【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します! 作:夕姫777
49. 姫は『いたたまれない』ようです
『Fmすたーフェスティバル』の熱狂が過ぎ去り、あっという間に1週間が経った。
世間の学生たちは本格的な夏休みに突入する。となれば、我々Vtuberなどの配信者にとっては、ここからが本当の勝負の時期だ。この時期は新規のリスナーを獲得する絶好のチャンスでもあるため、1日に複数回配信をしたり、何十時間にも及ぶ長時間耐久配信やホラーゲーム実況などを企画したりする人が圧倒的に多い。
そんな夏の繁忙期の中、オレは鈴町さんと共に事務所の会議室へと呼び出されていた。
どうやら、地元のプロサッカーチームとの公式コラボ案件の打ち合わせがあるらしい。
「えっと……どうして……私たちなんですかね?」
「鈴町さん、何か新しい仕事が来るたびに毎回そのセリフ言ってないか?今回は『ましのん』の他にも、何人かのライバーさんが合同で呼ばれてる大型案件らしいよ。ちなみに、『姫宮ましろ』は中の人のスケジュールの都合で欠席ということになってるから、今日のオレはあくまで『双葉かのん』のマネージャーとしての参加だ」
「なるほど……なんか色々複雑ですね……」
「だろ?まぁオレの事情はともかく、今回の案件はかなり大手のスポーツチームだし、ここを成功させればこの先の大きな仕事にも繋がるかもしれない。気合い入れて頑張っていこう」
「……ましろん先輩が……隣にいてくれるなら、頑張りますけど……」
鈴町さんは少しだけ不満そうに唇を尖らせたが、オレの背中を追って控え室のドアを開けた。
中に入ると、まだ他のライバーやスタッフは誰も来ていないようだった。パイプ椅子と長机が並ぶ殺風景な部屋に、エアコンの稼働音だけが響いている。
オレは適当な席に座り、ノートパソコンを開いて今日の資料やら今後のスケジュールを確認することにする。隣に座った鈴町さんは、自分のカバンから大量のポストカードを取り出し、一枚一枚丁寧にサインを書き始めた。
双葉かのんの初オリジナル曲『フェアリーテイル』のご購入特典の直筆サインカードだ。こういう地道な作業を裏で文句一つ言わずにこなすあたり、彼女は本当に真面目でえらいと思う。
キュッ、キュッ、とマジックの擦れる音だけが室内に響く。
そんなことをしながら誰かが来るのを待っているが、その間も鈴町さんとは一切会話がない。うぅ……気まずいなぁ……。するとそこに1人女性が入ってくる。
「失礼します。お疲れ様です……」
見た目は20代半ばくらいの女性で、身長はやや高めで、服装はラフな感じだが清潔感があり、髪型はストレート。そして眼鏡をかけている。鈴町さんは慌てて席を立ち上がるが、見知らぬ美女の登場に極度に緊張しているのか、無言のまま口をパクパクさせて固まってしまった。
「こんにちは。……もしかして、かのんちゃんと、そのマネージャーさん?」
「は、はいっ……!3期生の、双葉かのん……です」
「初めまして。双葉かのんの専属マネージャーを務めております、神崎颯太です」
「やっぱり。私は1期生の神川ひなたです。この前の『ましのん』のサムネの時は、わざわざ連絡ありがとね」
――ッ!
オレは内心で大きく目を見開いた。
オレ自身も裏で直接会うのはこれが初めてなのだが……この人が、『姫宮ましろ』の同期の、あのひなたさんなのか。
アバターの『見習い巫女』のイメージ通りというか、それ以上に大人の余裕を感じさせる、ふんわりとした柔らかい雰囲気のお姉さんだ。……なんか、鈴町さん以上にオレのほうがドギマギして緊張してきたんだが……。
「いつもはコンタクトなんだけど、今日は時間がなくて急いでたから、眼鏡そのままで来ちゃった。……似合うかな?」
「あっ……はいっ。その……すごく、お綺麗です……」
「ふふっ、ありがと。ごめんね、サイン書きの邪魔しちゃったね。気にせず続けて」
そう言って向かいの席に座ると、ひなたさんも持ってきたトートバッグからノートPCを取り出し、何やらデザインの作業らしきものをし始めた。
しばらく沈黙が続いた後、タイピングの手を止めたひなたさんが、ふと顔を上げた。
「そう言えば、かのんちゃん。ちょっと聞いてもいいかな?」
「え。あ。……はいっ」
「ましろちゃんってさ……裏では、どんな人?」
――ピタッ。
その言葉に、オレのタイピングする手が止まり、心臓が嫌な音を立てて大きく跳ねた。
なんで、ひなたさんは急にそんなことを聞くんだ?まさか、オレの正体が『姫宮ましろ』だと何かで気づかれたのでは?
鈴町さんが「どうしましょう」とばかりにチラッとオレのほうへ助けを求める視線を送ってくるが、オレ自身がテンパっていて助けてあげられる状況じゃない。頼むから、ここで変なボロだけは出さないでくれよ、鈴町さん……!
「あの……どんな人、というのは……どういう意味で……ですか?」
「……私がましろちゃんの中の人に直接会ったのって、実はデビューする前の顔合わせの時、たった一度だけなの。でね、彼女はその時……金髪でネイルもバチバチの、今どきの『ギャル』みたいな子だったのよ」
そりゃ別人が喋っているんだから、違っていて当たり前だろう。しかも男がだ。
ひなたさんの洞察力と、その質問はあまりにもクリティカルすぎる。パソコンに業務用のディスコード通知がポップアップしてくるが、オレは背中に滝のような冷や汗をかいており、それどころじゃなかった。
「だからさ……今の配信してるましろちゃんと、イメージが全然違うでしょ?正直、ましろちゃんの初配信の時から『あれ?なんか雰囲気変わった?』ってずっと不思議に思ってたんだよね。でも、私以外の同期はあんまり気にしていないみたいだし、そんなこんなで月日も経っちゃったし、今更聞くのも野暮かなって言わないでいたんだけどさ」
「えっと……それは……」
「あ、ごめんね。変なこと聞いちゃったね。別に疑ってるとかじゃないの」
困り果てる鈴町さんを見て、ひなたさんは優しく微笑んで首を振った。
「ただ……ましろちゃんは、すごく変わったなって思って。かのんちゃんと『ましのん』としてユニットを組んでから、特に。こう……ただ自分の配信をこなすだけじゃなくて、同じ目標に向かって一緒に歩いてくれるようになったというか。1期生にとっても、すごく頼りになる存在になったなぁ……なんてね。一番近くにいるかのんちゃんから見て、今のましろちゃんはどう見えてるのかなって、ちょっと気になってたの」
「……」
鈴町さんは、手に持っていたサインペンを机に置き、オレを……いや、オレの中にいる『姫宮ましろ』を思い描くように、真っ直ぐにひなたさんの目を見つめ返した。
「ましろん先輩は……本当に、凄い人です……。誰よりも優しくて……リスナーさんのことも、凄く大事にしてるし……。それに……こんな私を見捨てずに、色んな相談にも乗ってくれて、引っ張ってくれて……その……心の底から尊敬できる人で……私の、一番の憧れの先輩……です」
一言一言、噛み締めるように紡がれる鈴町さんの真っ直ぐな言葉。それを聞いたひなたさんは、とても嬉しそうに目を細めた。
「ましのんてぇてぇだもんね?」
「てぇてぇ……です」
顔を真っ赤にして頷く鈴町さんと、和やかに笑うひなたさん。
その温かい光景を横目で見ながら、オレは一人、パソコンの画面の裏で唇を強く噛み締めていた。
なんか……この前のすたフェスの時、リリィさんもポアロさんも言ってくれていたけれど。オレは、彼女たちと関わる中で、確かに変われたんだな。
でも、だからこそ――みんなのその純粋な気持ちや、真っ直ぐな尊敬の念を向けられれば向けられるほど、オレは今、いたたまれないような、胸が潰れそうな罪悪感に苛まれていた。
オレは……本当に、今のまま嘘を吐き続けて、『姫宮ましろ』としてここにいていいのだろうか。
クーラーの冷たい風が、ひどくオレの心を冷やしていくような気がした。