希望に満ちた無知   作:ナインボールの使者

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かつて、男の手には絶対の不死が握られていた。

 

『偉大なる竜狩り』 ── かつてそう呼ばれた戦士の五感は、安酒によって、今や泥濘の底に沈んでいる。

 

「…フォールン。酒だ」

 

濁った声が、静まり返った隠れ家に虚しく響く。

彼は、『エリクスニー』をわざわざ古い差別的な呼称で呼んでいる。

 

そうして誰かを見下していなければ、ゴーストを失い、死の恐怖に怯える己こそが『落ちぶれた者』という惨めさに耐えきれないからだ。

 

そして当然、応える者は誰もいない。

ガネスは不快げに、短く舌打ちをした。

 

── あのお嬢様が火星時代から従えるカバルの古参兵たちが、いつここに突っ込んでくるか分からない。

 

その恐怖に突き動かされるがまま、フォールンたちをすべてアジトの防衛へと駆り立てたのは自分自身だ。

 

裏社会の有力者、オル・アムラルがアハンカーラの骨を探しているという噂を聞いた時、その脳裏に走ったのは浅はかな生存本能だった。

 

── 箱入りのお嬢様なら、そこらで拾ったゴミ骨を適当に見せつければ、いくらでも前金を毟り取れる。

 

だが、現れたオルの使者はあろうことか、一機のゴーストだった。

 

宙に浮くその姿を見た瞬間、ガネスの胸に醜い嫉妬が狂い咲く。

 

「欲しければ持っていけ。欲しくないなら、失せろ!」

 

ボロボロの骨をナンニの前に叩きつけ、ガネスは酒場へと逃げた。

 

偉大なる竜狩りなら、骨の危険性を諭し、導いてくれるはずだ。

 

そんなオルの幼い期待を裏切った代償は、彼女がナンニに代筆させた烈火のごとき抗議文だった。

 

ガネスはそれすらも、シティ中にばら撒く事でバンガードを盾にするための政治的な道具として利用した。

 

かつての英雄の信用を、薄汚い保身の道具にすり潰すことに吐き気を感じながら。

 

── 現在

 

ガネスは相変わらず安酒のボトルを傾けている。

 

拠点の外、静まり返った闇の中に佇む、多脚戦車『フォールンウォーカー』、そのセンサーが、何かを捉えた。

 

その巨大な砲身が、目標に向けられる。

 

瞬間、暗闇の奥から緑色に発光する無数の刃が、一斉に飛来する。

ウォーカーの装甲は一瞬で刻まれ、ガネスの頼みの綱は、爆音と共に鉄屑の山へと変わった。

 

しかし、アルコールに五感を麻痺させたガネスの耳は、そんなことにすら、気づくことができなかった。

 

【6】

 

その頃、武器庫の私室。

 

オルは手元のタブレットで仕事に取りかかっており、ふと思い出したように、冷ややかな声を響かせた。

 

「ナンニ、彼女からの報告は?戦力を遊ばせている余裕は無いの」

 

自身の組織は小規模であり、火消しは順調とは言え、電子戦に優れるサイオンがいるに越したことはないのだ。

 

背後に滞空するナンニは、シェルを微動だにさせず、無機質な電子音で応えた。

 

「一定の距離を確保し、ガーディアンの監視を続けています」

 

「あら、最低限の警戒は出来るのね」

 

── 愚か者の割には。

口には出さない。だって品が無い。

 

かわいいナンニを騙すような真似をしたクズには我慢ができず、淑女らしくない『罵倒』の手紙を送りつけてしまったが。

 

しかし、ガネスがそれをバラ撒いたことで、こちらの組織の動きが完全に制限されてしまったのだ。

 

シティには、バンガードだけでなく、女帝カイアトルの目もあるというのに。

 

── あぁ…もぅっ。

 

不愉快と言えば、あのタイタンも同類だ。

 

あの男がバラ撒いたメッセージを見て、分け前に預かろうと蛆虫のように集まってきた詐欺師。

 

『最初の呪い』 ── そのレプリカ。

 

テックス・メカニカの型落ちを無理やり改造した、歴史の価値もないただのハンドキャノン。

 

そんな偽物の玩具を腰に下げている男が、この自分を騙し通せると思っているのだろうか。

 

「現在、敵陣へ正面から乗り込み、目標の捜索を行っているとのことです」

 

「ふぅん…」

 

オルは気のない返事を返したが、その言葉に含まれた奇妙な違和感に、ピタリと端末を弄る手を止めた。

 

「待って。今何て言ったのかしら? 正…面…?」

 

「はい。防衛線のウォーカーを正面突破し、そのまま侵入したと報告が入っています」

 

「…あの男が取引を履行しているように聞こえるのだけれど」

 

「最初からそう言っています」

 

「…は?」

 

「品が無いですよ」

 

言葉の意味を脳が理解した瞬間、彼女の美しい顔に、みるみる驚愕の表情が浮かび上がった。

 

「っ! ナンニ、直ぐに部隊を用意なさい!」

 

オルは冷静さを取り戻すために深呼吸をし、部屋を出ようとするナンニを呼び止める。

 

「状況は?」

 

「無礼者はたった今確保されたそうです」

 

その報告を聞いた瞬間、オルの紅い瞳が、すっと細められた。

 

「そう…なら、ウォービーストを用意なさい」

 

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