セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

12 / 13
生きて帰る

 

「私はまだ魔法が残ってるけど」

 

セラリスは、城門の向こうにある内扉を見ながら言った。

 

「ここで一旦スレスホールドに戻るのも手だよ」

 

三人が振り返る。

 

ミハイルが少し意外そうな顔をした。

 

「もうですか?」

 

「もう、じゃないよ」

 

セラリスは首を振る。

 

「みんなと同程度の技量の魔法使いだったら、さっきの【睡眠】で力尽きてる」

 

「あ」

 

ヴァレリアが気づく。

 

低位の魔法使いが使える魔法の数は多くない。

 

たった一度。

 

たった一発の【睡眠】。

 

それだけで、その日の切り札を使い果たしていても何もおかしくない。

 

「私はまだ余裕あるけど、それを基準にしちゃ駄目」

 

セラリスは続ける。

 

「本来なら今の私たちは、魔法使いが一番強い札を切った後。コボルド六匹を無傷で無力化して、財宝も手に入れて、入口の怪物も倒した」

 

地面に置かれた鉄箱を見る。

 

金貨千枚。

 

黒い宝石。

 

それとは別に、キャリオンクローラーの巣から回収した硬貨とガーネット、それに用途不明の鍵。

 

「ここで帰っても、十分すぎるくらい成果は出てる」

 

ダリヤが頷きかけた。

 

だが。

 

ヴァレリアが内扉を見る。

 

「でも、今引いたら……」

 

「うん?」

 

「廃墟の中にいるものに、番人がやられたのが知られますよね?」

 

セラリスが笑った。

 

「そうだよ」

 

コボルドたちは去った。

 

入口に潜んでいたキャリオンクローラーも死んだ。

 

城門周辺の状況は、来た時とは完全に変わっている。

 

中に知性のある何かがいるなら。

 

遅かれ早かれ気づくだろう。

 

「次回来た時には、見張りが増えてるかもしれない」

 

ミハイルが言う。

 

「罠を仕掛けられてるかも」

 

ダリヤも続ける。

 

「入口を塞がれる可能性もありますね」

 

「全部ある」

 

セラリスは頷いた。

 

「だから、どうするか」

 

三人を見る。

 

「どこで引くかも、冒険の大事な判断だ」

 

進めば危険が増える。

 

引けば、今ある優位を失うかもしれない。

 

どちらにも危険がある。

 

だからこそ。

 

絶対に正しい答えなどない。

 

ミハイルは腕を組んだ。

 

しばらく黙って考える。

 

「……もう少し、が危ないんですね」

 

セラリスの表情が少し変わった。

 

「うん」

 

短い返事だった。

 

だが、それだけで十分だった。

 

――もう少し。

 

もう一部屋。

 

もう一匹。

 

もう一つ宝箱を。

 

まだいける。

 

傷も浅い。

 

魔法も少し残ってる。

 

そこで死ぬ。

 

冒険者を殺すのは、必ずしも強大なドラゴンではない。

 

「あと少しなら大丈夫」という判断だったりする。

 

ゲームなら全滅して学べる。

 

この世界では、一度しか学べない。

 

ダリヤが考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

 

「じゃあ」

 

「なに?」

 

「コボルドを不意打ちできなかったとして」

 

少し言葉を選ぶ。

 

「誰か一人でも、かすり傷を受けたら撤退する、っていうのはどうです?」

 

ミハイルが見る。

 

「かすり傷で?」

 

「うん」

 

ダリヤは頷く。

 

「今回はまだ誰も怪我してないでしょ?」

 

「そうだな」

 

「だったら、その状態を基準にするの」

 

ヴァレリアも話を聞く。

 

「次に戦闘になって、誰かがちょっとでも怪我したら、その時点で帰る」

 

「まだ戦えるかどうかじゃなくて?」

 

「まだ戦える、って思ってる時に帰る」

 

ダリヤはセラリスを見る。

 

「それなら、『もう少し』を始める前に止められるんじゃないですか?」

 

セラリスは答えなかった。

 

数秒。

 

じっとダリヤを見る。

 

ダリヤが不安になった。

 

「……駄目です?」

 

「いや」

 

セラリスは笑った。

 

「ものすごくいい」

 

「ほんとですか?」

 

「うん」

 

撤退条件を。

 

危険になってから決めない。

 

安全なうちに決めておく。

 

疲れた。

 

傷を負った。

 

魔法を使った。

 

仲間が倒れた。

 

そうなってから、

 

《まだいけるか?》

 

と相談すれば、どうしても欲が入る。

 

ここまで来たのだから。

 

せっかくだから。

 

あと一部屋くらい。

 

だから。

 

撤退線は、冷静なうちに引いておく。

 

「じゃあ、それでいこう」

 

セラリスが言った。

 

「誰か一人でも負傷したら、軽傷でも撤退」

 

「はい」

 

「それから」

 

指を一本立てる。

 

「私がもう一回、大きい魔法を使った場合も撤退を考える」

 

二本目。

 

「想定外の敵が出たら、戦う前に逃げられるか考える」

 

三本目。

 

「誰かが『まだいける』って言い始めたら――」

 

ミハイルが苦笑する。

 

「それが一番危ない?」

 

「そう」

 

セラリスは即答した。

 

ダリヤが笑った。

 

ヴァレリアも少し笑う。

 

だが。

 

四人とも。

 

さっきまでより内扉を見る目が慎重になっていた。

 

セラリスはそれを確認して頷いた。

 

「じゃあ、もう少しだけ進もう」

 

ミハイルが剣を抜く。

 

ヴァレリアが盾を構える。

 

ダリヤは先頭へ出る前に、回収した鍵を確かめた。

 

セラリスは杖を持ち直す。

 

そして内心で思う。

 

――そう。

 

ダンジョンで一番大切なのは。

 

奥まで行くことじゃない。

 

敵を全部倒すことでもない。

 

宝を全部持ち帰ることでもない。

 

生きて帰って、次も冒険できることだ。

 

四人は。

 

今度こそ慎重に。

 

廃墟の内扉へと近づいていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。