セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
ヴァルザリオンが久しぶりに冒険者に襲われたのは、昼を少し回った頃だった。
巣の入口近くで、武装した五人組が慎重に進んでくるのを見つけても、彼はすぐには襲わなかった。最近のヴァルは、まず確認することを覚えている。
「止まれ」
低い声が洞窟へ響く。
冒険者たちは一斉に武器を構えた。
「若き緑竜王ヴァルザリオンだな!」
「そうだ」
「その首と財宝、もらい受ける!」
ヴァルザリオンは少し考えた。
「その前に、名前を聞いておこう」
剣を構えた男が怪訝な顔をする。
「……何?」
「お前たちの名前だ」
ヴァルは至極真面目だった。
「お前たちを殺した後に、また冒険者が俺を害しに来たぞと大公に言わねばならん」
沈黙。
冒険者たちの表情から、勇ましさが少しだけ消えた。
「……すごく名乗りたくなくなってきた」
「それは困るな」
ヴァルザリオンは困ったように首を傾げる。
「名乗らないと、お前たちが街に残してきた財産を没収できない」
「待て!」
魔法使いらしい男が叫んだ。
「こいつ、俺たちの全財産没収する気だぞ!?」
「当然だろう」
「当然じゃねえ!」
ヴァルには何が問題なのか分からない。
「俺を殺して財宝を奪いに来たのだろう?」
「そうだが!」
「なら俺が勝った場合は、お前たちの財宝を俺がもらう」
「巣に持ってきた分だけだろ普通!」
ヴァルザリオンは瞬きをした。
「なぜだ?」
冒険者たちが黙った。
「お前たちは俺の巣の財宝を全部奪うつもりなのに、俺はお前たちが持っている分しか取ってはいけないのか?」
「……」
「不公平だろう」
一行のシーフらしい女が小声で言った。
「こいつ、理屈がおかしいようでおかしくねえぞ……」
「黙れ」
戦士が止める。
ヴァルザリオンは続けた。
「セラリスにも教わった。戦いは始まる前から準備するものだと」
「またそのエルフか!」
どうやら名前くらいは知っていたらしい。
「それで、大公国の役人へ届け出る時には、襲撃者の氏名、所属、装備、死亡確認、それから押収品を記録する」
「押収品?」
「ここに持ってきた物だ」
「それなら――」
「街にある財産は別だ」
安心しかけた顔が止まる。
「それは大公国に申告して、お前たちが俺を違法に襲撃した賠償に充てられるか確認してもらう」
「確認って言ったな?」
「俺には人間の法律はよく分からんからな」
そこだけ妙に慎重だった。
「勝手に持っていくとセラリスとシャーレーンが怒る」
「そこは守るのかよ!」
「約束だからな」
冒険者たちは顔を見合わせた。
何かがおかしい。
自分たちは今、ドラゴン退治に来たはずだった。
なのに相手は、戦闘後の死亡届と財産処理について説明している。
僧侶らしい男が恐る恐る訊いた。
「……もし、今帰ると言ったら?」
ヴァルザリオンが少し考えた。
「まだ俺を攻撃していないな」
「してない」
「なら帰ればいい」
五人が一斉に顔を上げた。
「帰っていいのか!?」
「俺は人間を襲わないと約束している」
そこでヴァルは付け加えた。
「だが一度攻撃したら、俺は反撃する」
冒険者たちの視線が、洞窟の床へ落ちた。
無数の穴。
不自然な段差。
ところどころに残る、何かが腐食した痕。
奥には、妙に焦げて黒くなった岩壁まで見える。
シーフの女が呟いた。
「……あれ何?」
ヴァルが答える。
「前に来た冒険者がいた場所だ」
「帰ろう」
戦士が即答した。
「おい!」
「帰るぞ!」
「でも竜の財宝が!」
「生きて帰ってから考えろ!」
ヴァルザリオンは彼らが出口へ向かうのを眺めた。
そして思い出したように声をかける。
「待て」
五人が凍りつく。
「な、なんだ」
「名前だけ聞いておきたい」
「なんでだよ!」
「今日、俺を襲わず帰った冒険者として記録する」
また沈黙。
「……それ、記録する必要ある?」
「セラリスは記録を取れと言った」
「お前、本当にドラゴンか?」
ヴァルザリオンは胸を張った。
「緑竜だ」
「知ってるよ!」
結局。
五人は偽名を名乗ろうとした。
だがヴァルザリオンが、
「嘘をつくと、次に来た時に話が面倒になるぞ」
と言ったので、本名を名乗った。
その日の夕方。
ヴァルはミスタメアへ顔を出し、セラリスに報告した。
「今日は五人来た」
「また?」
「帰した」
セラリスが意外そうな顔をする。
「偉いじゃない」
「名前も聞いた」
「なんで?」
「死んだ場合に財産を調べるためだ」
セラリスの笑顔が消えた。
「……ヴァル」
「何だ」
「今度から最初にそれ言うのやめようか」
「なぜだ?」
「脅迫に聞こえるから」
ヴァルザリオンは少し考えた。
「だが事実だぞ」
「事実でも言い方ってものがあるの!」
横で聞いていたダリヤが、ぽつりと言った。
「でも襲撃者の財産まで賠償対象にできるなら、結構な額になりますよね」
「ダリヤ」
「はい」
「ヴァル側に立たない」
「でも財産管理は大事です」
ヴァルザリオンが満足そうに頷いた。
「ダリヤは話が分かる」
「そこ仲良くならないで!」