殺到していく。
── ─ ── ─
ズタズタに引き裂かれたアハンカーラの化身は何かに吸い込まれるように消失していった。
【8】
「やりましたね!タイタン!」
ゴーストの勝利を喜ぶ声が響く。
化身の消滅によって二人は通常の空間 ── 塔の頂上手前、踊り場にいた。
「…」
「さぁ、ゴールは目前です。行きましょう!」
上から光が降り注いでいる。
吹雪は治まったのだろう。
── 他のやり方など無かった、か…
骨をじっと見る。
ストランドの力によって概念的に縛り上げられたそれは彼に望みを問い掛けることなどなかった。
視線を上に向け、階段を登る。
そこに目的地があるはずだ。
── そこに竜がいた。
それは幻影に過ぎないのだろう。
それでも圧倒的な存在を示していた。
── 化身とは比べものにもならない巨躯。
── 翼のように並んだ幾つもの触手。
── 巨大な顎と無貌の甲殻。
そして、その甲殻が左右に開かれる。
── そこにある不揃いに並んだ幾多もの眼
─ 望んだ栄光は手に入ったか? ─
それは嘲りの言葉だった。
「あ…あぁ…」
ゴーストが恐怖に言葉を失う。
狙いは骨を操る自分ではなく相棒だったのだろう。
いや、相棒を利用することで自分を狙ったのだ。
── 世界の織り目を操るストランドを応用する事で精神を守り、アハンカーラの力を使いこなす。
そんな傲慢を竜が許すわけがないと知っていた。
あるいはこの依頼自体、その力によるものか。
どちらにせよ自分は竜に負けたのだ。
宿りの浸食が広がっていく。
ゴーストの悲鳴が響く。
── 自分の傲慢に巻き込んでしまった。
彼は警告してくれたというのに。
── クロウは自身を責めるだろうか。
どうか気にしないで欲しい。
愚か者が身の程を知っただけなのだから。
── 彼女は…
口の端が吊り上がるのを感じる。
最期の時だというのに他人の事ばかりだった。
竜の恐ろしい嗤い声が響く。
そして意識が闇の中に沈んでいった。