セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

17 / 17
完全勝利!

 

炎が食堂の床を走った、その時。

 

セラリスはもう一つの存在に気づいていた。

 

長いテーブルの上。

 

食器の陰に、黄色い染みのようなものが広がっている。

 

――あ。

 

イエローモールド。

 

黄色い黴。

 

不用意に近づいたり刺激したりすれば、胞子を撒き散らす厄介な代物だ。

 

低レベルの冒険者にとっては、ハーピイ同様に笑えない危険物である。

 

だが。

 

「……まあ、いいか」

 

セラリスは小さく呟いた。

 

すでに遅い。

 

いや。

 

むしろ都合が良かった。

 

ハーピイを焼くために広がった炎が、テーブルへ燃え移っている。

 

その熱をまともに浴びたイエローモールドもまた。

 

じゅっ。

 

黄色い表面を焦がし。

 

やがて黒く焼け縮んでいった。

 

――ハーピイ対策のついでに罠まで処理できた。

 

――結果だけ見れば、すごく効率がいいな。

 

問題は。

 

二匹のハーピイのうち一匹。

 

油をまともに被らなかった個体だった。

 

「ギャアアッ!」

 

仲間が炎に包まれる横で。

 

無傷のハーピイが翼を広げる。

 

歌おうとしたのか。

 

それとも襲いかかろうとしたのか。

 

どちらでもいい。

 

セラリスの右手は、すでに装飾の腕輪へ伸びていた。

 

淡い光。

 

手の中に現れる。

 

ハンドアクス+1・リターニング。

 

「そっちは任せて!」

 

一歩踏み込み。

 

投げる。

 

魔法の斧が回転しながら一直線に飛んだ。

 

どすっ!

 

「ギャッ!」

 

刃がハーピイの身体へ食い込む。

 

大きく体勢を崩した。

 

そして。

 

斧は血を散らしながら抜けると。

 

空中で軌道を変える。

 

くるくると回転し。

 

セラリスの手へ戻った。

 

ミハイルが叫ぶ。

 

「今だ!」

 

「はい!」

 

ヴァレリアが応じる。

 

二人が一気に距離を詰めた。

 

ハーピイは斧を受けた傷を押さえながら、翼を広げようとする。

 

だが。

 

飛び立たせない。

 

ミハイルの剣。

 

ヴァレリアの攻撃。

 

左右から集中する。

 

一撃。

 

さらに一撃。

 

数で押し切る。

 

ハーピイが反撃する暇を与えない。

 

「ギャ――!」

 

最後まで声を上げきることなく。

 

一匹目が床へ沈んだ。

 

「次!」

 

セラリスが叫ぶ。

 

もう一匹。

 

こちらはまだ燃えている。

 

羽毛を炎に包まれ。

 

床の上を転げ回っていた。

 

普通なら。

 

距離を取って。

 

炎が弱まるまで待つという選択肢もある。

 

だが。

 

それでは。

 

火が消えた後に立ち直るかもしれない。

 

「炎が消える前に仕留める!」

 

「分かりました!」

 

ミハイル。

 

ヴァレリア。

 

そしてセラリス。

 

一気に攻める。

 

もちろん。

 

燃えている身体へ不用意に接触しない。

 

ミハイルとヴァレリアが間合いを取りながら武器を振るい。

 

セラリスは再びハンドアクスを投げる。

 

どすっ。

 

戻る。

 

また投げる。

 

炎。

 

悲鳴。

 

武器の衝撃。

 

やがて。

 

二匹目のハーピイも動かなくなった。

 

燃えていた羽毛だけが。

 

ぱち。

 

ぱち。

 

と音を立てる。

 

セラリスは手を上げた。

 

「まだ近づかない」

 

三人が止まる。

 

完全に動かなくなったこと。

 

イエローモールドも焼けていること。

 

燃え移った箇所に危険がないこと。

 

それらを一つずつ確認する。

 

やがて。

 

「……終わり」

 

セラリスが言った。

 

ミハイルが大きく息を吐く。

 

「誰も怪我してない?」

 

ヴァレリアが確認する。

 

自分。

 

ミハイル。

 

ダリヤ。

 

セラリス。

 

四人とも。

 

無傷。

 

ダリヤが嬉しそうに言った。

 

「完全勝利ですね」

 

セラリスも頷く。

 

「完全勝利」

 

魅了された者。

 

ゼロ。

 

負傷者。

 

ゼロ。

 

ハーピイ。

 

二匹撃破。

 

イエローモールド。

 

ついでに焼却。

 

――ゲームだったら、ダイス目が良かっただけとも言えるけど。

 

今は。

 

偵察して。

 

敵の能力を知って。

 

作戦を立てて。

 

道具を惜しまず使って。

 

失敗した場合の撤退まで決めた上での勝利だ。

 

十分に胸を張っていい。

 

そして。

 

戦闘が終われば。

 

次にやることも決まっている。

 

「部屋を調べよう」

 

ダリヤの出番だった。

 

まず。

 

テーブル。

 

焼け焦げている。

 

その上には銀食器が残っていた。

 

「これ……銀ですよね?」

 

ダリヤが一つ持ち上げる。

 

セラリスも見る。

 

「そうだと思う」

 

全部で十二組ほど。

 

皿。

 

匙。

 

フォーク。

 

その他。

 

一式そろっていれば、それなりの価値がありそうだ。

 

「一組……五金貨くらい?」

 

ダリヤが見積もる。

 

「たぶんそのくらい」

 

十二組なら。

 

全部持ち帰れれば六十金貨ほど。

 

新人冒険者からすれば十分な財宝である。

 

ただし。

 

「グラスは駄目ですね」

 

ヴァレリアが床を見る。

 

透明な破片。

 

ハーピイが火だるまになって転げ回った時。

 

テーブルへぶつかり。

 

上にあったグラス類をまとめて床へ落としていた。

 

ほぼ全滅。

 

「まあ」

 

ダリヤが言う。

 

「私たちが燃やしたから仕方ないね」

 

「命とグラスなら命を取るよ」

 

セラリスが即答する。

 

「ですよね」

 

それから。

 

テーブルの下。

 

「……あれ?」

 

ダリヤがしゃがんだ。

 

奥。

 

影になった場所に。

 

細長いものがある。

 

「箱があります」

 

「触る前に調べて」

 

「はい」

 

十フィート棒。

 

周辺。

 

床。

 

箱そのもの。

 

罠。

 

仕掛け。

 

慎重に調べてから。

 

引っ張り出す。

 

長細い箱だった。

 

頑丈な造り。

 

そして。

 

鍵が掛かっている。

 

ダリヤが鍵穴を見る。

 

「開けてみます?」

 

盗賊道具へ手を伸ばしかけ。

 

止まった。

 

「……待って」

 

荷物を探る。

 

取り出したものを見て。

 

三人も「あ」と声を上げた。

 

鍵。

 

正面玄関。

 

キャリオンクローラーが潜んでいた朽ちた扉の下。

 

腐りかけた鞄から出てきた。

 

あの用途不明だった鍵。

 

「まさかね」

 

ダリヤが笑いながら差し込む。

 

入った。

 

「……え?」

 

回す。

 

かちり。

 

開いた。

 

四人が黙る。

 

ミハイルが言った。

 

「なんであんなところに、この箱の鍵があったんだ?」

 

セラリスは肩をすくめる。

 

「前の持ち主が食べられたんじゃない?」

 

「ああ……」

 

妙に納得できる答えだった。

 

箱を開ける。

 

一番上に入っていたのは。

 

食器一式。

 

「また食器?」

 

ダリヤが取り出す。

 

だが。

 

こちらは。

 

「駄目ですね」

 

長年の湿気。

 

腐食。

 

破損。

 

ぼろぼろ。

 

価値はほとんどない。

 

「残念」

 

だが。

 

それだけではなかった。

 

下。

 

じゃら。

 

銀貨。

 

大量の銀貨。

 

「うわ」

 

ダリヤが目を丸くする。

 

箱の底へ。

 

ぎっしり。

 

数えてみる。

 

約二千枚。

 

「銀貨二千枚……」

 

ヴァレリアが呟く。

 

そして。

 

さらに。

 

小さな装飾品。

 

「イヤリング?」

 

青緑色の石。

 

トルコ石。

 

一対。

 

さらにもう一対。

 

「二セットあります」

 

財宝袋へ分けて入れる。

 

そして。

 

最後。

 

箱の奥から。

 

ころん。

 

ころん。

 

小瓶が二本。

 

中には液体。

 

セラリスが目を細める。

 

ダリヤが持ち上げようとすると。

 

「待って」

 

「はい」

 

「正体が分からないものは慎重に」

 

ダリヤが手を止める。

 

二本とも。

 

ポーションらしい。

 

だが。

 

色を見ただけでは分からない。

 

回復薬か。

 

毒か。

 

解毒薬か。

 

何かの能力を与える薬か。

 

――昔のD&Dで。

 

――正体不明のポーションをその場で「とりあえず飲んでみよう」とするのも、すごく冒険者っぽいんだけど。

 

セラリスは三人を見る。

 

もちろん。

 

そんな教育はしない。

 

「持って帰って鑑定」

 

「ですよね」

 

ダリヤも即答した。

 

成長している。

 

食堂の探索結果。

 

ハーピイ二匹。

 

撃破。

 

イエローモールド。

 

焼却。

 

銀食器十二組。

 

一組あたりおよそ五金貨相当。

 

銀貨二千枚。

 

トルコ石のイヤリング二組。

 

正体不明のポーション二本。

 

そして。

 

箱に入っていた古い食器類。

 

価値なし。

 

グラス。

 

戦闘中に粉砕。

 

セラリスは部屋を眺める。

 

「……すごいですね」

 

ヴァレリアが言った。

 

「何が?」

 

「まだそんなに奥まで来てないのに」

 

確かに。

 

廃墟の入口から。

 

そこまで深く進んだわけではない。

 

それでも。

 

すでに相当な量の財宝を手に入れている。

 

ミハイルが言う。

 

「これ……もう帰ってもいいんじゃないか?」

 

ダリヤも。

 

今度は即座に否定しなかった。

 

セラリスは少し笑った。

 

――いいね。

 

宝を見つけたから。

 

もっと奥にあるかもしれない。

 

そう考えるのではなく。

 

宝を見つけたからこそ。

 

これを失う前に持って帰る。

 

その発想が出るようになった。

 

低レベル冒険者として。

 

間違いなく成長している。

 

セラリスはハンドアクス+1・リターニングをチャームの腕輪へ戻しながら言った。

 

「じゃあ、一度ここで状況を整理しようか」

 

戦闘には。

 

完全勝利した。

 

だが。

 

**完全勝利した直後こそ、一番「もう少し」が頭を出す。**

 

それを。

 

三人はもう知っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

トローラ・ロージン転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼星団暦2988年、アドラー。▼ユーバー・バラダに雇われた傭兵騎士トローラ・ロージンは、目覚めた瞬間に自分が「もう詰んでいる」ことを悟る。▼視界いっぱいに迫る黄金の電気騎士、K.O.G.。▼本来ならここでトローラは、MHバルン…


総合評価:2898/評価:8.81/連載:63話/更新日時:2026年08月20日(木) 18:00 小説情報

転生バドは勝利を夢見る(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:機動警察パトレイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼オタクの夢見る転生もの。▼リアルっぽい世界でインドで人買いに攫われて外れかと思ったら、ボク、バドリナード・ハルチャンドやん!▼グリフォン乗れるやん!▼ならアルフォンスに勝たなあかん。▼原作通りなんてつまらない。▼性能は勝って…


総合評価:1084/評価:7.11/完結:64話/更新日時:2026年08月18日(火) 05:00 小説情報

FSS─翡翠の雷光─(作者:アマテラス、アンタちょっとガメツイよ!)(原作:ファイブスター物語)

ジョーカー星団とは別の宇宙より生まれ落ちた少女が引き起こす出来事がどうなるかはまだ分からない。▼けれど、確かに彼女の行動が波紋を呼ぶかもしれないはずだ。


総合評価:1376/評価:8.84/連載:29話/更新日時:2026年09月02日(水) 23:19 小説情報

ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

ニナリスのA-B1-B1-B2-B2:VVS1・L型って見てさ。クリアランスVVS1が嫁いでくるのにジィッドくん残念過ぎないと思って妄想を形にしてみます。これミースを誘拐したり、エンジン爆破しそうにないから、死なないで済むかしら?▼ラストまで投稿したぜ。2026年6月18日完結。▼トローラ・ロージン転生「https://syosetu.org/novel/4…


総合評価:890/評価:8.5/完結:161話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が…


総合評価:3792/評価:8.55/連載:147話/更新日時:2026年09月04日(金) 17:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>