セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

18 / 22
冒険は無事に帰るまでが冒険です

 

ヴァレリアが、倒れたハーピイと食堂の中を見回した。

 

「ハーピイが、ここのボスだったっぽいし……」

 

少し考えてから。

 

「一旦帰って、出直してきても良いのでは?」

 

ミハイルも頷く。

 

「俺もそう思う」

 

「銀貨二千枚に、銀食器に、イヤリングに、ポーションまであるしね」

 

ダリヤは長箱の中身を見ながら言った。

 

「これ以上持つと、普通に邪魔になってきそう」

 

それは重要な問題だった。

 

財宝というものは。

 

見つけた瞬間に経験値へ変わるわけではない。

 

持って帰らなければならない。

 

銀貨二千枚。

 

金貨千枚。

 

銀食器。

 

宝石。

 

イヤリング。

 

ポーション。

 

それだけでも、かなりの重量になる。

 

セラリスは三人を見る。

 

「じゃあ確認しよう」

 

指を一本立てた。

 

「全員無傷」

 

二本目。

 

「私以外の魔法使いなら、とっくに主力魔法を使い切ってる」

 

三本目。

 

「油はかなり使った」

 

四本目。

 

「財宝は十分」

 

五本目。

 

「入口の番人と、この辺りで一番危なそうなハーピイは排除した」

 

ヴァレリアが言う。

 

「だから今なら、次に来る時もそんなに危なくない?」

 

「そうなる可能性は高い」

 

セラリスは頷く。

 

「少なくとも、来た時よりは状況が分かってる」

 

どこにキャリオンクローラーがいたか。

 

コボルドがどこを守っていたか。

 

どこに寝室があるか。

 

食堂にはハーピイとイエローモールドがいたこと。

 

さらに。

 

退路。

 

扉。

 

廊下。

 

部屋の配置。

 

初回探索としては、十分すぎる情報を手に入れている。

 

ミハイルが言った。

 

「だったら、ここで欲張る理由はないな」

 

「うん」

 

セラリスは即答した。

 

「むしろ今は帰る理由の方が多い」

 

ダリヤが少し笑う。

 

「さっきの『もう少し』ですね」

 

「そう」

 

セラリスは食堂のさらに奥へ続く場所を見る。

 

まだ調べていない場所はある。

 

まだ財宝もあるかもしれない。

 

敵も。

 

隠し部屋も。

 

罠も。

 

きっとある。

 

だからこそ。

 

進みたくなる。

 

――ここまで上手くいったんだから。

 

――あと一部屋くらい。

 

――ハーピイまで倒したんだから。

 

――たぶんもう強い敵はいない。

 

全部。

 

危ない考えだった。

 

「ハーピイがボスだった『っぽい』」

 

セラリスが言う。

 

ヴァレリアが頷く。

 

「はい」

 

「でも、本当にボスだったかは分からない」

 

「あ」

 

「そうですね」

 

ダリヤも気づく。

 

セラリスは続ける。

 

「ダンジョンって、見た目が強そうな敵を倒したから終わりとは限らない。そいつが単にそこに住んでただけかもしれないし、その先にもっと面倒なのがいるかもしれない」

 

ミハイルが苦笑した。

 

「じゃあ、『ボス倒したから安全』とも思わない方がいいのか」

 

「うん」

 

「嫌な場所だなあ」

 

「だからダンジョンなんだよ」

 

セラリスは笑った。

 

ヴァレリアが食堂を見渡す。

 

「でも、今帰れば……」

 

「勝ち逃げできるね」

 

「勝ち逃げ」

 

「大事だよ」

 

セラリスは真顔だった。

 

敵を全滅させる必要はない。

 

地図を完成させる必要もない。

 

宝物を全部回収する必要もない。

 

冒険者の目的は、ダンジョンを完全攻略することではなく、利益を持って生還することだ。

 

少なくとも。

 

今の三人には、まずその感覚を覚えてほしかった。

 

ダリヤが銀貨の入った袋を持ち上げる。

 

「……重い」

 

「だろ?」

 

ミハイルが笑う。

 

「二千枚だもんな」

 

「金貨千枚もあるよ」

 

「分けて持とう」

 

「銀食器も割れないようにしないと」

 

ヴァレリアが言う。

 

そこからは。

 

戦闘ではなく。

 

荷造りだった。

 

重さを分散する。

 

壊れ物を布で包む。

 

ポーションは別にする。

 

宝石やイヤリングのような小物はダリヤがまとめて管理。

 

銀貨は数袋に分ける。

 

金貨も同様。

 

銀食器は布や古い衣服で包み。

 

使えそうな長箱も運搬用に利用する。

 

セラリスはそれを見ながら。

 

――これも冒険なんだよねえ。

 

と思う。

 

ドラゴンを倒す。

 

魔法を撃つ。

 

剣で戦う。

 

そういう場面ばかりが冒険ではない。

 

むしろ。

 

実際に生きて帰るためには。

 

誰が何キロ持てるかを相談してる時間の方が大事だったりする。

 

準備が整う。

 

「帰りも同じ道?」

 

ミハイルが聞く。

 

「基本はね」

 

「敵、増えてませんかね」

 

「分からない」

 

「……そこは『大丈夫』って言ってくれないんですね」

 

「言えるわけないでしょ」

 

即答だった。

 

ダリヤが笑う。

 

「じゃあ、来た時と同じように十フィート棒?」

 

「うん」

 

「帰り道でも?」

 

「当然」

 

セラリスは言った。

 

「一度安全だった床が、ずっと安全とは限らない」

 

「何か増えるんですか?」

 

「怪物が移動してくるかもしれない」

 

「……なるほど」

 

三人の表情がまた引き締まる。

 

そして。

 

食堂を出る前。

 

セラリスは一度振り返った。

 

焼け焦げた二匹のハーピイ。

 

黒くなったイエローモールド。

 

壊れたグラス。

 

空になった長箱。

 

――十分。

 

初めての廃墟探索で。

 

コボルド六匹を殺さず排除。

 

キャリオンクローラーを撃破。

 

ハーピイ二匹撃破。

 

イエローモールドも処理。

 

負傷者なし。

 

財宝多数。

 

情報多数。

 

何より。

 

撤退判断を自分たちで出した。

 

セラリスは満足だった。

 

「じゃあ帰ろう」

 

ミハイルが先頭へ。

 

ヴァレリアが続く。

 

ダリヤは松明と十フィート棒。

 

セラリスは最後尾で警戒する。

 

四人は。

 

来た道を。

 

一部屋ずつ。

 

確認しながら戻っていく。

 

そして。

 

セラリスは内心で思った。

 

――初回でここまでやって。

 

――無傷で帰る。

 

ゲームなら。

 

派手さはない。

 

でも。

 

現実の冒険者としては。

 

これ以上ないくらいの大勝利だよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。