セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
あ、死んだの?
気がつくと、男は白い部屋にいた。
いや、部屋なのかどうかも怪しい。
壁らしきものはある。床らしきものもある。だが角が見えない。どこまでも白く、距離感が妙に曖昧だった。
そして目の前には、一人の神様がいた。
少なくとも、本人がそう名乗った。
「死んだぞ」
「やっぱりか」
男は、妙に納得した顔をした。
驚きはした。だが取り乱しはしなかった。
ここ数年、健康診断の数字はあまり褒められたものではなかったし、若い頃から無茶をしてきた自覚もあった。
徹夜。
徹夜。
さらに徹夜。
金曜の夜から集まって、土曜の朝までセッション。
飯を食って仮眠して、夕方から別卓。
日曜の夜になって、
『明日仕事だぞ』
と言いながら、もう一本。
そんな生活を何年もやった。
直接の死因は脳梗塞だった。
神様は呆れたように言った。
「お前な。若い頃の徹夜は、後から来るんだぞ」
「若い頃は大丈夫だったんだよ」
「大丈夫じゃなかったから今ここにいるんだ」
「それはそう」
反論できなかった。
神様はしばらく男を眺め、それから一冊の分厚い本を出した。
表紙を開く。
中には種族、能力、職業、装備、特殊能力、土地、従者、財産――そんな項目がびっしり並んでいた。
「まあ、お前は死ぬまでゲームばかりしていたようだからな」
「失礼な。仕事もしてたぞ」
「仕事以外の時間は?」
「ゲーム」
「だろうな」
神様は本を指で叩いた。
「そんなにゲームが好きなら、ゲームの世界に送ってやろう」
男の目が輝いた。
「やったぜ」
即答だった。
神様の方が少し引いた。
「もう少し迷わないのか」
「いや、だってゲーム世界だろ?」
「そうだ」
「レベルある?」
「ある」
「魔法は?」
「ある」
「ダンジョンは?」
「ある」
「イモータルは?」
神様が一瞬黙った。
「……いる」
男は拳を握った。
「よし。行った先でイモータル目指すぜ」
「お前、死んだばかりだぞ」
「だから次は死なないようにする」
そこだけは妙に真剣だった。
神様が転生特典一覧を開く。
「まず領地だ。小規模な男爵領程度なら――」
「いらない」
「早いな」
「維持費がかかる。反乱も起こる。税務も必要だ。城を持ったら攻められる」
「ではヘンチマンを――」
「いらない」
「優秀な戦士や魔術師を選べるぞ」
「経験値分配が面倒」
「従者」
「食費」
「騎士団」
「維持費」
「屋敷」
「固定拠点は襲撃される」
神様が本を閉じかけた。
「お前は何を取りたいんだ」
男は真顔で答えた。
「死なないためのもの」
「……それだけか?」
「それが一番大事だろ」
そして、特典一覧を自分の方へ引き寄せた。
目つきが変わった。
長年、ルールブックとサプリメントを読み続けてきた人間の目だった。
「まず種族」
「人間なら――」
「エルフ」
即決。
「理由は?」
「寿命」
「能力ではなく?」
「能力もいい。でも第一は寿命だ」
男は指を立てた。
「ダンジョン探索って時間かかるんだよ。アーティファクト探して、スポンサー見つけて、イモータルの試練やって、その途中で寿命死したら馬鹿みたいだろ」
「お前、まだ転生もしてないのに最終試練の時間管理を心配してるのか」
「TRPGでは準備不足から死ぬ」
神様は何とも言えない顔をした。
「エルフなら長命。探索に百年かかっても困りにくい。十レベルまで行けば戦士能力と魔法の両方が使える。あとはアタックランクで伸ばす」
ページをめくる。
「援助者を選べるのか」
「選べる」
男の指が止まった。
そこに九人の名があった。
「コリガン九姉妹」
「ほう」
「これで」
「理由は?」
「エルフ系。Energy。イモータル経験者。後進のエルフを助ける理由もある」
「……お前、最初からそこまで考えているのか」
「イモータル目指すって言っただろ」
さらに選択を続ける。
エルブン・チェイン。
エルブン・クローク。
エルブン・ブーツ。
エルブン・グローブ。
ウォーターウォーキング・アンクレット。
奇襲感知。
言語理解。
Bag of Holding。
Dew Tent。
Protection Blanket。
Book Leaf。
呪文貯蔵。
魔法の盾。
Crystal BallとESPへの防御。
神様が途中で口を挟んだ。
「攻撃能力は?」
「後」
「能力値を上げてもいいんだぞ。筋力十八とか」
「罠を踏んだら筋力十八でも死ぬ」
「強力な攻撃魔法を――」
「寝てる時に首を切られたら唱えられない」
「無限魔力」
「毒で死んだら無限でも意味ない」
神様は段々と黙っていった。
男は嬉々としてポイントを割り振っていた。
Long Sword +2。
知性剣。
魔法感知。
罠感知。
決戦用の追加ダメージ。
Long Bow +2。
矢の補充不要効果。
Mace +1、striking。
Hand Axe +1、Returning。
String of Lashing
回復薬三本。
そして最後に。
「コリガンたちの櫛」
神様が顔を上げた。
「それ、アーティファクトだぞ」
「知ってる」
「最初から持つのか」
男は少し考えた。
「いや」
珍しく即答しなかった。
「援助者をコリガン九姉妹にしてるなら……これは向こうで手に入れた方がいいな」
「ほう?」
「転生得点で全部揃えたらゲームにならん」
神様は初めて感心したような顔をした。
「そこは分別があるんだな」
「当然だ」
男は胸を張った。
「最初から無敵になりたいんじゃない。死ににくい状態で冒険したいんだ」
その言葉には、長年ゲームを遊んできた人間なりの実感があった。
勝ちたい。
もちろん勝ちたい。
だが、本当に好きなのは勝利画面ではない。
地図を埋めること。
扉を開けること。
何がいるか分からない地下へ降りること。
無駄だと思って持ってきた十フィート棒が役に立つ瞬間。
予備のロープ一本で全員が助かる瞬間。
仲間と、
『持ってきてよかった』
と笑う瞬間。
それが好きだった。
「領地もなし」
神様が確認する。
「なし」
「部下もなし」
「なし」
「財産も最低限」
「Bag of Holdingに入る分でいい」
「若いエルフの女になるぞ」
男は一瞬だけ止まった。
「……女?」
「転生体の適性がそっちだ」
「まあいいか」
軽かった。
「エルフなら」
「そこ?」
「寿命長いし」
「そこなんだな……」
神様は深く息を吐いた。
「では名前を」
男――もうすぐ別の存在になる魂は、少し考えた。
「セラリス」
「姓は?」
「カラーリー族になるなら……」
わずかに笑う。
「セラリス・オブ・カラーリー」
白い世界に、出口のような光が生まれた。
神様が最後に尋ねる。
「本当にいいのか? 王にも英雄にもなれる特典を捨てて、ただの冒険者から始めるんだぞ」
セラリスになる者は笑った。
「王様やるためにTRPGしてたんじゃないんだよ」
光へ足を踏み出す。
「ダンジョンに潜るためにやってたんだ」
そして最後に振り返って、
「今度は徹夜しないようにするよ」
神様は答えた。
「それだけは本当に守れ」
――こうして。
領地も。
軍勢も。
忠実なヘンチマンも。
莫大な財宝も選ばず。
ひたすら**「冒険中に死なないための準備」**へ転生特典を注ぎ込んだ元老齢TRPGプレイヤーは、
カラーリー族では珍しい黒髪金眼の若いエルフ娘、
セラリス・オブ・カラーリー
としてゲーム世界へ降り立った。
目標はひとつ。
生き残ること。
そして、その先にある。
イモータルになること。