どうやら俺は異世界帰りの元勇者らしい~目が覚めたら元いた世界(?)にダンジョンが出現していたので、自分の中に秘められた力で無双してみる~ 作:記憶喪失22号
「……なんだ? もう疲れたのかな、勇者よ?」
闇を象徴したかのような黒い長髪に、禍々しく頭から生えた二本の角。それだけで、あの女が普通の人間でないことがわかる。
──……ようやく、ここまで辿り着いた。
頭上で傲慢不遜にこちらを睥睨してくる世界の災厄──魔王を見上げて、青年は不意にそう思った。
両手に握った剣の柄に力が籠る。異世界に来てから早十年、本当に色々なことがあった。
まさか、自分が世界の命運を左右する最終決戦に辿り着けるなんて、夢にも思わなかった。
この異世界に来た特別な理由はなかった。本当に、ただ偶然に呼ばれて、世界を救う勇者としていつの間にか祭り上げられた。
最初こそ、夢にまで見た異世界転移に心を躍らせ、「自分も物語のように特別な力に目覚めて、この世界を無双するぞ!」なんて酷く楽観的なことを考えていたのが懐かしい。
──本当に、あの頃の俺はバカ丸出しだった。
結論から言えば、青年にはよくあるテンプレ、絵に描いたような異世界ライフは訪れず、無情な現実ばかりが突きつけられた。
絶望的なまでに生存圏を侵害され、いつ滅亡させられてもおかしくないほどに衰弱した人々。侵略者は数百万の魔獣と、知能・魔力・膂力・寿命、その他にも人族の遥か上位互換である魔人族。
命なんてあってないようなもの。安全な場所なんてどこにもなかった。
大きな都市や街、果ては辺境の村やそこら辺の平原……所かまわず、至る所が戦場。血と硝煙、絶叫と絶望が渦巻き、兵士か無辜の民かなんて関係なく、多くの死体が積み上げられた。
まさに死屍累々。突きつけられた無惨な絶望を前に、物語の主人公のように大きな傷を負っても、熱い決意と覚悟の元に再起できる保証なんてどこにもない。
常に死と隣り合わせの状況に、気が狂ったことが何度もあった。それでも、青年はとてつもないほどの幸運に恵まれた。チート能力は与えられなかったが、仲間には恵まれた。
偏屈で堅物な魔法の師匠に、異世界での生き方を教えてくれた兄貴分の戦士、目を貫かれ腕を捥がれようともたちどころに傷を癒してくれた聖女。
彼らがいなければ、今の青年は存在しない。彼らがいたからこそ、青年はこの絶望だらけの異世界を生き抜けてきた。
そして──
「そろそろ、終わりにしようか」
「ああ、そうだな……」
そんな異世界生活も、もう少しで終わりを告げようとしている。
戦闘は既に終盤。決戦の場となった魔王の根城はその殆どが戦闘の余波により崩落し、互いの体力も消耗しきっていた。
それでも、身体に滾らせた魔力は衰えることなく、燃え盛るように沸騰する。
「闇に沈むがいい」
「全部、焼き尽くしてやるさ」
吐き出た言葉は魔を帯びており、それだけで魔法の詠唱となる。
膿のように湧き出る闇の衝撃は、触れただけで身体が爛れ、呪われてしまうだろう。だが、青年が同時に放った純白に燃え滾る焔がそれを許さない。
「やはり、何度見ても忌々しくて厄介な力だね、その聖裁の炎は──」
「お前を葬るための切り札だからな」
苦虫を嚙み潰したように表情を歪めて、ぼやく魔王。それに対して、青年は淡々と言葉を返した。
力は互角。拮抗した闇と白炎が互いの身を害すことはなく、行き場を失った力が周囲を更に破壊するのみ。それでも、魔法の応酬が止むことはない。
全てを飲み込む闇は向こう百年を不浄の大地に至らしめ、暗黒に燦然と輝く浄化の炎がその呪いを消し去る。
「あはははッ! 忌々しいことこの上ないが、それでもやはり貴様との殺し合いは心が躍るなぁ!そうは思わないか、勇者!?」
「黙れッ──!!」
瓦礫の崩落音の中でも、魔王の甲高い笑い声はハッキリとその耳朶を打ち、腹が立つほどに五月蠅い。
魔法だけでは飽き足らず、互いに携えた刃で切り結び、その身体に無数の裂傷を刻んでいく。
「ゆうしゃ、さま……!!」
傍から見てもその破滅的な光景に、仲間──癒しの聖が悲痛な叫びを上げた。
手を伸ばし、魔力を練り上げるがそれは途中で霧散する。青年の仲間は、二人の死闘に付いて行くことができず、魔王の呪いによってその身を地面に縫い付けられていた。
「頑張れ……頑張ってくれ──お主はワシの弟子だろう!!」
師匠も、
「お前ならいける……!俺たちの希望だ!!」
戦士も、
みんなが青年の勝利を信じて、喉が張り裂けんばかりに鼓舞した。
同時に、こんな大事な瞬間にただ見ることしかできない無力な自分が死ぬほど許せなかった。
──そんな責任、感じる必要なんてないよ。
表情と雰囲気だけで察せられてしまう。言葉にせずとも伝わる、理解できる。それだけ長い時間を共に過ごしてきた。
「あはは、あははははははははははッッッ!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
裂帛の気合。剣戟は更に激しさを増す。
至近距離で放たれた魔法の回避を無視して、捨て身で刃を相手に届かせる。垂れ流した膨大な魔力が周囲を震わせた。
「〈闇蝕〉ッ!!」
「〈白炎〉ッ!!」
そうして、互いに最高火力の魔法を刃に乗せて、相手の命を切り刻もうとする。
結果は──
「ッ──ぁ、が……!?」
「ぅぐ、はっ……!?」
相打ち。青年の刃は魔王の華奢な胸を見事貫き、逆に魔王の一撃は青年の屈強な胸に大きな穴を穿った。
一瞬、時が止まったかのような静寂。そして、思い出したかのように空気が爆発し、嵐が出現したように周囲が乱れ始めた。
「なん、だ……?」
突飛な現象に青年は首を傾げた。だが、すぐに眼前の宿敵を見遣った。
確かに彼の刃は胸を貫いた。そして、貫かれたその身体は刃に宿った純白の炎が伝播して、燃え移っていた。
──これで大丈夫だ……。
確認と同時に確信する。魔王はじきにこの炎に身を焼かれて燃え尽きると。青年の魔法──「聖裁」はそういう魔法だったから。
妙な安堵感と達成感。しかし、それも長くは続かず、青年の身体に激痛が走る。
「ッ──!!」
自分の身体を改めれば、全身が闇に浸蝕され、内側から喰い貪られるようだった。
魔法による浄化を試みようにも、いつの間にか身体の半分以上を魔王の魔法によって侵されていた。
──これじゃあ、間に合わない……な。
自分の事だ。青年はすぐに理解できた。このまま、自分はこの魔王と刺し違えて死ぬだろう。
ここまで運よく生き抜いてこれた。けれど、それもここで終わり。
死にたくなかった。死なずに生き残って、いつかは元居た世界に帰るんだと思った。そんな思いを胸に秘めながら、ここまで頑張ってきた。魔王を倒す為に奮闘した。
「やっぱ、怖いなぁ……」
正直に言えば、死にたくない。当たり前だ。でも、そんな情けない気持ちと同じくらい、青年は安心しきっていた。
十年もいた世界だ。愛着がわかない筈がなかった。最後の方なんて、元居た世界に帰ることなんて忘れて、死に物狂いで戦った。
──みんなが生き残ってくれるなら、それでいいや。
意外というべきか、呆気ないほどすんなりとそんな感想が浮かんだ。
徐々に、意識は遠のいていく。その最中でも、空気は異常なほどに荒れ狂い、膨大な魔力の衝突によって時空すら歪めかねない勢いだ。
身体は乱気流によって簡単に浮かされた。それはぐったりと力なく斃れようとしていた魔王も同じだった。
「いや、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁあああああああああああああああああッ!!」
抵抗することなく、風に身を任せているとそんな悲鳴が聞こえた。眼はもう見えないけれど、誰の声かは見えずとも分かった。
──そんなに叫んだら喉が潰れちゃうよ。
声を出そうとして、もう喉すら震えないことに気が付いた。限界は近い。
身体は際限なく風と魔力に巻き込まれていく。自分がどうなっているかは……どうでもよかった。
どうせ、自分はこのまま死ぬ。なら、青年にとっては詮無きことだった。
ついに、意識すらも耐え難くなった最後──
「また相まみえようぞ勇者──」
一緒にこの嵐に巻き込まれていたであろう魔王の声がやけにはっきりと聞こえた。
──最後に聞こえた声がお前かよ……。
青年の意識はそこで完全に途切れた。