願わくば無知であれ【1/5】
【1】
ヨーロッパ・デッド・ゾーン 山間部。
荒れ狂う白銀の地獄。
その猛烈な吹雪を逆矢印型の鋭利な翼が切り裂いていく。
タワーのハンガーで手に入れられる安価な移動手段 ── ベクター級ジャンプシップ。
その頑丈な単発エンジンが高音を響かせ、乱気流に揉まれる機体を前進させ続けていた。
雪片が激しく風防ガラスを叩く。
「…それで、引き受けてくれるのか?」
投影されたクロウのホログラムはエンジンの振動で細かくブレていた。
「…契約は解消じゃなかったか?」
タイタンはむっつりと応える。
「まだ根に持っているのか?」
クロウは呆れたように続ける。
「そもそもだ ── あれはお前が根回しを丸投げした結果だろう」
タイタンはその発言に鼻を鳴らす。
「…あのう、仲が良いのは分かりましたから、そろそろ本題に入りませんか?」
ゴーストの言葉に二人は顔を見合わせた。
クロウは咳払いをして説明を始める。
「バンガードのガーディアンによって当該セクターの制圧作戦は完了した」
コックピットのディスプレイに目的地の情報が表示された。
「だが山麓の境界線…外周にはまだスコーンが存在している可能性がある」
スコーン ── 暗黒に汚染されたエリクスニー。
蘇生能力を持ち、完全な殲滅は少々手間だ。
「お前に頼みたいのはその調査および処理だ」
ゴーストがシェルを傾げる。
「…スコーンが何故地球に?」
「知る必要は無い」
クロウはにべもなく応えた。
── いつものことだ。
タイタンは無言で操縦桿の感触を確かめる。
反射する青白い光が重厚な装甲に括り付けられた不気味な骨の表面を薄暗く照らす。
「…リスクは分かっているはずだ」
クロウの視線がその無骨な籠手に注がれた。
「お前がその骨をどう使っているかは知らない。だが、それはお前が思っている以上に ── 」
タイタンは彼の言葉を遮った。
「バンガードが触れたがらないゴミを掃除する。いつも通りにな…」
男の言葉にゴーストは呆れたようにシェルを揺らした。
「だそうですよ、クロウ。それに彼が面倒を請け負うのはいつものことです」
クロウは苦笑する。
「…今回の報酬はお前に直接支払った」
── 彼女に土産でも買ってやるといい。
それを最後にクロウからの通信が切れた。
「行けるな。ゴースト」
ゴーストはいつも通りに応える。
「ええ、タイタンいつでも」
【2】
「…残念ながら、調査ではすみませんでしたね」
ウォーロード達が治めた城塞、その旧跡でゴーストはそうごちた。
荒れ狂う風雪が石畳を白く染めてゆく中、タイタン達は複数の影に囲まれている。
スコーンの兵卒 ── ストーカーの群れだ。
個々の戦闘力は低い。
だが、その物量は脅威だった。
タイタンはウェイストランダーを片手で構える。
銃声とともに散弾が放たれ、距離の近かったストーカーを物言わぬ肉塊に変えた。
跳ね上がる銃身。
男はそれを腕力だけで抑え込む。
右から迫る別の一体。
銃口を薙ぐように向け、引き金を引く。
散弾は容易く肉を貫き、体液が石壁へと飛び散った。
射撃の合間を縫って、さらに別の一体がメイスを振りかざし飛びかかってくる。
男は視線すら向けない。
左拳を突き出し、その顔面を殴りつける。
ストーカーは後方へと激しく吹き飛ばされた。
銃口を正面へ戻し、引き金を引く。
一発。また一発。
銃撃と破壊が繰り返される。
「残弾一」
ゴーストの淡々とした一言が耳朶を叩く。
タイタンは左手から緑色に輝く複数の糸を放った。
糸は連なり ── ストランドとなって虚空に突き刺さる。
ストランドが巻き取られ、タイタンが上空へと飛び上がった。
飛びかかってきたストーカーたちの武器は空を切る。
彼は回避の勢いをそのままに急降下へと転じた。
左手の巻き上げられたストランドを地上の這う者たちに叩きつける。
深緑の奔流が爆発的に広がり、巻き込まれたストーカーの肉体は糸のように解れ、次々と分解されていく。
緑糸の乱舞が終わった時、広場を埋め尽くしていた群れは跡形もなく処理されていた。
男は立ち上がり、散弾銃を構える。
肩越しに一発。
背後では頭を吹き飛ばされた死体が転がった。