【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します! 作:夕姫777
51. 姫は『同期』と初めて出会う
あれから一週間。時計の針は、約束の21時ちょうどを指している。
オレは、事務所が極秘の会合のために手配してくれた、少しお洒落で薄暗い個室居酒屋の一角に座っていた。幸いにもまだ誰も来ていないようで、わずかながら安堵の息を漏らす。
あの後『Fmすたーらいぶ』内で緊急会議が開かれた。オレのモチベーションやメンタルを最優先で考慮し、1期生にだけなら明かしてもいいという異例の結論に至ったのだ。
そして、今に至るわけだが……やはり、いざとなると吐き気がするほど緊張してきた。
心臓がドクドクと不規則なリズムを刻み、手にはじっとりと嫌な汗をかいている。オレはとりあえず気を紛らわせようとドリンクメニューに視線を落とし、無意味にサワーの種類を数えて時間を潰そうと試みた。
カラン、と入り口のドアが開く音がして、パタパタと誰かが個室へ向かって歩いてくる気配がした。
「失礼します。お疲れ様ですー」
「あ。あの、お疲れ様です……」
一番最初に来たのは、この前、鈴町さんとの打ち合わせの時に一緒にいた神川ひなたさんだった。彼女は部屋にオレが1人で座っている姿を認めると、一瞬だけ目を瞬かせた。
「あれ?かのんちゃんのマネージャーさん?」
「あっ、いや……その……!」
どう説明したものかと頭の中で言葉を探していると、ひなたさんはそれ以上は追及せず、穏やかな声で続けた。
「……とりあえず、向かいに座ってもいいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
そう言って、オレの目の前にスッと座るひなたさん。もしかして、オレのことを「打ち合わせで一緒になった会社のスタッフが、たまたま飲み会の幹事として先に来ていた」くらいの認識なのだろうか……?
「あの……ひなたさん……」
「神崎颯太君、でしたよね?私、こう見えても今年で26歳なんですけど、颯太君っていくつですか?この前の感じからして、私より年下ですよね、たぶん」
「えっ?ああ……今年で24になります……」
「そっかそっか。なら敬語じゃなくて大丈夫だね。……とりあえず、他の子が来るまで先に飲み物頼んで始めない?今日収録終わりだから、私すっごく喉渇いちゃって」
そう言いながら、ひなたさんは慣れた手つきでテーブルの呼び出しボタンを押し、やってきた店員に注文を始めた。そのあまりの手際の良さに、オレは少し呆気にとられる。
「とりあえずビールでいいよね?生2つ。あと、唐揚げとポテトと……お刺身の盛り合わせ、適当に見繕って頼んじゃうね」
「あ、はい……」
「いやぁ、今日は急遽2本撮りになったから、結構疲れちゃってさー」
と、ひなたさんはまるで昔からの友人と世間話をするように、自然体で話しかけてくる。このあまりにも滑らかな流れの中で、一体どうやって本題を切り出せばいいのか迷ってしまう。
でも、言わなきゃダメだ。オレは膝の上で拳を強く握りしめた。
「あの、ひなたさん!実は今日、オレ!」
意を決して声を張ると、彼女はふっと大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべ、オレの目をまっすぐに見つめた。
「……君が、ましろちゃんなんでしょ?」
「っ……!?」
その言葉に、オレは心臓が止まるかと思うほど目を大きく見開いた。
「やっぱり、そうだったんだ。……あの打ち合わせの時に、もしかしてそうかなって直感で思ったんだよね」
「気づいて……いたんですか?」
「うん。ほら、あの時、私が『ましろちゃんってどんな人?』って聞いた時、かのんちゃん、君の顔をすっごく不安そうにチラチラ見てたじゃない?それに、途中で君のパソコンにディスコードの通知が来てたけど……あれ、1期生のグループに事務所から送られた業務連絡だよね?私のスマホが鳴ったのと全く同じタイミングだったから、あぁ、この人が『姫宮ましろ』なんだなって確信したの」
「はい……そう……です。騙していて本当にすみません。オレが『姫宮ましろ』です」
オレが深く頭を下げると、ひなたさんは「そっかそっか」と優しく相槌を打った。
「なるほどね~。あ、ビールきた。とりあえず、細かい話は置いといて乾杯しようか」
「えっ?あ、はい……」
促されるままにグラスを持ち上げ、お互いのジョッキをカチンと合わせる。キン、と耳に心地よい音が響いた。
そして一口飲むと、ひなたさんは一気に半分くらい飲んでしまう。イメージとは裏腹に、意外に豪快な人なんだなと、オレは改めて彼女の印象をアップデートした。
「あ。ポアロちゃん着いたって」
スマホを見たひなたさんの言葉に、オレは再び身体を強張らせて身構える。次はポアロさんか……
カラン、と再び扉が開く音がした。バタバタと少し息を切らせたポアロさんが個室に入ってくる。
「お疲れ様~!ごめ~ん、ちょっと道迷って遅れちゃっ……た……?」
そこにいたのは、セミロングの明るい茶髪に、可愛らしいチェック柄のワンピースを着て、肩から小さなバッグを下げた女性だった。
彼女は個室の席に男のオレが座っているのを視界に入れた途端、まるで雷に撃たれたかのようにピタリと動きを止めてしまった。その瞳が、限界まで見開かれているのが分かった。
「は、初めまして。オレは……」
オレが立ち上がって名乗ろうとすると、ポアロさんは前のめりになってオレの言葉を遮った。
「おおっ!えっ、姫!?姫だよね!?うわー、初めまして、あたしポアロ!マジか~、中身は男の人だったんだ!全然気づかなかった、びっくりだよ!」
怒られることも、軽蔑されることもなく、ただ純粋にエンタメとして驚いている。彼女のあまりにも屈託のない反応に、オレは完全に拍子抜けしてしまった。
「あの……怒らないんですか?ずっと騙してて。オレが『姫宮ましろ』だって知って……幻滅したりとか」
「え?なんで?別に怒らないよ?」
ポアロさんはキョトンとした顔で首を傾げた後、ニッと笑った。
「あのさ、Vtuberのモデル通りの容姿や設定で生きてる『中身』なんて、この世に一人もいないよ。声だって可愛く作ってるし、喋り方も、仕草も。それこそ姫みたいに、性別を偽ってエンタメしてる人だって業界にはたくさんいるだろうしね。つまり、私たちはみんな『演者』なんだよ」
「演者……」
「そう。一番大事なのは、その人が『どういう気持ちでそのキャラクターを演じているのか』だと思うんだ。……あたしの考えだけどさ、『隠し事』はエンタメとしてアリだけど、ファンに対する『嘘』は良くないと思うの。姫は自分が男だってことを隠してたかもしれないけど、今までの『姫宮ましろ』としての真剣な活動や、私たちと向き合ってくれた言葉に、嘘は一つもなかったじゃん?」
そう言って、ひまわりのような満面の笑顔を見せるポアロさん。
――『嘘は一つもなかったじゃん』。
その言葉は、ずっと罪悪感を抱えていたオレの心の奥底に、温かい光のように深く響き渡った。
「いいこと言うね、ポアロちゃん」
目の前に座っているひなたさんが、満足げにパチパチと拍手をする。するとそこに、少し遅れてもう1人、ヒールを鳴らす足音が近づいてきた。
「もう。何、部屋の前で立ち止まってるのよ、早く中に入りなさいよポアロ」
呆れたような声と共に姿を現したのは、外見は20代後半の、全体的に色っぽい服装をした女性だった。上は胸元が大きく開いたピンクのサマーニットに、下はタイトなロングスカート。香水のいい匂いがする、艶やかで美しい大人の女性といった印象だ。
「あ。リリィママ!見て見て、姫がいるよ!」
ポアロさんの言葉に、リリィママと呼ばれた女性の視線がオレに注がれる。彼女の綺麗な目もまた、ポアロさんの時と同じように大きく見開かれた。
「ん?えっ?……ま、ましろ……なの?」
「はい。今まで黙っていてすみません。……オレが、『姫宮ましろ』です」
オレは、胸を張って、自分の本当の声でそう告げた。
こうして、結成から3年目。
オレたち『Fmすたーらいぶ』の1期生は、初めてオフの現実世界で、全員の顔を合わせて集まることができた。
この薄暗い居酒屋の個室で、オレの、そして『姫宮ましろ』という存在の新たな章が、確かに始まる予感がしたのだった。