セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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完全勝利!

 

炎が食堂の床を走った、その時。

 

セラリスはもう一つの存在に気づいていた。

 

長いテーブルの上。

 

食器の陰に、黄色い染みのようなものが広がっている。

 

――あ。

 

イエローモールド。

 

黄色い黴。

 

不用意に近づいたり刺激したりすれば、胞子を撒き散らす厄介な代物だ。

 

低レベルの冒険者にとっては、ハーピイ同様に笑えない危険物である。

 

だが。

 

「……まあ、いいか」

 

セラリスは小さく呟いた。

 

すでに遅い。

 

いや。

 

むしろ都合が良かった。

 

ハーピイを焼くために広がった炎が、テーブルへ燃え移っている。

 

その熱をまともに浴びたイエローモールドもまた。

 

じゅっ。

 

黄色い表面を焦がし。

 

やがて黒く焼け縮んでいった。

 

――ハーピイ対策のついでに罠まで処理できた。

 

――結果だけ見れば、すごく効率がいいな。

 

問題は。

 

二匹のハーピイのうち一匹。

 

油をまともに被らなかった個体だった。

 

「ギャアアッ!」

 

仲間が炎に包まれる横で。

 

無傷のハーピイが翼を広げる。

 

歌おうとしたのか。

 

それとも襲いかかろうとしたのか。

 

どちらでもいい。

 

セラリスの右手は、すでに装飾の腕輪へ伸びていた。

 

淡い光。

 

手の中に現れる。

 

ハンドアクス+1・リターニング。

 

「そっちは任せて!」

 

一歩踏み込み。

 

投げる。

 

魔法の斧が回転しながら一直線に飛んだ。

 

どすっ!

 

「ギャッ!」

 

刃がハーピイの身体へ食い込む。

 

大きく体勢を崩した。

 

そして。

 

斧は血を散らしながら抜けると。

 

空中で軌道を変える。

 

くるくると回転し。

 

セラリスの手へ戻った。

 

ミハイルが叫ぶ。

 

「今だ!」

 

「はい!」

 

ヴァレリアが応じる。

 

二人が一気に距離を詰めた。

 

ハーピイは斧を受けた傷を押さえながら、翼を広げようとする。

 

だが。

 

飛び立たせない。

 

ミハイルの剣。

 

ヴァレリアの攻撃。

 

左右から集中する。

 

一撃。

 

さらに一撃。

 

数で押し切る。

 

ハーピイが反撃する暇を与えない。

 

「ギャ――!」

 

最後まで声を上げきることなく。

 

一匹目が床へ沈んだ。

 

「次!」

 

セラリスが叫ぶ。

 

もう一匹。

 

こちらはまだ燃えている。

 

羽毛を炎に包まれ。

 

床の上を転げ回っていた。

 

普通なら。

 

距離を取って。

 

炎が弱まるまで待つという選択肢もある。

 

だが。

 

それでは。

 

火が消えた後に立ち直るかもしれない。

 

「炎が消える前に仕留める!」

 

「分かりました!」

 

ミハイル。

 

ヴァレリア。

 

そしてセラリス。

 

一気に攻める。

 

もちろん。

 

燃えている身体へ不用意に接触しない。

 

ミハイルとヴァレリアが間合いを取りながら武器を振るい。

 

セラリスは再びハンドアクスを投げる。

 

どすっ。

 

戻る。

 

また投げる。

 

炎。

 

悲鳴。

 

武器の衝撃。

 

やがて。

 

二匹目のハーピイも動かなくなった。

 

燃えていた羽毛だけが。

 

ぱち。

 

ぱち。

 

と音を立てる。

 

セラリスは手を上げた。

 

「まだ近づかない」

 

三人が止まる。

 

完全に動かなくなったこと。

 

イエローモールドも焼けていること。

 

燃え移った箇所に危険がないこと。

 

それらを一つずつ確認する。

 

やがて。

 

「……終わり」

 

セラリスが言った。

 

ミハイルが大きく息を吐く。

 

「誰も怪我してない?」

 

ヴァレリアが確認する。

 

自分。

 

ミハイル。

 

ダリヤ。

 

セラリス。

 

四人とも。

 

無傷。

 

ダリヤが嬉しそうに言った。

 

「完全勝利ですね」

 

セラリスも頷く。

 

「完全勝利」

 

魅了された者。

 

ゼロ。

 

負傷者。

 

ゼロ。

 

ハーピイ。

 

二匹撃破。

 

イエローモールド。

 

ついでに焼却。

 

――ゲームだったら、ダイス目が良かっただけとも言えるけど。

 

今は。

 

偵察して。

 

敵の能力を知って。

 

作戦を立てて。

 

道具を惜しまず使って。

 

失敗した場合の撤退まで決めた上での勝利だ。

 

十分に胸を張っていい。

 

そして。

 

戦闘が終われば。

 

次にやることも決まっている。

 

「部屋を調べよう」

 

ダリヤの出番だった。

 

まず。

 

テーブル。

 

焼け焦げている。

 

その上には銀食器が残っていた。

 

「これ……銀ですよね?」

 

ダリヤが一つ持ち上げる。

 

セラリスも見る。

 

「そうだと思う」

 

全部で十二組ほど。

 

皿。

 

匙。

 

フォーク。

 

その他。

 

一式そろっていれば、それなりの価値がありそうだ。

 

「一組……五金貨くらい?」

 

ダリヤが見積もる。

 

「たぶんそのくらい」

 

十二組なら。

 

全部持ち帰れれば六十金貨ほど。

 

新人冒険者からすれば十分な財宝である。

 

ただし。

 

「グラスは駄目ですね」

 

ヴァレリアが床を見る。

 

透明な破片。

 

ハーピイが火だるまになって転げ回った時。

 

テーブルへぶつかり。

 

上にあったグラス類をまとめて床へ落としていた。

 

ほぼ全滅。

 

「まあ」

 

ダリヤが言う。

 

「私たちが燃やしたから仕方ないね」

 

「命とグラスなら命を取るよ」

 

セラリスが即答する。

 

「ですよね」

 

それから。

 

テーブルの下。

 

「……あれ?」

 

ダリヤがしゃがんだ。

 

奥。

 

影になった場所に。

 

細長いものがある。

 

「箱があります」

 

「触る前に調べて」

 

「はい」

 

十フィート棒。

 

周辺。

 

床。

 

箱そのもの。

 

罠。

 

仕掛け。

 

慎重に調べてから。

 

引っ張り出す。

 

長細い箱だった。

 

頑丈な造り。

 

そして。

 

鍵が掛かっている。

 

ダリヤが鍵穴を見る。

 

「開けてみます?」

 

盗賊道具へ手を伸ばしかけ。

 

止まった。

 

「……待って」

 

荷物を探る。

 

取り出したものを見て。

 

三人も「あ」と声を上げた。

 

鍵。

 

正面玄関。

 

キャリオンクローラーが潜んでいた朽ちた扉の下。

 

腐りかけた鞄から出てきた。

 

あの用途不明だった鍵。

 

「まさかね」

 

ダリヤが笑いながら差し込む。

 

入った。

 

「……え?」

 

回す。

 

かちり。

 

開いた。

 

四人が黙る。

 

ミハイルが言った。

 

「なんであんなところに、この箱の鍵があったんだ?」

 

セラリスは肩をすくめる。

 

「前の持ち主が食べられたんじゃない?」

 

「ああ……」

 

妙に納得できる答えだった。

 

箱を開ける。

 

一番上に入っていたのは。

 

食器一式。

 

「また食器?」

 

ダリヤが取り出す。

 

だが。

 

こちらは。

 

「駄目ですね」

 

長年の湿気。

 

腐食。

 

破損。

 

ぼろぼろ。

 

価値はほとんどない。

 

「残念」

 

だが。

 

それだけではなかった。

 

下。

 

じゃら。

 

銀貨。

 

大量の銀貨。

 

「うわ」

 

ダリヤが目を丸くする。

 

箱の底へ。

 

ぎっしり。

 

数えてみる。

 

約二千枚。

 

「銀貨二千枚……」

 

ヴァレリアが呟く。

 

そして。

 

さらに。

 

小さな装飾品。

 

「イヤリング?」

 

青緑色の石。

 

トルコ石。

 

一対。

 

さらにもう一対。

 

「二セットあります」

 

財宝袋へ分けて入れる。

 

そして。

 

最後。

 

箱の奥から。

 

ころん。

 

ころん。

 

小瓶が二本。

 

中には液体。

 

セラリスが目を細める。

 

ダリヤが持ち上げようとすると。

 

「待って」

 

「はい」

 

「正体が分からないものは慎重に」

 

ダリヤが手を止める。

 

二本とも。

 

ポーションらしい。

 

だが。

 

色を見ただけでは分からない。

 

回復薬か。

 

毒か。

 

解毒薬か。

 

何かの能力を与える薬か。

 

――昔のD&Dで。

 

――正体不明のポーションをその場で「とりあえず飲んでみよう」とするのも、すごく冒険者っぽいんだけど。

 

セラリスは三人を見る。

 

もちろん。

 

そんな教育はしない。

 

「持って帰って鑑定」

 

「ですよね」

 

ダリヤも即答した。

 

成長している。

 

食堂の探索結果。

 

ハーピイ二匹。

 

撃破。

 

イエローモールド。

 

焼却。

 

銀食器十二組。

 

一組あたりおよそ五金貨相当。

 

銀貨二千枚。

 

トルコ石のイヤリング二組。

 

正体不明のポーション二本。

 

そして。

 

箱に入っていた古い食器類。

 

価値なし。

 

グラス。

 

戦闘中に粉砕。

 

セラリスは部屋を眺める。

 

「……すごいですね」

 

ヴァレリアが言った。

 

「何が?」

 

「まだそんなに奥まで来てないのに」

 

確かに。

 

廃墟の入口から。

 

そこまで深く進んだわけではない。

 

それでも。

 

すでに相当な量の財宝を手に入れている。

 

ミハイルが言う。

 

「これ……もう帰ってもいいんじゃないか?」

 

ダリヤも。

 

今度は即座に否定しなかった。

 

セラリスは少し笑った。

 

――いいね。

 

宝を見つけたから。

 

もっと奥にあるかもしれない。

 

そう考えるのではなく。

 

宝を見つけたからこそ。

 

これを失う前に持って帰る。

 

その発想が出るようになった。

 

低レベル冒険者として。

 

間違いなく成長している。

 

セラリスはハンドアクス+1・リターニングをチャームの腕輪へ戻しながら言った。

 

「じゃあ、一度ここで状況を整理しようか」

 

戦闘には。

 

完全勝利した。

 

だが。

 

**完全勝利した直後こそ、一番「もう少し」が頭を出す。**

 

それを。

 

三人はもう知っていた。

 

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