セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
川の流れは穏やかだった。
セラリス・オブ・カラーリーは岸辺へしゃがみ込み、水面を覗き込んだ。
流れに揺れる顔は、どう見ても若いエルフの娘だ。
細い輪郭。長く尖った耳。
そして、背でまとめられた黒髪。
瞳は陽光を受けて、淡い金色に輝いている。
「……カラーリー・エルフで黒髪金眼は珍しいな」
自分の前髪をつまんでみる。
転生前には白髪が混じり始めていた。
鏡を見るたびに、
――ああ、俺も歳取ったな。
と思ったものだが。
今や、どう見ても十代後半くらいのエルフ娘である。
「まあ……悪くない」
立ち上がる。
身体が軽い。
腰も痛くない。
肩も凝っていない。
視界も鮮明。
何より、徹夜明け特有の頭の重さがない。
「若いって素晴らしいな……」
しみじみ呟いてから、
「いや、徹夜はしないぞ。今度こそ」
と自分に言い聞かせた。
一度それで死んでいる。
二度目まで同じ原因だったら、さすがに神様に笑われる。
改めて自分の能力を確認する。
エルフ十レベル。
アタックランクG。
強力な魔法装備多数。
普通の冒険者から見れば、間違いなく英雄級。
だが――。
「能力装備は強力だけど、上には上がいるレベルだからな」
ここが重要だった。
人間の高レベル魔法使い。
高位クレリック。
ドラゴン。
古代の怪物。
アーティファクト所有者。
そして当然、
イモータル。
自分は強い。
だが無敵ではない。
むしろ、それくらいがちょうどいい。
「最初から全部勝てるゲームなんか、面白くないしな」
そのまま街へ向かって歩き始める。
目的地はスレスホールド。
この世界を知っている人間なら、名前を聞くだけで妙な安心感のある町だった。
冒険者の町。
初心者たちが集まり。
酒場で仲間を探し。
近隣の洞窟や廃墟へ出かけ。
そして、たまに帰ってこない。
「……帰ってこない部分は嫌だな」
そこを避けるために、転生特典を生存性へ全振りしたのだ。
しばらく歩きながら考える。
「シャイリング・セレモニー(?ぎ取り儀式)で冒険者を選んだ若者と組むか?」
若い人間なら、成人時の儀式を始めたばかりの者もいるだろう。
腕は未熟でもいい。
むしろ未熟な方がいい。
「育てればいいんだよな」
自分が前衛も魔法も探索もこなせる。
なら、新米冒険者を数人連れて経験を積ませる余裕はある。
かつてTRPGを遊んでいた頃も、初心者を卓へ連れていくのは嫌いではなかった。
「三人くらいかな。戦士、クレリック……あとはシーフ?」
少し考える。
「いや、クラスだけで選ぶと駄目だ。性格見よう」
これも長年の経験である。
強いキャラクターより、
勝手に宝箱を開けない奴。
一人で先行しない奴。
『俺ならいける』と言って単独突撃しない奴。
そういう人材の方が重要だ。
「強さは育つ。慎重さは……なかなか育たない」
妙に実感のこもった独り言だった。
もっとも、今すぐ仲間を探さなくてもいい。
背負った小さな荷物を確認する。
「金がなくなっても、リュートがあるしな」
演奏技能。
歌唱技能。
これも転生時に取っておいた。
「宿代くらいは稼げるだろ」
酒場の隅でリュートを弾いて歌う。
食事と一泊分。
それで十分だ。
野宿できる装備もあるが、毎日野宿したいわけではない。
「冒険者だからって、四六時中ダンジョン潜る必要ないんだよ」
一週間くらい町で歌ってもいい。
地元の噂を聞く。
地図を集める。
信頼できる道具屋を探す。
寺院の位置を確認する。
医者も確認。
衛兵隊長の名前も知っておく。
そして、死者蘇生が可能な高位クレリックの所在。
「これ重要」
セラリスは真顔になった。
「自分で生存率上げるのと、死んだ後の保険は別だからな」
そんなことを考えながら歩いていた時。
不意に、ある人物の名前が頭をよぎった。
バーグル。
セラリスの足が止まった。
「……そういや」
しばらく無言。
それから、眉を寄せる。
「バーグルって、十四歳で見習い魔法使い殺して……」
指を折って考える。
「あそこから独学みたいな状態で経験積んで、最終的に十五レベル魔法使いとかになってなかったか?」
沈黙。
「……経験値獲得、おかしくない?」
自分は神様転生特典で十レベルを買った。
だから説明できる。
しかし、あいつは?
少年時代から急成長。
異常な生存力。
各地で悪事を働きながら、妙にしぶとく逃げ続ける。
そして高レベル魔法使いまで成長。
セラリスの金眼が細くなった。
「まさか……」
周囲を見る。
誰もいない。
小声になる。
「バーグル、実は転生者だった!?」
数秒。
「……いやいやいや」
首を振る。
「そんなわけ――」
もう一度考える。
「でも、あいつの成長速度……」
再び沈黙。
「…………」
そして。
「会ったら確認しよう」
さらっと結論を出した。
もちろん聞き方は慎重にする。
いきなり、
『お前、転生者?』
などと聞くつもりはない。
「まず『日本』って単語に反応するか試すか」
一歩進む。
「いや、露骨だな」
もう一歩。
「『徹夜セッション』」
立ち止まる。
「もっと露骨だ」
自分で笑った。
遠くに、スレスホールドの街並みが見え始めていた。
セラリスはリュートの位置を直す。
「まあいい」
まず宿。
次に飯。
それから冒険者の情報収集。
イモータルへの道は長い。
エルフの寿命なら、焦る必要はない。
「時間かけて行こう」
そして少し考えて付け加える。
「……バーグル転生者説は、そのうち検証する」
こうしてセラリス・オブ・カラーリーは、
世界を救うでもなく、魔王を倒すでもなく、まず宿代と仲間探しを考えながらスレスホールドへ入っていった。
イモータルを目指す旅の第一歩としては。
実に、古参TRPGプレイヤーらしい始まりだった。