【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します! 作:夕姫777
15. 後輩ちゃんは『推し』の話なら熱くなる
あれから一週間が過ぎた。オレは『姫宮ましろ』として、いつものように配信をこなす日々。だが、頭の片隅には常に『双葉かのん』つまり鈴町さんの存在があった。
どんなサポートができるだろうか、何を必要としているだろうか。初めてのマネージャー業は、まるで暗闇の中を手探りで進むような感覚だ。そして今日、いよいよ鈴町さんがこの家に引っ越してくる。胸の奥にわずかな緊張がじんわりと広がっていくのを感じる。
ピンポーンと玄関のチャイムが軽快に鳴り響いた。リビングにいたオレよりも早く、桃姉さんの明るい声が「はーい」と玄関へと吸い込まれていく。すぐに、控えめな「失礼します」という声と共に、段ボールを抱えた鈴町さんが姿を見せた。その小さな背中は少し俯き加減で、まだ緊張しているのが見て取れる。
「機材の設置は終わっているから、後は自由にしてくれていいわよ」
「は……はい……ふつつか者……ですが……宜しくお願い致します……」
その言葉に、思わず心の中でツッコミを入れた。「それは嫁ぎに来たときに言うセリフだぞ、鈴町さん」と。だが、口に出すわけにはいかない。
「そんな固くならないの。ここを自分の家だと思ってくつろいでね」
「はい……」
その光景は、まるで嫁入りに来たばかりのお嫁さんのようで、少し微笑ましかった。変な誤解を招くといけないから、この感情は胸の内に秘めておこう。
「颯太。部屋に案内してあげて」
「ああ。鈴町さん行こう」
鈴町さんは、ちょこちょことオレの後ろをついてくる。案内したのは、この家の空いている一部屋だ。決して広いとは言えないが、一人で暮らすには十分な空間だろう。窓から差し込む午後の光が部屋を明るく照らしている。
「ここは好きに使ってもらって構わないから。一応お風呂の時だけ声をかけてくれ、あとはキッチンとか冷蔵庫とかも好きに使っていいよ」
「あの……ましろん先輩……」
「ん?」
「その……これから……よろしく……お願いします」
「ああ。改めてよろしく」
鈴町さんは、運び込んだ段ボールから荷物を取り出し、部屋の隅に置き始めた。それから、興味深そうに部屋に備え付けられた配信機材をチェックし始める。先日、彼女に必要なパソコンやディスプレイ、マイクなどを一通り揃えておいたから、配信環境は問題ないはずだ。少しでも彼女の不安を取り除ければいいけど。
「他に足りないものある?」
「いえ……大丈夫……です。そっその……お金……お支払い……しなくて……大丈夫ですか?」
「ほとんど会社のお金だから問題ないよ。それだけ事務所初ユニット『ましのん』の期待がかかってるってことだから、失敗は許されない。だから鈴町さんは頑張ってくれればそれでいい」
その後、3人でリビングに集まり、桃姉さんを中心に今後の『ましのん』としての活動予定を話し合った。テーブルを囲み温かいお茶の香りが漂う。
「とりあえず今の活動と平行して『ましのん』の活動をするわ。お互い通常の配信枠を一つ削って『ましのん』に回すこと。基本的な配信時間は週末。まあこれはリスナーたちに発表してからになるけどね。一応発表は来週の土曜日で『姫宮ましろ』の枠で予定してるからTwitterにあげる文とサムネの準備、それと配信内容を考えておいて」
「わかった」
「それと『双葉かのん』のスケジュールを今日の夜までに頂戴。私はグッズの打ち合わせがあるから事務所に行かなきゃいけないの。だから彩芽ちゃんのこと頼んだわよマネージャー?」
そう言って、桃姉さんは颯爽と仕事に向かっていった。リビングには、オレと鈴町さんだけが残された。静寂が満ちる部屋で、少しだけ居心地の悪さを感じる。
さて、鈴町さんとの『ましのん』としての配信内容か。正直なところ、オレは鈴町さんのことをほとんど知らないに等しい。まともに会話すらしたことがないのだから。ちゃんと話してくれるだろうか……少し不安がよぎる。
「鈴町さんは何か得意なこととかある?」
「えっと……その……私は……すいません」
いつものように謝ってしまった。これは、得意なことはないという意味なのか?それとも、話したくないことなのか?彼女の表情からは何も読み取れない。それからもいくつか質問をしてみるものの、彼女の口から具体的な答えはなかなか出てこない。ほとんど会話らしい会話にならない。
どうしたものか……この沈黙をどうにか破りたい。そんな沈黙が流れる中、鈴町さんがぽつりと呟いた。
「……でも……好きです」
「え?」
「みんなと……話したり、ゲームやったり……歌ったり……絵を描いたり……私……そういうの好きです……」
鈴町さんは俯いたまま、本当に小さな声でそう言った。その言葉にオレは黙って耳を傾けていた。彼女は心底Vtuberという活動が好きなのだろうな。それは、彼女の配信やSNSを見ているだけでもよくわかる。その声の震えの中に微かな熱意が宿っているように感じた。
きっと、本当は誰かと話したかったのかもしれない。でも、それがうまくできなかった。今までの自分を変えるために『双葉かのん』として生まれ変わった。そのきっかけを作ったのが、皮肉にもオレこと『姫宮ましろ』だったのだろうけど。
「鈴町さんは『姫宮ましろ』の何の配信が好きなの?」
そう問いかけると、鈴町さんは少し顔を上げその瞳を輝かせた。まるで魔法の言葉でも聞いたかのように。
「ぜ、全部です!ましろん先輩が一生懸命リスナーに語りかけてくれる雑談枠も、たまにやる企画配信を頑張っているところも好きですし、可愛いところも!カッコいいところも!あ……その……全部……素敵です……」
一息でそこまで捲し立てた直後、我に返った鈴町さんは、ボンッと音が鳴りそうなほど顔を赤くして再び俯いてしまった。
こんなにも嬉しそうに話す鈴町さんをオレは初めて見た。やっぱりVtuber『姫宮ましろ』の話になると彼女は饒舌になるんだな。まるで、閉ざされていた心の扉が一瞬だけ開いたような気がした。
「鈴町さんはもっと自信を持っていいと思うよ?確かにまだ人見知りなところもあるし、コミュニケーション能力も低いかもしれない。だけど、鈴町さんは努力家で真面目だ。だから、もっと胸を張っていい。自分がやりたいことをやればいいんだ」
「私が……やりたい……こと……」
「ああ。やりたいことがあるなら、それをやればいい。それにオレも協力するから」
鈴町さんは間違いなくガチの陰キャでコミュ障だ。それは疑いようのない事実。でも、その奥底には紛れもない情熱が宿っている。だからこそ、オレはその想いに応えたいと思った。できる限りの力を尽くして彼女の背中を押してやりたい。それが今のオレの役目なのだから。この小さな部屋の中で、新しい可能性が芽生え始めている気がした。