セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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ソードワールド1.0が許されるなら、D&Dのガゼッタワールドも許されるよね。
あんまり資料持ってないのだけど懐かしいと思う方は是非お立ち寄り下さい。

セラリス・オブ・カラーリー
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スレスホールド
あ、死んだの?


 

 気がついたとき、男は白い場所に立っていた。

 

 部屋、と呼んでよいものなのかどうか、それさえもよくわからなかった。たしかに床らしいものは足の下にあり、周囲には壁らしいものも存在しているようだったが、その境目がひどく曖昧なのだ。壁と床とが接するはずの角はどこにも見えず、視線を向ければ向けるほど、ただ白い空間だけが際限なく続いているような錯覚にとらわれる。

 

 光源もないのに明るく、影もない。

 

 距離感すら、どこかおかしい。

 

 そんな妙な場所で、男の正面にひとりの人物が立っていた。

 

 少なくとも、その人物は自分を神だと名乗った。

 

「死んだぞ」

 

 挨拶も前置きもなく、神様はそう言った。

 

「やっぱりか」

 

 男は意外なほど素直に答えた。

 

 驚かなかったわけではない。

 

 ただ、取り乱すほど意外でもなかったのである。

 

 ここ数年、健康診断の数字は医者に褒められるようなものではなかったし、自分でも若い頃からずいぶん無茶を重ねてきたという自覚はあった。

 

 思い返せば、徹夜など珍しくもなかった。

 

 金曜の仕事が終わると仲間の家へ集まり、そのまま土曜の朝までセッションを続ける。朝飯を食べ、雑魚寝同然の仮眠をとり、夕方になると別の卓を始めることさえあった。日曜の夜になり、誰かが笑いながら「おい、明日仕事だぞ」と言い出しても、それを合図に解散するどころか、「じゃあ短いシナリオを一本だけ」と始めてしまうような生活である。

 

 その一本が本当に短かったためしなど、一度もなかった。

 

 直接の死因は脳梗塞だったという。

 

 事情を説明した神様は、心底あきれたような顔で男を見た。

 

「お前な。若い頃の徹夜というものは、何十年も経ってから利子をつけて取り立てに来るんだぞ」

 

「若い頃は平気だったんだよ」

 

「平気ではなかったから、いまここにいるんだろうが」

 

「それはそうだな」

 

 言われてみれば、まったくその通りだった。

 

 男があっさり認めると、神様はしばらく何ともいえない顔で彼を眺めていたが、やがて諦めたようにため息をつき、どこからともなく一冊の分厚い本を取り出した。

 

 大判の辞書よりもさらに分厚い。

 

 神様がそれを開くと、中には種族、能力値、職業、装備、特殊能力、財産、土地、従者といった見慣れた単語が、細かな文字でびっしりと並んでいた。

 

「まあ、お前は死ぬまでゲームばかりやっていたようだからな」

 

「失礼な。仕事もちゃんとしていたぞ」

 

「仕事以外の時間は何をしていた?」

 

「ゲーム」

 

「だろうな」

 

 神様は本の表紙を指先で軽く叩いた。

 

「それほどゲームが好きなら、ゲームの世界へ送ってやろう」

 

 その瞬間、男の目が明らかに変わった。

 

「やったぜ」

 

 あまりにも即答だったので、神様のほうが一歩引いた。

 

「もう少し迷わないのか」

 

「いや、だってゲーム世界なんだろ?」

 

「そうだ」

 

「レベルはあるのか?」

 

「ある」

 

「魔法は?」

 

「ある」

 

「ダンジョンは?」

 

「もちろんある」

 

「イモータルは?」

 

 そこで初めて、神様の返事が一瞬止まった。

 

「……いる」

 

 男は無言で拳を握った。

 

「よし。なら、行った先でイモータルを目指そう」

 

「お前はついさっき死んだばかりなんだぞ」

 

「だからこそ、次は死なないようにするんじゃないか」

 

 それまでどこか浮き浮きしていた男の声が、その言葉だけは不思議なくらい真剣になった。

 

 神様は男の顔を見つめたあと、何かを諦めたように転生特典の項目を開いた。

 

「では、まず領地を与えよう。小規模な男爵領程度なら、最初から所有していても――」

 

「いらない」

 

 間髪を入れない返答だった。

 

「……ずいぶん早いな」

 

「領地なんか持ったら維持費がかかるし、税金を集めなきゃならないし、領民同士の揉め事も裁かなきゃならないだろう。反乱が起きることもあるし、城を持ったら今度は攻められる心配までしなきゃならない」

 

「では、優秀なヘンチマンを何人かつけてやろう。戦士でも魔術師でも、かなり能力の高い者を選べるぞ」

 

「いらない」

 

「なぜだ」

 

「経験値分配が面倒だ」

 

「では従者はどうだ」

 

「食費がかかる」

 

「騎士団」

 

「もっと維持費がかかる」

 

「屋敷くらいは欲しくないのか」

 

「固定拠点なんて、襲撃してくださいと言ってるようなものじゃないか」

 

 神様は本を閉じかけた。

 

「お前はいったい何を欲しがっているんだ」

 

 男は、むしろ不思議そうな顔で答えた。

 

「死なないためのものだよ」

 

「……それだけなのか?」

 

「それが一番大事だろう」

 

 そして男は神様の持っている特典一覧を自分のほうへ引き寄せた。

 

 その瞬間、それまでの軽い態度が嘘のように、男の目つきが変わった。

 

 長年にわたってルールブックを読み、サプリメントを買い込み、キャラクター作成の数字を眺めながら一晩を潰し、「この組み合わせなら生存率が三パーセント上がる」などということを真剣に考えてきた人間の目であった。

 

「まず、種族からだな」

 

「人間なら選択肢が広いぞ」

 

「エルフ」

 

 そこには迷いがなかった。

 

「理由は?」

 

「寿命」

 

「能力ではなく?」

 

「能力も重要だ。でも第一は寿命だな」

 

 男は一本指を立てた。

 

「ダンジョン探索というのは時間がかかるんだよ。アーティファクトを探して、スポンサーを見つけて、条件を満たして、イモータルになるための試練を始めて、それで途中で寿命が尽きましたでは話にならないだろう」

 

「お前は、まだ転生さえしていないのに、もう最終試練までの時間配分を考えているのか」

 

「TRPGでは、準備不足から死人が出るんだ」

 

 神様は一瞬、何か言い返そうとしたものの、結局やめた。

 

 男の言葉には、妙な説得力があった。

 

「エルフなら長命だ。探索に百年かかったって、そう困らない。十レベルまで行けば戦士としての能力と魔法の両方を使えるし、その先はアタックランクで伸ばせる。人間より成長に時間がかかったとしても、最終的には時間そのものを味方にできる」

 

 男は楽しそうにページをめくっていたが、やがてある項目で指を止めた。

 

「援助者も選べるのか」

 

「選べるぞ」

 

 その欄には九人の名前が並んでいた。

 

 男の目が、細くなる。

 

「コリガン九姉妹」

 

「ほう」

 

「これにしよう」

 

「理由は?」

 

「エルフ系の存在で、スフィアはEnergy。しかもイモータルとしての経験がある。後進のエルフに手を貸す動機も作りやすいし、自分がイモータルを目指すなら、これ以上に相性のいい援助者はそういない」

 

「……本当に最初からそこまで考えているんだな」

 

「だから最初に言っただろう。イモータルを目指すんだ」

 

 そこから先の男の選択には、ほとんど迷いがなかった。

 

 エルブン・チェインは、魔法を扱える防具として真っ先に確保した。

 

 エルブン・クロークとエルブン・ブーツは、隠密と逃走のために必要である。

 

 エルブン・グローブも取る。

 

 水上歩行用のアンクレットも取った。

 

 奇襲を感知する能力と言語理解は、未知の土地を旅する冒険者にとって命綱に近い。

 

 荷物を減らしながら大量の道具を運べるBag of Holdingは当然のように選び、野営時の安全性を高めるDew TentとProtection Blanketも加える。

 

 さらにBook Leaf、呪文貯蔵能力、魔法の盾、Crystal BallやESPによる探知への防御まで揃えていく。

 

 神様は途中から、男が何を考えているのかわからなくなったらしい。

 

「攻撃能力は取らないのか?」

 

「後回しだ」

 

「能力値を上げてもいいんだぞ。筋力十八にすることだってできる」

 

「罠を踏んで岩に潰されたら、筋力十八でも普通に死ぬだろう」

 

「では、もっと強力な攻撃魔法を取ったらどうだ」

 

「寝ているときに首を切られたら唱えられない」

 

「無限に近い魔力を――」

 

「毒で死んだら無限だろうが有限だろうが同じだ」

 

 それを最後に、神様は口出しをやめた。

 

 男はますます楽しそうに特典を組み上げていった。

 

 武器についても、単純に威力の高いものを選ぶつもりはなかった。

 

 Long Sword +2には知性を持たせ、魔法感知と罠感知の能力を加えたうえで、いざというときだけ使える決戦用の追加ダメージ能力を持たせる。

 

 Long Bow +2には矢の補充を必要としない効果を持たせた。長期間の探索では、矢一本の不足が生死を分けることもあるからである。

 

 接近戦に備えてMace +1, Strikingを選び、投擲と回収を兼ねるHand Axe +1, Returningも用意する。

 

 さらにString of Lashingを加え、回復薬も三本確保した。

 

 何かひとつの状況で圧倒的に強い装備よりも、十の異なる危険に対して一つずつ答えを持っていることを男は選んだのである。

 

 そして最後に、彼の指がひとつの名前で止まった。

 

「コリガンたちの櫛」

 

 神様が顔を上げた。

 

「それはアーティファクトだぞ」

 

「知ってる」

 

「最初から持っていくつもりなのか?」

 

 男は初めて、すぐには答えなかった。

 

 しばらく考えたあとで、ゆっくりと首を振る。

 

「いや、やめておこう」

 

「ほう?」

 

「援助者にコリガン九姉妹を選んだんだから、これは向こうへ行ってから手に入れるべきだろう。最初から転生得点だけで全部揃えてしまったら、冒険する意味が薄くなる」

 

 神様は、このとき初めて少し感心したような顔をした。

 

「そこについては、案外まともな分別があるんだな」

 

「当然だろう」

 

 男は胸を張った。

 

「俺は最初から無敵になりたいわけじゃない。できるだけ死ににくい状態で、ちゃんと冒険がしたいんだ」

 

 その言葉だけは、冗談ではなかった。

 

 男はゲームで勝つことが嫌いだったわけではない。

 

 勝てるなら、もちろん勝ちたかった。

 

 経験値を稼ぎ、強い装備を手に入れ、昨日まで苦戦していた敵を圧倒できるようになることには、確かな喜びがあった。

 

 だが、本当に好きだったのは、勝利そのものだけではなかった。

 

 白紙だった地図に少しずつ線を書き足していき、誰も開けたことのない扉の向こうへ進み、何が待っているかわからない階段を仲間とともに降りてゆく。その一歩ごとに危険があり、その危険を知恵と準備で切り抜けていくことが、たまらなく好きだったのである。

 

 皆から「そんなものまで持っていくのか」と笑われた十フィート棒が、隠された落とし穴を見つけることもある。

 

 使う機会などないだろうと思いながら荷物へ押し込んだ予備のロープ一本が、崩れかけた縦穴で仲間全員の命を救うこともある。

 

 そして危機を脱したあと、誰かが「持ってきてよかったな」と言って笑う。

 

 男は、その瞬間が何より好きだった。

 

 だからこそ、転生という一度きりの機会にまで、同じ考え方を持ち込んだのである。

 

 強い一撃よりも、予備の手段を。

 

 華々しい称号よりも、安全な野営を。

 

 王座よりも、帰還するための道具を。

 

 いくら強力な冒険者になったところで、死んでしまえばそこで終わる。

 

 ならば、まず生き残る。

 

 次の扉を開けるのは、そのあとでよい。

 

「領地は、本当にいらないんだな」

 

 神様が確認した。

 

「いらない」

 

「部下も?」

 

「いらない」

 

「財産についても、最低限でいいのか?」

 

「Bag of Holdingに詰め込めるくらいで十分だよ。金が必要になったら、そのとき冒険して稼ぐ」

 

「そうか」

 

 神様は本を閉じ、そこで思い出したように付け加えた。

 

「それから、お前の転生先だが、若いエルフの女になるぞ」

 

 男の動きが初めて止まった。

 

「……女?」

 

「転生体との適性を調べたところ、そちらがもっとも安定している」

 

 男は数秒だけ考え込んだ。

 

 そして、肩をすくめた。

 

「まあ、いいか」

 

「いいのか?」

 

「エルフなんだろう?」

 

「問題にしているのはそこではない気がするんだが」

 

「寿命が長いなら、それでいい」

 

「本当にそこなんだな……」

 

 神様は、今日何度目になるかわからない深いため息をついた。

 

「では、名前を決めろ」

 

 男はそこで、ようやく少し長く考えた。

 

 これまで使ってきたゲームのキャラクター名を思い浮かべ、そのどれとも違う名を選ぼうと思った。

 

 これから先、それは単なるキャラクター名ではなくなる。

 

 自分自身の名になるのだから。

 

「セラリス」

 

「姓は?」

 

「カラーリー族になるんだろう?」

 

「そうだ」

 

 男は少しだけ笑った。

 

「なら、セラリス・オブ・カラーリーでいい」

 

 その言葉が決定となったらしい。

 

 果ての見えなかった白い空間の一角に、いつの間にか光が生まれていた。

 

 最初は小さな点だったものが、次第に大きくなり、やがてひとりの人間が十分に通れるほどの大きさになる。その向こうに何があるのかは見えない。ただ、そこから吹いてくるはずのない風だけが、かすかに男の頬を撫でた。

 

 神様は光を見たあと、最後に男へ尋ねた。

 

「本当にそれでいいのか?」

 

「何が?」

 

「お前が望めば、王として生まれることもできた。最初から英雄として名を知られ、軍勢と財産を与えられた状態で始めることさえできたんだ。それをすべて捨てて、ただの冒険者として始めるんだぞ」

 

 男はしばらく神様の顔を見ていた。

 

 それから、いかにも奇妙なことを尋ねられたという顔で笑った。

 

「俺は、王様になるためにTRPGをやっていたんじゃないんだよ」

 

 男は光のほうへ歩き出した。

 

 足取りに迷いはなかった。

 

「知らない土地を歩いて、知らない怪物に出会って、知らない地下迷宮へ潜るためにやっていたんだ。王様になったら、それをやっている暇がなくなるじゃないか」

 

 たしかに、と神様は思ったのかもしれない。

 

 少なくとも、それ以上は何も言わなかった。

 

 男は光の目前まで進み、そこでふと思い出したように振り返った。

 

「ひとつだけ、前の人生で反省してることがある」

 

「何だ?」

 

「今度は、できるだけ徹夜しないようにするよ」

 

 神様はしばらく黙って男を見つめ、それから、これまででもっとも真剣な声で答えた。

 

「それだけは、本当に守れ」

 

 男は笑い、そのまま光の中へ歩み入った。

 

 こうして、領地も軍勢も、忠実なヘンチマンも、城も莫大な財宝も選ばず、せっかく与えられた転生特典の大半を、ただひたすら冒険の途中で死なないための準備へ注ぎ込んだひとりの老いたTRPGプレイヤーは、それまでの人生と身体を捨て、新しい世界へ生まれ落ちることになった。

 

 新しい身体は若いエルフの娘のものであり、カラーリー族としては珍しい黒髪と金色の瞳を持っていた。

 

 その名を、セラリス・オブ・カラーリーという。

 

 彼女が望んだのは、王座でも、名誉でも、最初から約束された勝利でもなかった。

 

 危険な場所へ足を踏み入れたなら、できるかぎり生きて帰ること。

 

 今日を生き延びたなら、明日は昨日より少しだけ強くなること。

 

 そして、何十年、何百年かかろうとも、その先にある道を自分の足で歩き続けること。

 

 その道の終着点として、彼女が最初から見据えていたものは、ただひとつであった。

 

 いつの日か、人として、あるいはエルフとして生きる時間そのものさえ越え、イモータルへ到達すること。

 

 ただし、そのためにも、まず死んではならない。

 

 それこそが、かつて何十年にもわたってゲームを遊び続けたひとりの男が、新しい人生の最初に定めた、何よりも単純で、何よりも切実な冒険の原則だった。

 

 

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