セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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落とし物

 

 地下の通路を進みながら、四人はいくつかの部屋を一つずつ調べていった。

 

 扉があれば、まず周囲を見る。床に不自然な継ぎ目がないかを確かめ、天井を見上げ、部屋の隅まで松明の光を届かせる。ダリヤは十フィート棒と小さな鏡を使いながら、前回の探索で覚えた手順を、もうほとんど言われることもなく繰り返していた。

 

 けれども、地下の部屋は地上の廃墟とは少し様子が違っていた。

 

「……何でしょう、あれ」

 

 ある部屋の入口で、ヴァレリアが小声で言った。

 

 部屋の奥に、瓦礫の山がある。

 

 崩れた石材。土砂。朽ちた木材。長い年月のうちに積もったらしいそれらの前に、一体のゾンビが立っていた。

 

 腐りかけた身体に、ぼろぼろになった服をまとっている。顔には何の感情もなく、肌は死者特有の灰色に変わり、ところどころでは肉そのものが崩れて骨が見えていた。

 

 だが、そのゾンビは四人へ襲いかかってこなかった。

 

 入口からこちらが見ているというのに、気づいている様子さえない。

 

「何してるんだ?」

 

 ミハイルが眉をひそめた。

 

 ゾンビは瓦礫の中から石を一つ持ち上げた。

 

 それを、部屋の脇に置かれた大きな籠へ入れる。

 

 次に、崩れた木片を拾う。

 

 それも籠へ。

 

 さらに土の塊。

 

 同じように放り込む。

 

「……掃除?」

 

 ダリヤが呟いた。

 

「掃除というより」

 

 セラリスは部屋の奥へ目を向けた。

 

 瓦礫が取り除かれた壁際には、それまで埋まっていたらしい石組みが、まだ土の色を残したまま姿を現している。

 

「発掘してるみたいだね」

 

「発掘?」

 

「うん。長いあいだに流れ込んだ土とか、崩れた石とか、壊れた家具とかを全部どけてる」

 

 まるで一度埋没した地下施設を、もう一度使えるように掘り起こしているようだった。

 

 ヴァレリアがゾンビを見た。

 

「御方がやらせてるんでしょうか」

 

「たぶんね」

 

 ゾンビ自身が、何か目的を持って働いているようには見えない。

 

 石を拾う。

 

 籠へ入れる。

 

 また拾う。

 

 それだけを、延々と繰り返している。

 

 やがて籠がいっぱいになると、ゾンビはそれを両手で持ち上げた。

 

 そして、入口へ向かって歩き始める。

 

「来ます」

 

 ダリヤの声に、四人はすぐ壁際へ寄った。

 

 ミハイルとヴァレリアは武器を構えたまま、必要以上には近づかない。

 

 ゾンビは、その間を通り過ぎた。

 

 襲ってこない。

 

 こちらを見ることさえない。

 

 籠を抱えたまま通路へ出て、そのまま一定の方向へ歩いていく。

 

 ずる、ずる、と、足を引きずる音だけが石床へ響いた。

 

「尾けます?」

 

 ダリヤが囁いた。

 

 セラリスは少し考えた。

 

「少しだけ。距離を取って」

 

 四人はゾンビの後を追った。

 

 ゾンビは寄り道もしなければ、周囲を見ることもない。

 

 ただ決められた道を進み、通路を曲がり、さらに奥へ行く。

 

 やがて、その先にまた下へ続く場所があることがわかった。

 

「まだ下があるのか」

 

 ミハイルが低い声で言う。

 

「ありそうだね」

 

 セラリスも答えた。

 

 しかし、それ以上は追わなかった。

 

 今の目的は、地下全体を一度に踏破することではない。

 

 まずは今いる階の構造を把握する。

 

 どこに何があるのかを知り、帰る道を確保し、それから先へ進む。

 

 ゾンビはそのまま暗がりの向こうへ消えていった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 実際には、そのさらに下に、ゾンビたちが運んできた土砂や瓦礫を集める場所があった。

 

 地下の各所から持ち込まれる石。

 

 木片。

 

 古びた道具。

 

 錆びた金属。

 

 壊れた装飾品。

 

 そうしたものを、地下で働くコボルドたちが一つずつ選り分けている。

 

 鉄。

 

 銅。

 

 まだ使えそうな道具。

 

 宝石らしきもの。

 

 価値のありそうな装飾品。

 

 あるいは、何か意味を持ちそうな古い品。

 

 ゾンビは掘る。

 

 運ぶ。

 

 コボルドたちはそれを分別する。

 

 そして、その中から価値のあるものだけが選ばれ、最後には彼らのいう「御方」のところへ送られていた。

 

 この地下では、そんな仕組みが長いあいだ動き続けている。

 

 もっとも、その全貌を四人が知るのは、もう少し先のことになる。

 

 

 

/*/

 

 

 

 今の彼らにわかったのは、もっと単純なことだった。

 

「ゾンビ」

 

 ダリヤは、さきほど死者が消えていった通路の先を見ながら言った。

 

「掃除してるんですね」

 

「たぶん、部屋の中にある瓦礫や不要な物を、全部運び出せって命令されてるんだと思う」

 

 セラリスが答えた。

 

「部屋の中?」

 

「うん」

 

 その言葉が、すぐあとになって妙な形で証明されることになった。

 

 しばらく通路を進んだところで、ミハイルが足を止めた。

 

「……ブーツ?」

 

 通路の真ん中に、革製のブーツが一組、ぽつんと置かれていた。

 

 死体はない。

 

 血の跡もない。

 

 他の荷物もない。

 

 ただ左右一足ずつのブーツだけが、まるで誰かがそこへ置き忘れたように転がっている。

 

「怪しい」

 

 ダリヤが即答した。

 

 少し間を置いて、

 

「すごく怪しいです」

 

 と付け加える。

 

「触らないでね」

 

 セラリスが言ったときには、もうダリヤは十フィート棒を前へ出していた。

 

「分かってます」

 

 まずブーツの周囲の床を突く。

 

 異常なし。

 

 次に壁。

 

 天井。

 

 足元。

 

 何かを踏めば作動するような仕掛けも、上から落ちてきそうなものも見つからない。

 

「なんでブーツだけなんでしょう」

 

 ヴァレリアが不思議そうに尋ねた。

 

 ダリヤはしばらく考えてから、さきほど見たゾンビを思い出したように顔を上げた。

 

「……途中で落とした?」

 

「何を?」

 

「部屋から運び出してた物を」

 

 ダリヤは通路を指した。

 

「ゾンビが籠にいろいろ入れて運んでたでしょう。その途中で、これだけ落ちたんじゃないですか?」

 

 ミハイルも理解したらしい。

 

「ああ」

 

「部屋の中の物を片付けろ、って命令されてる」

 

 ダリヤは続ける。

 

「でも運んでる途中で、通路へ落としたら」

 

 ヴァレリアが言った。

 

「もう『部屋の中の物』じゃない」

 

「そういうことか」

 

 ミハイルは少し呆れたように笑った。

 

 セラリスも口元を緩めた。

 

「命令がそこまで細かくないんだろうね」

 

 例えば、

 

 部屋の中にある瓦礫と不要物を運び出せ。

 

 そう命令されているだけなら、ゾンビはその通りにする。

 

 だが途中で物を落としても、

 

 落とした。

 

 拾わなければならない。

 

 そう判断するところまでは命令に含まれていない。

 

 だから、そこへ残る。

 

「便利なんだか、不便なんだか」

 

 ダリヤが言った。

 

「命令する側次第だね」

 

 セラリスは答えた。

 

 そして問題は、その落とされたブーツだった。

 

 ダリヤは十フィート棒の先で、まず軽く触れてみる。

 

 何も起きない。

 

 少し押す。

 

 転がる。

 

 ひっくり返してみても、底に妙な仕掛けはない。

 

 さらに小さな鏡を使い、ブーツの中を確かめた。

 

 虫。

 

 針。

 

 小さな生き物。

 

 そういうものも見当たらない。

 

「……普通のブーツに見えます」

 

「でも」

 

 ヴァレリアが首を傾げた。

 

「ずいぶん綺麗じゃありません?」

 

 言われてみれば確かにそうだった。

 

 ここは湿気の多い古い地下である。

 

 土砂もある。

 

 埃もある。

 

 金属さえ錆びる場所だ。

 

 にもかかわらず、ブーツは妙に保存状態が良い。

 

 革はひび割れていない。

 

 縫い糸も腐っていない。

 

 形も崩れていない。

 

 ミハイルが言った。

 

「まだ普通に履けそうだな」

 

「というか」

 

 ダリヤはじっと見た。

 

「かなり新しく見えます」

 

 セラリスもブーツを眺めた。

 

 普通の品ではない可能性がある。

 

 だからといって、ここで正体を確かめる必要はなかった。

 

「持って帰ろう」

 

 セラリスが言う。

 

「帰ってから、ちゃんと見てもらえばいい」

 

「鑑定ですね」

 

「うん」

 

 そこでミハイルが何気なく言った。

 

「試しに履いてみれば?」

 

 三人の視線が一斉に彼へ向いた。

 

「……何?」

 

 ダリヤが真顔で言った。

 

「呪われてたら?」

 

 ヴァレリアも続ける。

 

「脱げなくなったらどうするんです?」

 

 セラリスも穏やかに付け足した。

 

「魔法の品だったら、履いた瞬間に何が起きるか分からないからね」

 

 ミハイルは三人を見回した。

 

 少し考える。

 

「……鑑定してからにしよう」

 

「そうしてください」

 

 ダリヤは布を取り出し、ブーツを一足ずつ包んだ。

 

 自分で履くことはせず、荷物の中でも他の物を傷つけない場所へ慎重に収める。

 

「これでよし」

 

 今回の探索では、暖炉の奥から保存状態の良い短剣が見つかった。

 

 そして今度は、地下通路の真ん中から、妙に状態の良いブーツが見つかった。

 

 金貨や宝石のように、見た瞬間に価値がわかるものではない。

 

 けれども、だからこそ冒険者の興味を引く。

 

 何なのか。

 

 どうしてこんな場所にあるのか。

 

 誰が使っていたのか。

 

 そして、もし魔法の品なら、どんな力を持っているのか。

 

 ダリヤは自分の荷物を一度確認すると、また十フィート棒を持って先頭へ戻った。

 

 セラリスはその背中を見ながら、地下の奥へ視線を向ける。

 

 ゾンビが働いている。

 

 命令された通りに瓦礫を掘り出し、それを運んでいる。

 

 つまり、地下の主は、ただここへ住み着いているわけではない。

 

 埋まった場所を掘り返している。

 

 長い年月のうちに失われた地下施設を、少しずつ取り戻そうとしている。

 

 しかも、そこから出てくる物を集めている可能性が高い。

 

 ただの掃除なら、わざわざ死者を働かせてまで、何年も続ける必要があるのだろうか。

 

 セラリスの中に、新しい疑問が生まれた。

 

 何を探しているのだろう。

 

 金か。

 

 魔法の品か。

 

 何かの記録か。

 

 それとも、この城そのものに関わる何かなのか。

 

 彼女はメイス+1・ストライキングの柄を握り直した。

 

 転生前、ゲームとして知っていたミスタメア城。

 

 そこにあったはずの危険や財宝や怪物。

 

 けれども、自分が今歩いているこの場所は、もう単なるゲームの地図ではなかった。

 

 怪物は動く。

 

 コボルドは命令されれば働く。

 

 ゾンビは与えられた仕事を延々と続ける。

 

 そして地下のどこかでは、強い魔法使いが、何かの目的を持ってこの古城を掘り返している。

 

 知っているはずだった場所が、少しずつ知らない顔を見せ始めている。

 

 そのことに、セラリスは警戒を深めながらも、同時に、ごくわずかな興味を抑えきれずにいた。

 

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