【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します! 作:夕姫777
52. 姫は『同期』と共に頑張るようです
追加で注文したポアロさんとリリィさんのドリンクが届くのを待つ間、個室には少しだけ居心地の悪い沈黙が落ちていた。扉の向こうからは、居酒屋特有の活気あるざわめきやグラスの触れ合う音が微かに聞こえてくる。
目の前に座るひなたさんは、先にビールを煽っていたこともあり、すでにほんのりと頬を赤らめて楽しそうにしている。そのマイナスイオンが出ているような柔らかい様子を見ていると、オレの極度の緊張も少しだけ和らいだ。
オレの横に座っているポアロさんは、慣れた手つきでスマホを高速タップし、Twitterに何かを投稿しているようだ。「祝★1期生初集合中!(配信はしないよ(。・_・。))」と、彼女の元気な声がそのまま脳内再生されそうなツイート画面が見えた。
一方で、オレの斜め前に座っているリリィさんは……店に入ってきてから、ずっと黙ったままだ。
彼女の表情からは感情が全く読み取れない。その大人の女性特有の静かな威圧感が、かえってオレの緊張感をジリジリと高めていく。
すると突然、リリィさんがふと口を開いた。
「あのさ。……前の『姫宮ましろ』はどうしたの?」
「……1期生のお披露目配信の準備をしている時には、もう完全に連絡もとれない状態だったらしいです」
「えっ?前の人なんかいたの?あたし全然知らないんだけど?」
「ポアロちゃんは初顔合わせの時いなかったもんね」
……ここで話すべきだ。
今、この瞬間に、隠していたことの全てを話すべきだ。オレはテーブルの下でギュッと拳を握り、覚悟を決めた。
「あの!今日、皆さんに無理を言って集まってもらった経緯を全て話すので……まずは聞いて、これからのことを判断してください」
オレは、ゆっくりと『姫宮ましろ』の裏側の全てを話し始めた。
まず、オレの姉がマネージャーの神崎桃であること。その姉とオレの関係、本来の『姫宮ましろ』の代役として、半ば強制的に引っ張り出された経緯。最初はただの仕事として、何の目的もなく漫然と活動していたこと。
そして――なぜ今さらになって、重大な規約違反のリスクを負ってまで、男であることを1期生の同期に話す決意をしたのか。
言葉を選びながら、一つ一つ丁寧に説明していく。話すたびに、自分の内側にずっと溜め込んでいた重い澱のようなものが、少しずつ外へ流れ出していくような感覚だった。
「……という訳なんです。判断は皆さんに任せます。軽蔑されても仕方ないと思っています。でも……オレは、これからもVtuber『姫宮ましろ』であり続けたい。同期のみんなと共に、『Fmすたーらいぶ』をこれからも引っ張っていきたい。……そうオレに思わせてくれた、一番身近なファンである『双葉かのん』とのユニットだって、最後まで続けたい。これが……オレの、嘘偽りのない正直な気持ちです」
極度の緊張で、口の中はカラカラに乾いていた。上手く話せたかどうかも分からない。
それでも不思議と、心がスッと軽くなったような気がした。ずっと背負っていた重い鎧をようやく脱ぎ捨てたような、そんな感覚だ。
話し終えた後、個室に再び沈黙が落ちた。
重く、永遠にも感じられるほど長い沈黙だった。ドクン、ドクンと、自分の心臓の音が耳元でやけに大きく響いている。
最初に口を開いたのは、腕を組んで聞いていたリリィさんだった。
「……ましろ。あなた、普段は雑談配信が得意なくせに、こういう時の話は長くて回りくどいわねwポアロ、簡潔にまとめてちょうだい」
「えっ?あたし!?えーっと……」
急に振られたポアロさんは少し慌てたが、すぐにポンと手を打った。
「つまり、姫はお姉ちゃんのために成り行きで『姫宮ましろ』になって、特にやりたいこともなくやってきたけど……かのんちゃんに出会って熱意に触れて、気持ちが変わった。そして、この前のリリィママ号泣同時視聴配信で、うちら同期に隠し事をしたままじゃダメだ!って痛感した。……で、今はみんなで『Fmすたーらいぶ』を全力で盛り上げて行きたいんだよね?」
「はい……!オレは今まで、自分の事しか考えていなかった。『姫宮ましろ』として、『ましのん』として……だから今日ここで全部吐き出して、みんなに判断してもらおうと思いました」
これで、みんなが認めてくれないのなら仕方ない。受け入れてもらえなくても当然だ。そう思って、オレは深く頭を下げた。
だが、頭上から降ってきたリリィさんの声は、驚くほど優しく、温かいものだった。
「まったく……遅いわよ。もう少し早く、私たちのことを信用してほしかったし、こうやって同期全員で気兼ねなく集まりたかったわ」
「えっ……」
顔を上げると、オレの前に座っているひなたさんも、隣にいるポアロさんも、呆れるどころか、ひだまりのように温かい笑顔でオレを見つめていた。
「まぁ……あなたの気持ちは痛いほどわかるし、ずっと男だってバレないように、1人でプレッシャーと戦って頑張ってきたんでしょ?許すも何も、今の『姫宮ましろ』があなたの努力を証明しているようなものでしょ?」
「そうだね。そもそも、ましろちゃんは性別の隠し事はしてたけど、リスナーのみんなや私たちに対して、気持ちの『嘘』は一度もついていないしね」
「あたしも、もっちろん許す!」
「みんな……ありがとうございます」
本当に嬉しくて、目頭が熱くなる。涙がこみ上げてくるのを必死で我慢していると、ちょうど店員がポアロさんとリリィさんのドリンクを運んできた。
ひなたさんが、オレの顔を覗き込みながら明るくパンッと手を叩く。
「ほらほら!しんみりするのは禁止!まだ全員での乾杯がまだだよ。仕切り直しして、パーッと始めよ。ましろちゃん、音頭お願いね?」
「えっ?オレが?」
「そうだよ!性別の壁を越えた、新生『Fmすたーらいぶ』1期生の始まりだもんね! 姫、ビシッとお願い!」
ポアロさんの言葉に、リリィさんも静かに微笑んで頷いている。
その視線に背中を押されるように、オレはビールの入ったジョッキを持ち上げた。それにリリィさん、ポアロさん、そしてひなたさんも続く。ジョッキがグラスに触れる音が軽快に鳴り響く。
「えっと……では改めまして。これからも、最高の同期として……みなさん、よろしくお願いします!」
「「「「乾杯!!」」」」
ジョッキとグラスがぶつかり合う、小気味良い音が個室に鳴り響いた。
こうして、オレは一つ、とてつもなく大きくて分厚い壁を乗り越えることができた。温かいオレンジ色の照明に包まれた居酒屋で、美味しいお酒と料理を味わいながら、オレたちは互いの素性のこと、そしてこれからの未来について、時間を忘れて語り合うことにした。
「ねぇねぇ姫っていくつなの?」
「オレは24です」
「マジか……あたしは23だから一個下だね。妹だと思っていいよ!ひなちゃんは26で、リリィママは28だよね?」
「なによ。文句あるのかしら?悪かったわね若くなくて」
「またそうやって怒って!小ジワが増えるぞリリィママ」
ポアロさんは、本当に配信の時も裏の姿もそのまんまで裏表がない。ひなたさんは裏のほうが少しフランクで、よく笑うお姉さんという感じがする。リリィさんも、大人の色気とツンデレな態度はほとんど変わらない印象だ。
そんな、飾らない心地よい空気感の中に、これからはオレも『仲間』として堂々と加わることができる。
そう思うと、冷たいビールを飲んでいるはずなのに、胸の奥からポカポカと温かいものがこみ上げてくるのだった。