【11】
それは罵倒だった。
聞き取れない単語はカバル語だろうか。凄まじい言葉の暴力を浴びながら、しかし彼は冷静だった。
── 本質を見抜きなさい、か…
タイタンは己の決定的な過ちを自覚する。
彼女の骨子となるのは冷徹な淑女ではなく、紛れもなく誇り高きカバルだった。
自分はその誇りを踏み躙ったのだ。
彼は言葉を発さず、真摯に叱責を受け続けた。
オルはすぐにこちらの反省を察したらしい。
ピタリと言葉を止め、どこか気まずそうに目をそらす。
「オル・アムラル」
その沈黙を破ったのはクロウだった。
「少し彼と話しても良いだろうか?」
オルは深呼吸をして答える。
「ええ、構いません。クロウ」
クロウがこちらを向く。
「今回の件はそもそも例の抗議文の調査依頼だった」
彼は確認するように言う。
その声の響きは冷たかった。
「それが、どうして国家元首を巻き込んだ会議になる?越権行使も甚だしい…いや、今回に限った話じゃないな」
クロウは問題を容赦なく指摘していく。
「戦線は激化している。この局面においてこれ以上のリスクは負えない。お前の責任能力には重大な問題がある。── 従って、契約はここで解消させてもらう」
オルが声を上げようとするが、それを手で制する。
「オル・アムラル。彼が請け負っていた仕事は君の組織に引き継いでもらいたい」
彼は此方に目も向けない。
── 用済みと言うことか…
返答に窮するオルを眺め、自嘲する。
「もし戦力に不安があるというのなら ── 」
クロウはこちらを見る。
「傭兵を紹介しよう。腕は確かだが前金でしか動かない、非常に扱いづらい男だ。上手く手綱を握ってやってくれ」
オルが驚いたようにこちらを見た。
その一連のやり取りを静観していたカイアトルが愉しげな笑い声を響かせる。
「 ── 面白い。火星の泥を吸ったその『白き女主人』がその男とビジネスを行うというわけか」
彼女はオルを見据え、尊大に頷く。
「こちらは問題ない。お前の『家族』についても黙認しよう」
「…寛大な措置に感謝を。── 女帝カイアトル」
「ガウルの真似事にしては実に殊勝ではないか」
カイアトルは眩しいものでも見るかのように目を細める。
── せいぜい励むことだ。
そう言い残し、女帝は去っていった。
オルは恭しく頭を垂れている。しかし、その白い肌のせいか隠しきれない興奮で彼女の耳の端がほんのりと赤くなっていた。
無理もない、自身の奉ずる誇りの頂点に認められ、家族の安全も保障されたのだ。
オルから視線を切り、ゆっくりとクロウに向き直り謝罪する。
「…すまなかった」
彼は苦笑する。
「お前がどういう人間かは、理解しているつもりだ」
暖かな信頼に満ちた声だった。
「だが…もう少し考えて行動してくれ」
その目は心底疲れ切り、死んだ魚のようだった。
ホログラムだというのに煤けた男の背中を見送っているとクスクスと鈴の鳴るような笑い声が聞こえる。
振り返ると猫のように目を細めて笑うオルの姿があった。
「いい友達ね?」
彼女は歩み寄り、悪戯っぽく微笑む。
「これからは、ビジネスパートナーね」
彼女はそっと手を差し伸べた。
「最初に ── 貴方の名前を教えてくれるかしら?」
【12】
「 ── 」
ゴーストに名前を呼ばれる。
「仕事中はタイタンだ」
「これは失礼。随分と気を抜かれていたので」
難民たちの受け渡しは無事に完了し、彼らは安全なシティへと去っていく。
半年前から続き、これからも続くビジネスだった。
「誰の事を考えていたか当てましょうか?」
彼はむっつりと黙り込む。
「ええ、彼女は素晴らしい人物です。ゴーストである私にもプライベートスペースを用意してくれるんですから」
シェルが戯けるように揺らされる。
「コックピットや野晒しで休息していたのが信じられませんね」
不機嫌に鼻を鳴らす。
「今回は楽に終わりましたね。彼女への言い訳を考えなくて良いのは良かったですね?」
── 反省は行動で示さないとね?
彼女の言葉を思い出す。
今後の仕事の報告はゴーストに頼らず自分でやるように言いつけられたのだ。
「まぁ、二人きりの時間は減るかも知れませんが」
睨みつけるとゴーストはリージョナリー達の方に逃げていった。
今やオルの武器庫は彼らの拠点である。
シティから十分離れた位置でカーゴシップが待っているはずだ。
ゴースト達の方へゆっくりと歩みを進める。
─── ─ ── ─
足を止め、振り向く。
そこにはシティの外壁しか見えなかった。
「どうかしましたか?」
ゴーストやリージョナリーが自分の行動を訝しむ。
「…いや」
何でも無いと彼らに先に行くよう促した。
ゆっくりと自身の左腕に括り付けられた骨を見つめる。
意味も不明瞭な微かな音だった。
それは脳髄を直接引っ掻くような不気味な ──
── 『囁き』だった。
第一章 武器庫の女主人 了