セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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スレスホールド

 

街道を進んでいくと、やがて木造の柵と門、その向こうにかなり広々とした町並みが見えてきた。

 

「おお……」

 

セラリスは少し足を止めた。

 

スレスホールド。

 

人口、およそ五千。

 

数字だけなら巨大都市とは言えない。

 

しかし、家々の間隔を広く取る独特の都市計画のせいで、外から見ると人口以上に大きな町に見える。

 

「本当に来たなあ……」

 

昔、地図の上で何度も見た場所だった。

 

それが今、自分の目の前にある。

 

門の脇には大きな掲示板。

 

セラリスは近寄った。

 

文字を読むまでもなく、左耳のイヤリングが意味を伝えてくる。

 

 

【町内における魔法使い呪文の使用を禁ず】

 

 

「はいはい」

 

次。

 

 

【剣、短剣、スタッフ以外の武器の携帯を禁ず。その他の武器は門衛へ預けること。預かり証を発行し、退出時に返却する】

 

 

「……これな」

 

セラリスは腕を見る。

 

細い腕輪には小さな飾りが並んでいた。

 

剣。

 

弓。

 

メイス。

 

斧。

 

だが、それを知らなければ単なる装飾品にしか見えない。

 

ソーンウォッチも。

 

フロストウィスパーも。

 

ストライキング・メイスも。

 

リターニング・ハンドアクスも。

 

すべて《Bracelet of Charms》の中だった。

 

ついでに言うなら髪をまとめる組み紐も魔法の紐で鞭になる。

 

本来、剣だけなら普通に持ち込める。

 

だがソーンウォッチは知性剣である。

 

しかも+2。

 

罠も魔法も探知する。

 

わざわざ門番の前で、

 

『これは持ち込み可能ですね』

 

と確認させる必要もない。

 

「預ける必要がない物まで見せることはない」

 

それが長年TRPGをやってきた人間の結論だった。

 

もっとも。

 

「これ、ルールを厳密に解釈すると、弓とメイスと斧を魔法収納したまま町に入るのはグレーどころか黒かもしれんな」

 

少し考える。

 

「……使わなきゃいい」

 

古参プレイヤー特有の、自分に都合のいい裁定である。

 

そしてもう一枚。

 

市街地での鎧の着用は禁止しない。ただし衛兵による確認を受ける場合がある。

 

「こっちも問題なし」

 

上衣の胸元を軽く引いた。

 

その下にはエルブン・チェイン。

 

だが非常に細く軽い鎖帷子なので、萌黄色の服の下に収まっている。

 

ぱっと見では鎧など着ていない。

 

手に持っているのは武器ではなく、

 

リュート。

 

背中にはバックパック。

 

腰にはいくつかの小袋。

 

旅人。

 

あるいは吟遊詩人。

 

誰が見てもそう見える。

 

「よし」

 

町へ入ろうとすると、門衛がこちらを見た。

 

二人。

 

片方は若い。

 

もう一人は少し年上で、革鎧の着こなしにも慣れている。

 

セラリスは反射的に考えた。

 

――普通の兵士が一レベル。

 

――兵長が三レベルくらいだったか。

 

そして、その直後。

 

――なのに領主が十四レベル僧侶。

 

――その姪が十二レベル僧侶。

 

「…………」

 

この町、レベル分布がおかしい。

 

初心者用拠点の皮を被った、

 

高レベルNPC監視区域

 

である。

 

若い兵士が声をかけてきた。

 

「こんにちは。旅の方ですか?」

 

「はい」

 

できるだけ普通に答える。

 

「一人で?」

 

「はい」

 

兵士が少し困った顔をした。

 

視線が耳へ行く。

 

明らかにエルフだ。

 

しかも見た目は若い娘。

 

リュートを抱え、バックパックを背負って、一人旅。

 

「どこから来たんです?」

 

「南の方から。しばらく旅をしてまして」

 

嘘ではない。

 

かなり大雑把なだけだ。

 

「武器は?」

 

「今は持ってません」

 

これも外見上は事実である。

 

兵士がリュートを見る。

 

「吟遊詩人?」

 

「まあ、そんなところです。歌と演奏はできます」

 

「この辺りは街道から少し外れると危ないですよ」

 

本気で心配しているらしい。

 

セラリスは一瞬だけ返答に困った。

 

本人はElf 10、Attack Rank G。

 

一般兵士が遭遇したら即座に逃げるべき怪物のかなりの部分を、単独で処理できる。

 

だが、

 

「大丈夫です。気をつけます」

 

とだけ答えた。

 

「夜になってから街道を歩かない方がいい。町には宿がたくさんありますから、今日はちゃんと泊まった方がいいですよ」

 

「ありがとうございます」

 

善良だ。

 

すごく善良だ。

 

だから余計に、

 

本当の装備を見せる気にならなかった。

 

「何か困ったことがあったら衛兵詰所へ。あと――」

 

兵士が掲示板を指差した。

 

「魔法だけは町の中で使わないでくださいね」

 

「ああ、読みました」

 

「エルフの旅人は魔法を使える方が多いので」

 

「違反すると呪われるんでしたっけ」

 

兵士が苦笑する。

 

「初めてなら軽いやつですよ」

 

「軽いって?」

 

「まあ……恥ずかしいやつです」

 

セラリスの視線が細くなった。

 

「具体的には?」

 

「それは裁判所のクレリック次第じゃないですかね」

 

「…………」

 

怖い。

 

死刑より怖いという意味ではない。

 

何をされるのか事前に分からないタイプのGM裁定が怖い。

 

「絶対使いません」

 

「そこまで怖がらなくても」

 

「いや、法律は守ります」

 

即答した。

 

兵士は安心したように笑った。

 

「それならようこそ、スレスホールドへ」

 

門を抜ける。

 

町へ入ったところで、セラリスは小さく息を吐いた。

 

「第一関門突破」

 

誰にも聞こえない声で呟く。

 

リュートを抱え直した。

 

まず宿。

 

次に飯。

 

それから酒場。

 

急いで冒険に出る必要はない。

 

歌えば宿代くらい稼げる。

 

情報も集まる。

 

若い冒険者も探せる。

 

何より。

 

「目立たない。絶対に目立たない」

 

この町には14レベル僧侶がいる。

 

12レベル僧侶もいる。

 

その二人に、

 

『最近、妙に強い黒髪金眼のカラーリー・エルフが町へ来たらしい』

 

などと認識されるのは、もう少し後でいい。

 

セラリスは決意した。

 

「普通の旅芸人として暮らそう」

 

腕輪の中では、

 

+2知性剣。

 

+2魔法弓。

 

+1ストライキング・メイス。

 

+1リターニング・アクス。

 

胸元には60呪文入りBook Leaf。

 

髪留めは+3鞭

 

指には魔法の指輪。

 

服の下にはエルブン・チェイン。

 

バッグの中には魔法用品一式。

 

そして将来の目標は、

 

イモータル。

 

「…………」

 

セラリスは自分で考えて、

 

「普通とは?」

 

と首を傾げた。

 

そのまま何事もなかったように、スレスホールドの雑踏へ紛れ込んでいった。

 

 

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