セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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登り始めたからな、この冒険坂を

 

スレスホールドの門が見えてきた時。

 

最初に大きく息を吐いたのはダリヤだった。

 

「……帰ってきたぁ」

 

背負った荷物が重い。

 

とにかく重い。

 

金貨。

 

銀貨。

 

銀食器。

 

宝石。

 

イヤリング。

 

正体不明のポーション。

 

行きにはなかった重量が、四人の肩へずっしりとのしかかっている。

 

ミハイルも疲れた顔で言った。

 

「行きより帰りの方がきついな」

 

「財宝が重いからね」

 

ヴァレリアも荷物を背負い直す。

 

セラリスも自分の分をきちんと背負っていた。

 

高位の冒険者だからといって、金貨が勝手に湧いてくるわけではない。

 

強力な装備はいくつも持っている。

 

だが、高価な装備を所有していることと、財布の中に潤沢な現金があることは別の話だった。

 

旅をすれば宿代がかかる。

 

食料も必要。

 

油、矢、ロープ、薬品、魔法に使う品。

 

使えばなくなる物はいくらでもある。

 

ましてこれから若い冒険者を育てようというのなら、金はいくらあっても困らない。

 

今回の財宝は、セラリスにとってもありがたい収入だった。

 

町の門をくぐる直前。

 

セラリスが振り返る。

 

「全員いる?」

 

「います」

 

「怪我は?」

 

「なしです」

 

「荷物は?」

 

ダリヤが自分の背中を叩いた。

 

「重いけど全部あります!」

 

「よし」

 

セラリスは笑った。

 

「初冒険、終了」

 

その瞬間。

 

三人の顔から、ようやく緊張が抜けた。

 

ダンジョンを出たから終わりではない。

 

街道へ戻ったからでもない。

 

安全な町まで。

 

仲間も。

 

財宝も。

 

全部持って帰ってきて。

 

ようやく冒険は終わる。

 

それもまた。

 

三人が初日に覚えたことだった。

 

 

 

/*/

 

 

 

その日の午後。

 

一行はアリーナの手配で、町の商人と宝石を扱える者に財宝を見てもらっていた。

 

机の上へ並べられる。

 

コボルドたちから受け取った金貨。

 

キャリオンクローラーの巣から拾った硬貨。

 

二つのガーネット。

 

黒い宝石。

 

食堂の長箱から出てきた大量の銀貨。

 

トルコ石のイヤリング。

 

十二組の銀食器。

 

そして。

 

正体不明のポーションが二本。

 

アリーナが財宝を見る。

 

次に新人三人。

 

最後にセラリス。

 

「……本当に、この三人の初めての冒険なのよね?」

 

「そうだよ」

 

「あなた、何をしたの?」

 

「それなりに助けた」

 

「それなり?」

 

「魔法を一回使って、斧を何回か投げたくらい」

 

アリーナが疑わしそうな目をする。

 

だが、セラリスの感覚では本当にそんなものだった。

 

偵察したのはダリヤ。

 

入口の怪物を放置する危険を考えたのはミハイル。

 

コボルドたちを魔法でまとめて無力化する案を出したのはヴァレリア。

 

捕虜から情報を取ろうと言ったのはミハイル。

 

油と松明を使い始めたのはダリヤ。

 

ハーピイの歌を封じるため、羽毛ごと燃やせばいいと考えたのもダリヤだった。

 

セラリスがしていたのは。

 

三人が取り返しのつかない失敗をしそうになった時。

 

ほんの少し。

 

死なない方向へ押してやることだった。

 

やがて査定がまとまった。

 

全部を売却した場合。

 

かなりの金額になる。

 

もちろん、正体不明のポーション二本は別。

 

これは正体が分かるまで売らない。

 

「……こんなに?」

 

ダリヤが目を丸くする。

 

出発前。

 

三人は装備を整えれば、手元に残る金などわずかだった。

 

それが。

 

初めての冒険一回で。

 

見たこともないほどの金額を手にした。

 

ミハイルがぽつりと言った。

 

「冒険者って……儲かるんだな」

 

「その考えは危ないよ」

 

セラリスが即座に言った。

 

「え?」

 

「今回は上手くいきすぎたの」

 

「でも実際――」

 

「次も同じだけ儲かるつもりで金を使い始めたら、そのうち困るよ」

 

言葉は穏やかだったが。

 

かなり真剣だった。

 

「冒険なんて、手ぶらで帰ることもある。装備を壊して赤字になることもある。仲間の治療で全部消えることだってある」

 

ミハイルの顔が引き締まる。

 

「……はい」

 

アリーナも頷いた。

 

「そこはセラリスの言う通りね」

 

そして。

 

分配。

 

ここについては。

 

セラリスも遠慮しなかった。

 

「四等分ね」

 

ミハイルが少し驚く。

 

「セラリスさんも受け取るんですね」

 

「取るよ」

 

あまりにも当然そうに返されて。

 

三人が一瞬黙る。

 

セラリスは首を傾げた。

 

「私だってお金は必要だからね?」

 

「いや、なんとなく……」

 

ミハイルが言葉を探す。

 

「すごい装備をたくさん持ってるから、ものすごいお金持ちなのかと」

 

「装備が高価なのと、手元に現金がたくさんあるのは別」

 

セラリスはきっぱり言う。

 

「今回、私も魔法を使ったし、戦ったし、危険も負ってる。分け前を受け取らない方がおかしいでしょ」

 

ヴァレリアがほっとしたように笑った。

 

「その方が、私たちも気が楽です」

 

「でしょ?」

 

四人で公平に分ける。

 

ポーション二本だけは売却せず、当面は一行の共有品。

 

価値と効果が判明してから改めて扱いを決める。

 

自分の分を受け取ったセラリスも。

 

金貨袋の重さを確かめて。

 

「うん。助かる」

 

と素直に喜んだ。

 

ダリヤが笑う。

 

「セラリスさんでも、そういう顔するんですね」

 

「するよ。お金は便利だもの」

 

一方。

 

ミハイルは早くも自分の取り分を見ながら考えていた。

 

「剣……もっと良いの買えるな」

 

「まだいいよ」

 

セラリスが即答した。

 

「やっぱり?」

 

「今の剣をきちんと使いこなせるようになってから」

 

「高い剣の方が強くないですか?」

 

「君の場合、今は剣の値段を上げるより腕を上げた方が強くなる」

 

「……はい」

 

ヴァレリアは。

 

「神殿へ少し寄進したいです」

 

「したいならしていいよ。ただし、自分の生活費と次の冒険の準備費用はちゃんと残して」

 

「はい」

 

ダリヤはすでに頭の中で買い物を始めている。

 

「シーフ用具を少し良いのにして、細いロープと、小さな鏡と、予備の油と――」

 

「靴」

 

「え?」

 

「靴も直した方がいい」

 

言われて見る。

 

廃墟の瓦礫を歩き回ったせいで、かなり傷んでいる。

 

「あ……」

 

「道具だけじゃなくて、自分自身の維持費も忘れないように」

 

「はい」

 

セラリス自身も。

 

受け取った金の使い道を考える。

 

消耗品。

 

宿代。

 

食料。

 

それに。

 

三人の訓練に使える道具。

 

木剣。

 

的。

 

縄。

 

丸太。

 

将来的には。

 

町の外へきちんとした訓練場も欲しい。

 

確実に帰還できる固定拠点も。

 

――やっぱり。

 

――お金、要るんだよね。

 

きちんと自分の分を受け取って正解だった。

 

 

 

/*/

 

 

 

数日。

 

三人には休養を取らせた。

 

何しろ。

 

怪物と向き合い。

 

廃墟を歩き。

 

重い財宝を担いで帰ってきたのだ。

 

身体を休ませることも。

 

装備を修理することも。

 

冒険の一部である。

 

だが。

 

休みが終われば。

 

「今日から訓練ね」

 

セラリスが言った。

 

ダリヤが嫌そうな顔をする。

 

「やっぱりやるんですね」

 

「もちろん」

 

「もうちょっと休んでも」

 

「筋肉痛、治ったでしょ」

 

「治りましたけど!」

 

三人が最初の冒険で得たものは。

 

財宝だけではない。

 

実際に危険へ向き合った経験。

 

自分が何をできて。

 

何をできなかったのか。

 

それを。

 

今度は身体へ定着させる。

 

 

 

/*/

 

 

 

スレスホールド郊外。

 

まだ正式な訓練場ではない。

 

町から少し離れた平地へ。

 

丸太。

 

木剣。

 

盾。

 

弓の的。

 

縄。

 

杭。

 

簡単な障害物。

 

セラリスが買い足したものも、かなり混じっている。

 

三人は並んでいた。

 

セラリスはその前へ立つ。

 

今日は。

 

いつものハンドアクスではない。

 

一本のノーマルソードを手にしている。

 

ミハイルがそれを見る。

 

「今日は剣ですか?」

 

「今日は、じゃないよ」

 

セラリスが軽く剣を振る。

 

「しばらく君は剣の特訓」

 

「俺?」

 

「うん」

 

セラリスの見立てでは。

 

最初の冒険を経て。

 

ミハイルはもう。

 

ただ剣と盾を持たせただけの新人ではなかった。

 

敵との間合い。

 

盾の使い方。

 

仲間と同時に攻撃する感覚。

 

扉を抜ける時の姿勢。

 

実戦の中で。

 

少しずつ。

 

剣士としての土台ができ始めている。

 

だから。

 

次はそれを。

 

明確な技術へ変える。

 

「今の君なら、ノーマルソードの扱いを一段上まで持っていけると思う」

 

「本当ですか?」

 

「ちゃんと訓練すればね」

 

ミハイルの顔が明るくなる。

 

「セラリスさんが教えてくれるんです?」

 

「そのつもり」

 

「セラリスさんって、剣どれくらい使えるんですか?」

 

セラリスは少し考える。

 

この世界には。

 

誰かの頭上に熟練度が表示されたり。

 

自分の能力が一覧で見えたりするような便利な仕組みなどない。

 

セラリスが知っているのは。

 

転生前の知識と。

 

これまで実際に身につけてきた感覚から。

 

もし昔のゲームの尺度へ当てはめるなら――という程度のものだ。

 

「かなり」

 

「かなり?」

 

「剣なら、私より上手い人を探す方が難しいくらい」

 

「……」

 

ミハイルが黙る。

 

「弓も相当使えるよ」

 

「斧は?」

 

「普通」

 

「普通!?」

 

「この斧は便利だから使ってるだけ」

 

普段。

 

魔法のハンドアクスを軽々と投げている姿しか見ていなかった三人には。

 

かなり意外だったらしい。

 

セラリスが剣を構える。

 

その瞬間。

 

ミハイルの表情が変わった。

 

言葉で説明されるまでもなく。

 

分かった。

 

自分とは。

 

まるで違う。

 

「じゃあ最初」

 

「はい」

 

「私に剣を当ててみて」

 

「一本?」

 

「一本」

 

「本気で?」

 

「本気で」

 

ミハイルが構える。

 

踏み込む。

 

払われる。

 

もう一度。

 

かわされる。

 

横薙ぎ。

 

届かない。

 

次の瞬間。

 

肩を軽く剣の腹で叩かれた。

 

「はい。今のは死んだ」

 

「……」

 

もう一度。

 

「死んだ」

 

もう一度。

 

「それも死んだ」

 

しばらくして。

 

ミハイルは膝へ手をついた。

 

「一回も届かないんですけど!」

 

「届かないところから始めるんだよ」

 

「これ、俺が下手なんですか!?」

 

「まだね」

 

「まだ!」

 

少し離れたところで。

 

ダリヤが笑っている。

 

セラリスが振り向いた。

 

「ダリヤ」

 

笑いが止まる。

 

「はい」

 

「次は君」

 

「何を?」

 

訓練場の端を指す。

 

そこには。

 

紐。

 

鈴。

 

小さな穴。

 

浮かせた板。

 

瓦礫。

 

布。

 

いくつもの簡単な仕掛け。

 

「向こうまで行って、戻ってきて」

 

「罠ですよね?」

 

「踏んでも音がするだけ」

 

「何個です?」

 

「教えない」

 

「ですよね!」

 

「途中に銀貨も何枚か置いてある」

 

ダリヤの目が変わる。

 

「取っていいんですか?」

 

「安全に取れるなら」

 

「……罠の横とかに置いてません?」

 

「さあ?」

 

もう。

 

完全に顔がシーフになっていた。

 

そして。

 

ヴァレリア。

 

「私は?」

 

「盾」

 

「はい」

 

「今までは、自分への攻撃を受けることを中心に考えてたでしょ」

 

「はい」

 

「これからは仲間を守るために、どこへ立つかを覚える」

 

ヴァレリアが盾を構える。

 

「それと祈りの訓練も」

 

「治癒も?」

 

「うん」

 

この数日の間。

 

ヴァレリアにも変化があった。

 

以前より。

 

祈りへ応える神聖な力を。

 

はっきり感じられるようになっている。

 

それを。

 

実際に人を助ける術へ変えていかなければならない。

 

ヴァレリアが少し嬉しそうにする。

 

セラリスはすぐ言った。

 

「でも」

 

「はい」

 

「治せるようになったからって、怪我していいわけじゃないからね」

 

「分かってます!」

 

ミハイルとダリヤが笑った。

 

こうして。

 

訓練が始まった。

 

最初の廃墟で得た経験。

 

偵察。

 

退路。

 

奇襲。

 

交渉。

 

油。

 

松明。

 

十フィート棒。

 

魅了。

 

撤退。

 

そして。

 

実際に武器を振るった感覚。

 

それらが。

 

少しずつ。

 

身体へ。

 

技術へ。

 

判断力へ。

 

変わっていく。

 

セラリスには。

 

三人がどれほど成長したのかを示す数字など見えない。

 

この世界に。

 

そんなものは存在しない。

 

ただ。

 

転生前に知っていたゲームの尺度へ無理に当てはめるなら。

 

そろそろ駆け出しを一段抜けた頃だろう。

 

その程度に考えているだけだった。

 

重要なのは。

 

数字ではない。

 

最初にスレスホールドを出た日の三人とは。

 

明らかに動きが違う。

 

空を見る。

 

退路を見る。

 

扉の前で止まる。

 

暗がりを疑う。

 

道具を惜しまない。

 

敵を見ても。

 

まずどう勝つかではなく。

 

どう危険を減らすかを考える。

 

そして。

 

「まだ行ける」

 

と思った時ほど。

 

一度止まる。

 

セラリスは訓練する三人を眺める。

 

ミハイルが。

 

再び剣を構えた。

 

「もう一回お願いします!」

 

「はいはい」

 

次は。

 

さっきより少しだけ。

 

踏み込みが良かった。

 

セラリスはそれを見逃さない。

 

――うん。

 

――ちゃんと育ってる。

 

必要な弟子は。

 

まだ足りない。

 

しかも。

 

彼らを一人前どころか。

 

遥か先まで育てなければならない。

 

先は長い。

 

本当に長い。

 

だが。

 

目の前の三人を見る限り。

 

最初の一歩としては。

 

悪くなかった。

 

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