セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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低レベルの【睡眠】は強い

 

ダリヤがもう一度偵察した結果、コボルドは全部で六匹だった。

 

全員が内扉の近く、城壁の影に固まっている。

 

ほかに見張りらしい姿はない。

 

増援がすぐ飛び出してきそうな扉も、ダリヤが確認できる範囲にはなかった。

 

「六匹です」

 

戻ってきたダリヤが報告する。

 

「まだこっちには気づいてません」

 

「じゃあ、予定通りやろう」

 

セラリスは杖を握った。

 

四人は正面の城門を避け、外壁沿いに大きく迂回する。

 

先頭はダリヤ。

 

その後ろにセラリス。

 

さらにヴァレリアとミハイルが続く。

 

壁に開いた十フィートほどの大穴へ近づき、まずダリヤが中を確認する。

 

振り返って、指を六本立てた。

 

変化なし。

 

セラリスが静かに前へ出る。

 

穴の向こうでは、六匹のコボルドが相変わらず車座になっていた。

 

犬の頭を持つ小柄な亜人たち。

 

槍や短剣を傍らへ置き、何事かを話している。

 

こちらには気づいていない。

 

――こういう時の【睡眠】は、本当に凶悪だよなあ。

 

低レベルの集団相手なら、まともに戦闘する必要すらない。

 

セラリスは小さく呪文を唱えた。

 

【睡眠】

 

魔法が放たれる。

 

コボルドの一匹が突然、こくりと頭を落とした。

 

その隣も。

 

さらに一匹。

 

二匹。

 

三匹。

 

ぱたり。

 

ぱたり。

 

まるで糸が切れた人形のように、六匹のコボルドが次々と倒れていく。

 

数秒後。

 

全員が寝息を立てていた。

 

「……すごい」

 

ヴァレリアが小声で呟いた。

 

「まだ」

 

セラリスが制する。

 

「本当に全員眠ってるか確認してから」

 

四人は慎重に穴を抜けた。

 

ダリヤが周囲を確認。

 

ミハイルとヴァレリアは武器を構えたまま、倒れているコボルドへ近づく。

 

反応なし。

 

六匹。

 

間違いなく六匹。

 

全員眠っている。

 

それからが大忙しだった。

 

「縛るよ」

 

持ってきたロープを使い、まず両手。

 

次に足。

 

一匹ずつ、確実に拘束していく。

 

ダリヤは結び目を確認し、緩いものはやり直した。

 

セラリスも念のため一本ずつ引っ張って確かめる。

 

やがて。

 

六匹のコボルドが、きれいに縛り上げられて並べられた。

 

「……なんかすごい光景ですね」

 

ヴァレリアが言う。

 

「戦闘は?」

 

ミハイルが尋ねる。

 

「終わったよ」

 

「一回も剣振ってませんけど」

 

「最高じゃない」

 

セラリスは即答した。

 

戦闘とは、別に公平な条件で殴り合う競技ではない。

 

危険を冒さず勝てるなら、それが一番いい。

 

さて。

 

次は情報収集だった。

 

ミハイルが一匹の前へしゃがむ。

 

「こいつを起こします」

 

「いいよ」

 

頬を軽く叩く。

 

「おい」

 

反応なし。

 

もう少し強く。

 

「起きろ」

 

「……グ……」

 

コボルドの瞼が開いた。

 

最初はぼんやりしていた。

 

だが。

 

目の前にいる人間。

 

突きつけられた剣。

 

そして動かない手足。

 

状況を理解した瞬間、激しく身をよじった。

 

「グルルルル……!」

 

縄を引きちぎろうともがく。

 

だが、しっかり縛られている。

 

やがて無駄だと悟ったのか、動きを止めた。

 

喉の奥から犬の唸り声にも似た奇妙な発音が漏れる。

 

それが言葉になった。

 

「……なにが望みだ」

 

ミハイルは剣先を下げない。

 

「お前たちの仲間は、どれだけこの廃墟の中にいる?」

 

コボルドの耳が動いた。

 

「俺は番人だ」

 

「番人?」

 

「中のことは知らない」

 

ミハイルが目を細める。

 

嘘か。

 

本当か。

 

判断できない。

 

するとコボルドは続けた。

 

「……俺たちを助けてくれるなら、金を差し出す」

 

「金?」

 

「そうだ」

 

ミハイルが少しだけ振り返った。

 

セラリスを見る。

 

セラリスは何も言わない。

 

まず本人に交渉させるつもりだった。

 

ミハイルは再びコボルドへ向き直る。

 

「良いだろう。どこにある?」

 

「取ってくる」

 

コボルドが答える。

 

「だから縄を解いてくれ」

 

ミハイルは即座にセラリスを見た。

 

「どうする?」

 

「自分だけ逃げるかもしれないよ」

 

「ですよね」

 

少し考える。

 

そして。

 

「あ」

 

ミハイルがコボルドを見る。

 

「じゃあ首に縄をつけて、脚だけ解こう」

 

セラリスが瞬きをした。

 

ダリヤが笑う。

 

「それなら逃げられないね」

 

ヴァレリアは若干微妙な顔をしたものの、

 

「まあ……逃がすよりは」

 

と頷いた。

 

コボルドは嫌そうに唸ったが、拒否はしなかった。

 

両腕の縄はそのまま。

 

首へ新たに縄を回し、その端をミハイルが持つ。

 

それから脚の縄だけを解く。

 

「歩け」

 

コボルドは立ち上がった。

 

そして一行を、外壁の東側へ案内し始めた。

 

当然、セラリスたちは周囲を警戒する。

 

罠へ連れて行かれる可能性もある。

 

外壁の東の角。

 

そこには崩れた城壁の石が積み重なり、大きな瓦礫の山を作っていた。

 

コボルドが顎で示した。

 

「そこだ」

 

「どこ?」

 

「そこの瓦礫の下だ。小さな鉄の箱に入れて隠してある」

 

ダリヤが前へ出た。

 

「私が探す」

 

いきなり手を突っ込まず、まず棒で瓦礫の隙間を確かめる。

 

蛇や虫がいないか。

 

仕掛けがないか。

 

それから慎重に石をどけ始めた。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

「あ」

 

何かが見えた。

 

錆びた鉄。

 

さらに周囲の石を取り除く。

 

やがて。

 

「ありました」

 

小さな鉄の箱が姿を現した。

 

ダリヤが持ち上げる。

 

「重っ!」

 

小さい。

 

だが、ずっしりと重い。

 

セラリスたちはコボルドを警戒しながら箱を調べる。

 

罠がないことを確認して。

 

開けた。

 

「…………」

 

全員が黙った。

 

中には。

 

金貨。

 

ぎっしりと詰まった金貨。

 

そして、その中に埋もれるように一つ。

 

黒い宝石。

 

ダリヤが何枚か取り出し、数え始める。

 

しばらくして。

 

「……これ」

 

顔を上げた。

 

「千枚くらいありますよ」

 

ミハイルが聞き返す。

 

「千?」

 

「金貨千枚」

 

「…………」

 

ヴァレリアも箱を覗き込む。

 

「これを?」

 

コボルドを見る。

 

「あなたたちが持ってたんですか?」

 

「そうだ」

 

それ以上は答えない。

 

セラリスは黒い宝石を眺めながら思った。

 

――チュートリアルダンジョンの入口で金貨千枚。

 

金銭感覚がおかしい。

 

いや。

 

古いD&Dでは、財宝こそが冒険の主目的だ。

 

敵を全部倒して経験値を稼ぐゲームではない。

 

危険を回避し。

 

情報を集め。

 

財宝を持って生還する。

 

そういうゲームだった。

 

なら。

 

戦闘一回なし。

 

【睡眠】一発。

 

ロープ少々。

 

そして交渉。

 

それだけで金貨千枚と宝石。

 

――ものすごく正しい攻略をしている。

 

コボルドが声を上げた。

 

「約束だ」

 

全員がそちらを見る。

 

「俺たちを解放してくれ」

 

ミハイルは少し考える。

 

「この廃墟から出ていくのか?」

 

「出ていく」

 

「仲間を連れて戻ってきたりしない?」

 

「戻らない」

 

コボルドはミハイルを見る。

 

「金も渡した」

 

そうだった。

 

ミハイルが約束した。

 

助けるなら金を差し出す。

 

そして金を受け取った。

 

ならば。

 

「分かった」

 

ミハイルが答える。

 

「約束は守る」

 

セラリスは口を挟まなかった。

 

一匹ずつ解放していく。

 

もちろん六匹同時ではない。

 

まず一匹。

 

武器は返さない。

 

門へ向かわせる。

 

次。

 

また一匹。

 

順番に。

 

解放されたコボルドたちは、外壁の内側を通って正面門へ向かった。

 

そこで。

 

先頭の一匹が立ち止まった。

 

地面に横たわる、朽ち果てた大扉を見る。

 

そして大きく迂回した。

 

二匹目も。

 

三匹目も。

 

全員が、決して扉へ近づかない。

 

「……やっぱりいるんだ」

 

ダリヤが小声で呟いた。

 

最後のコボルドが門を出る直前。

 

振り返った。

 

そして朽ちた扉を指さす。

 

「そこ」

 

一行を見る。

 

「近づくな」

 

ミハイルが尋ねる。

 

「何かいるのか?」

 

コボルドは短く答えた。

 

「喰う虫だ」

 

セラリスが小さく息を吐く。

 

――はい、キャリオンクローラー確定。

 

コボルドはさらに何か言おうとして、少し迷った。

 

それから。

 

「約束を守った人間」

 

いや。

 

セラリスを見て言い直す。

 

「……人間たち」

 

エルフが一人いた。

 

「感謝する」

 

そのまま駆け出した。

 

残りのコボルドたちも続く。

 

廃墟を離れ。

 

草地を走り。

 

やがて六つの小さな姿は、遠くの山の中へ消えていった。

 

戻ってくる気配はない。

 

しばらく四人は、それを見送っていた。

 

ダリヤが最初に口を開く。

 

「……なんか」

 

「うん?」

 

「普通に話が通じましたね」

 

「亜人だからって、見つけたら全部殺さなきゃいけないわけじゃないからね」

 

セラリスは答えた。

 

ミハイルは金貨の詰まった鉄箱を見る。

 

それから門を見る。

 

「戦わずに終わったな」

 

「しかも情報まで増えました」

 

ヴァレリアが言う。

 

ダリヤが指を折る。

 

「コボルド六匹排除」

 

一本。

 

「金貨千枚」

 

二本。

 

「黒い宝石一個」

 

三本。

 

「扉の下に本当に怪物がいるって確認」

 

四本。

 

「誰も怪我してない」

 

セラリスは満足そうに頷いた。

 

「満点」

 

「これが冒険なんですか?」

 

ミハイルが尋ねる。

 

「これが一番いい冒険」

 

セラリスは即答した。

 

そして。

 

四人の視線が同時に。

 

正面門の前に横たわる、朽ちた二枚の扉へ向いた。

 

財宝は手に入れた。

 

コボルドもいなくなった。

 

退路も確保した。

 

残っている問題は一つ。

 

その下に潜む。

 

八本の触手を持つ腐肉喰らい虫。

 

セラリスが言った。

 

「さて」

 

ダリヤが油瓶を取り出した。

 

今度は誰も。

 

火を使うことに反対しなかった。

 

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