【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します! 作:夕姫777
36. 姫は『謝りたい』そうです
あの気まずい『事故』から、数日が経った。
オレと桃姉さんがリビングのテーブルに向かい合わせで座り、それぞれのノートパソコンでパチパチと仕事のメールを処理していると、扉が静かに開いて鈴町さんがリビングにやってきた。
彼女は一瞬、ビクッと肩を揺らしてオレの方を見たが、すぐにバッと目をそらした。そして、逃げるように冷蔵庫へ小走りで向かうと、牛乳パックを取り出し、グラスに注ぐなり一気にゴクゴクと飲み干す。
ぷはぁっ、と息を吐くや否や、こちらには目もくれずにそそくさと自室に逃げ帰ってしまった。バタン、と少し強めに閉まったドアの音が、リビングに虚しく響く。
……やはり、鈴町さんはオレに対してひどくぎこちないというか、完全によそよそしい態度をとっている。
この前のハプニングのことで、完全に怒らせてしまったのだろうか?でも、あれは不可抗力の事故だったわけで……。
いや、だとしても、男であるオレの方からちゃんと謝るべきだよな……。
「……ねぇ、颯太。あんた、かのんちゃんと何かあったの?」
「え?」
キーボードを叩く手を止めた桃姉さんが、ジト目でオレを睨みつけていた。
「なんか、かのんちゃん、明らかにあんたのこと避けてるような気がするんだけど?」
「そ、そうか……?」
「うん。間違いないわよ、女の勘がそう言ってるわ。……あんたは彼女のマネージャーでもあるんだから、変にギクシャクして仲が悪くなるのは会社としても困るのよ?」
鈴町さんとの仕事はこれからもずっと続くわけで……いつまでもこんな逃げ腰のままだと、間違いなく今後の配信活動や打ち合わせに響く。
「それに、3期生のオリジナル楽曲の件は、もうかのんちゃんに伝えてくれたの?」
「いや……タイミングが合わなくて、まだだけど」
「早く決めないとスケジュールが狂って困るわよ。確かに、あんた自身も『姫宮ましろ』としての活動があるから大変なのは分かるわ。でもね、極度の人見知りなかのんちゃんは、今のところ事務所であんたにだけは心を開いて頼ってると思うの。だからあんたに担当を任せてるんだから、その辺りのフォローはしっかりやりなさいよね」
「……分かってるよ」
釘を刺すようにそう言うと、桃姉さんは再びカタカタと仕事に戻る。
オレは小さくため息をついてパソコンを閉じ、悶々とした気分を晴らすために、少し散歩に出かけることにした。
「ふぅー……。ちょっと暑くなってきたな」
外に出ると、初夏を感じさせる強い日差しがアスファルトに照りつけていた。
オレと鈴町さんが出会って、早いものでもう2ヶ月くらいが経つんだよな。確かに……初めて出会った、あのオドオドして目も合わせられなかった時よりは随分と仲良くなったし、話すことも増えた。
そしてあまり気にしていなかったけど、今同じ家に住んでるんだもんな。改めて冷静に考えると、これってとんでもなくすごいことだ。いくら会社の方針で、姉が同居しているとはいえ、鈴町さんもれっきとした21歳の年頃の女性だ。もしかしたら、オレみたいな男と同じ空間にいること自体、本当は嫌だったり、窮屈に感じている可能性だってあるよな……。
それに、最近オレ自身もよく思うことがある。それは、ふとした瞬間に見せる鈴町さんの表情や仕草が、すごく『可愛く』見えるということだ。
……もしかしたら、オレは鈴町さんのことが、一人の女の子として気になっているのかもしれない。
そんな、柄にもない自分の気持ちを頭の中で整理しながらあてもなく歩いていると、後ろから突然、聞き慣れた声に呼び止められた。
「……っ、ましろん先輩!」
「え?鈴町さん?」
そこには鈴町さんが立っていた。少し息を切らしながらこちらに向かって走ってきたようだ。
「あの……その……」
何かを決意したように口を開きかける鈴町さんだが、なかなか次の言葉が出てこない様子で、ギュッと自分の服の裾を握りしめている。
……ここは、オレの方から話を振って、ちゃんと謝罪の言葉を口にした方がいいだろう。そう思い、オレは鈴町さんに正面から向き直った。
―――『鈴町さん。この前は、嫌な思いをさせてごめん。』
たったそれだけの、簡単な一言。なのに、喉の奥に何かがつっかえたように言葉が出てこない。
なんでだ?なぜこんなにも緊張しているんだ?まるで告白する前みたいじゃないか。なぜだ?どうしてだ?今までこんな気持ちになったことなんて一度も無かったはずなのに。
オレが言葉を見つけられず、ただ黙って立ち尽くしていると、先に鈴町さんが小さな口を開いた。
「……買い物……一緒に、してほしい……です」
「買い物?」
「はい……すぐそこの、コンビニ……ですけど。だ、ダメ……ですか?」
「あっ、ああ。全然いいよ。一緒にいこうか」
オレの重すぎる内心とは裏腹な、あまりにも日常的で可愛らしいお誘いに、オレは少し拍子抜けしながらもコクリと頷いた。
それから、鈴町さんと並んで近くのコンビニまで歩く。
その間、特に会話は無く、お互いの靴音が響くばかりで黙々と歩いていたが、先ほどの気まずさとは少し違う、むず痒いような沈黙だった。
コンビニの自動ドアをくぐると、鈴町さんは真っ直ぐにお菓子コーナーへ向かい、ある商品を躊躇なく棚から「箱ごと」鷲掴みにして持ってきた。しかも、両手に1箱ずつの計2箱だ。
「ん?それは『Fmすたーらいぶチョコレート』?」
「はい……限定の、コラボチョコです……。この中に、ライバーのカードが……ランダムで入ってるので……なんとしても、ましろん先輩のレアカードを当てようかと……!」
少し頬を赤くしながら、しかしオタク特有の謎の使命感に燃えた瞳で説明してくれる鈴町さん。
……可愛い。自分の……オレの演じているアバター『姫宮ましろ』のカードを本気で狙いに行くその健気な姿に、思わず見惚れてしまうほどだ。
「ましろん先輩も……買いますか?」
「うん。あのさ鈴町さん。せっかくなら他のコンビニも回ってみないか?コラボチョコの開封動画とか『ましのん』の配信枠でやりたくなったかも」
「楽しそう……ぜひ。やりましょう。あっ……でも配信終わったら、ましろん先輩のカードは……ください」
「あはは、もちろん」
それからオレたち二人は、近所にある色々な系列のコンビニやスーパーを自転車操業のように練り歩き、目につく『Fmすたーらいぶチョコレート』を片っ端から買い占めて回った。
その帰り道。オレと鈴町さんの両手には、大量のウエハースチョコが詰まったビニール袋が、ズシリと重く握られていた。
「ちょっと、ノリで買いすぎたかもな……。これ、全部食べ切れるかな?」
「はい……私……チョコレート好きなので」
鈴町さんは、意外と大食いというか、結構食べたり飲んだりしてるよな。まぁ、女の子は甘いものが好きだっていうし、幸せそうだからいっか。
「あ……ましろん先輩……そこ段差があるので……気をつけてください」
「お、おう」
両手が塞がっているオレの足元を見て、さりげなく注意して気遣ってくれる。
そんな鈴町さんの優しさを見ていると、なんだか胸の奥がきゅっと甘く締め付けられるような感覚に襲われる。
……やっぱり、ちゃんと自分の口で謝らないとな。
「……なぁ、鈴町さん。この前は……色々と、ごめんな」
「あっ……謝らないでくださいっ。私も、ちょっとびっくりした……だけ、ですから。その……私の方こそ、ごめんなさい。気まずくなって……ちゃんと……話せば良かったのに……つい、子供みたいに……逃げちゃって……」
「そっか。なら話はこれで終わりにしよう。お互いに誤解があったわけだし」
「はい」
鈴町さんは顔を上げ、ようやくいつものような、柔らかくて少しだけはにかんだような笑顔を見せてくれた。
よかった。鈴町さんは、ちゃんとオレの隣に戻ってきてくれたようだ。
オレは深くホッと息を吐き出して、空を見上げる。
いつの間にか、初夏の青空は姿を消し、世界を優しく包み込むような、とても綺麗なオレンジ色の夕焼け空が広がっていた。