セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
ご報告
スレスホールドへ戻った翌日、戦利品の鑑定と整理をひととおり終えたセラリスは、ミスタメア城で起きたことを報告するため、アリーナを訪ねた。
廃城までは街からわずか三マイルほどである。
いくら長く放棄されていた場所とはいえ、その地下に魔法使いが潜み、コボルドやアンデッドを使役し、そのうえグリーンドラゴンまで住み着いていたとなれば、黙っておいてよい話ではなかった。
アリーナは最初から最後まで口を挟まずに話を聞いていた。
城門に潜んでいた腐肉喰らい。
コボルドたち。
ハーピー。
地下を歩哨として守っていたスケルトン。
土砂に埋もれた地下遺構を、ゾンビたちに掘り返させていたこと。
そして、発掘された品々をコボルドに仕分けさせ、価値のあるものだけを集めていた黒衣の魔法使い。
「名前はバーグル」
セラリスが言った。
「地下にいたグリーンドラゴンから聞いた。コボルドたちも、あいつをかなり恐れてたみたい」
「バーグル……」
アリーナはその名を覚えるように、ゆっくり繰り返した。
「捕らえられなかったのね?」
「逃げられた」
セラリスは素直に認めた。
「最初に自分へ化けさせたドッペルゲンガーと、服を着せたクリスタルスタチューを囮にして、こっちの力を測ってたみたい。偽物だと分かる前にまとめて火球で吹き飛ばしたら、本人は逃げた」
アリーナがわずかに眉を上げる。
「……本人かどうか確認する前に?」
「強い魔法使いかもしれない相手に、こっちから近づく理由ないでしょ」
「あなたらしいと言えば、あなたらしいけれど」
「三人連れてたからね」
その一言で、アリーナの表情が少し変わった。
セラリス自身だけならば多少の危険を冒してでも相手を観察したかもしれない。しかし今回はミハイル、ヴァレリア、ダリヤがいた。
だから先に撃った。
アリーナにも、それは理解できたらしい。
「それで、バーグルは?」
「逃げた先で今度はグリーンドラゴンと待ち伏せしてた。狭い通路の出口へ竜を置いて、私たちが出た瞬間にブレス、その後ろから自分の火球。かなり嫌な配置だったよ」
「よく無事だったわね」
「【魔術師の眼】で先に見たから」
セラリスは肩をすくめた。
「幻影の私たち四人を先に入れて、ブレスと火球を使わせた。それから本物で突入。バーグルは透明になって逃げた」
「また?」
「逃げ足は速かった」
アリーナはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「つまり、そのバーグルという魔法使いはまだ生きている」
「うん。しかも多分、私たちを恨んでる」
「それは笑い事ではないでしょう」
「分かってる」
セラリスもそこは軽く考えていなかった。
バーグルはただ逃げただけではない。
影武者を用意し、相手の力量を測り、さらに竜のブレスと自分の魔法を組み合わせた待ち伏せまで準備する程度には狡猾だった。
一度失敗したからといって、次も同じ手を使うとは思えない。
「街の方でも名前は覚えておいた方がいいと思う。黒髪で、背が高くて痩せてる。口ひげを生やした、見た目だけならかなり整った男。黒いローブを好んでる」
「人相については知らせておくわ。ただし、魔法使いなら姿を変える手段を持っていても不思議ではないでしょうね」
「そうなんだよね」
そこまで話したところで、セラリスは少し居住まいを直した。
「それから、もうひとつ」
「まだあるの?」
「グリーンドラゴン」
アリーナの目が細くなる。
先ほどから話には出ていたが、どうやらこちらの方が彼女には気にかかっていたらしい。
「倒したのではないのね」
「降参したから殺してない」
「セラリス」
声に、はっきりと警戒が混じった。
「グリーンドラゴンよ?」
「知ってる」
「一般に、人間に友好的な竜とは言い難いわ」
「それも知ってる。でも話は通じた」
セラリスは、洞窟で交わしたやり取りをそのまま説明した。
その竜の名はヴァルザリオン。
まだ若いグリーンドラゴンで、もともと山腹の洞窟をねぐらにしていたところへ、バーグルが地下から穴を穿って現れた。
金と食料を提供する代わりに力を貸せ。
そんな条件を持ちかけられ、ヴァルザリオンも悪い話ではないと受け入れた。
だが実際に敵が現れると、バーグルはヴァルザリオンを盾にして自分だけ逃げた。
「本人はかなり怒ってたよ。次に会ったら噛み砕くって」
「それについてだけは、少し理解できるわね」
アリーナが苦笑する。
「それで、あなたはその竜と何を約束したの?」
「人間を襲わない。家畜を盗らない。山や森にいる野生の獣、それと魔物を狩って暮らす。それを守るなら私はヴァルザリオンを殺さない」
アリーナの表情はまだ険しい。
「それだけ?」
「あと、仕事の取引」
「……仕事?」
「こっちがヴァルザリオンに相談したいことや、力を貸してほしいことがあったら、その都度、報酬の金貨を相談して払う」
「ドラゴンを雇うの?」
「必要なら」
あまりにも普通に答えるセラリスを、アリーナはしばらく見つめた。
「逆もあるよ」
「逆?」
「ヴァルザリオンの方から私たちに相談したいことや、力を借りたいことがあれば、自分の財宝から報酬を払うって」
今度こそアリーナは額に手を当てた。
「あなた、廃城を調べに行って、どうしてドラゴンと相互依頼契約を結んで帰ってくるの」
「成り行き?」
「その言葉で済ませないで」
もっとも、完全に否定しているわけでもないらしい。
アリーナは少し考え込んだ。
「約束を守ると思う?」
「少なくとも今は」
セラリスは即答しなかった。
「善良だから、じゃないよ。ヴァルザリオンにとって約束を守った方が得だから」
「あなたに殺されない」
「それもある」
セラリスは笑った。
「それに、人間を襲わなくても獣や魔物はいる。もし力が必要なら金貨を稼ぐ手段もできた。わざわざ街道の旅人を食べて、スレスホールドから討伐隊を呼び込む理由が減った」
アリーナはその言葉を慎重に吟味しているようだった。
やがて、
「理屈は分かるわ」
と答えた。
「でも、竜は竜よ。街の人たちへ『近くにグリーンドラゴンがいるけれど大丈夫です』などとは、とても言えない」
「言わなくていいと思う」
「あなたもそう思う?」
「知ったら怖がるだけだし、面白半分で竜を見に行く人が出ても困る」
それは十分あり得た。
約束を守っているヴァルザリオンのねぐらへ、腕試しをしたい冒険者が押しかけ、先に攻撃してしまえば話は台無しになる。
「必要な人だけ知ってればいいよ。アリーナと、街を守る側の何人か」
「その方がよさそうね」
「それから、もし山の魔物が妙に減ったとしても、驚かないで」
アリーナが思わず笑った。
「それは歓迎していいのかしら」
「人間を襲わない限りは」
「あなたがその約束の保証人になるのね?」
セラリスは少し考えた。
その言葉は、思っていたより重い。
ヴァルザリオンが約束を破れば。
自分が止める必要がある。
それでも。
「うん」
と答えた。
「私が話をつけたんだから、そうなるね」
アリーナは長いことセラリスを見つめ、それから静かに頷いた。
「分かったわ。今のところは、あなたの判断を尊重する」
「ありがとう」
「ただし、ヴァルザリオンが人を襲ったという報告が一件でも入ったら、すぐにあなたへ知らせる。その時は――」
「私が行く」
セラリスは迷わず言った。
アリーナはその答えを聞いて、ようやく表情を緩めた。
「それならいいわ」
そこで話題は、再びミスタメア城へ戻った。
コボルドたちは、バーグルが逃げたと知るとほとんど全員が地下から逃げ出したこと。
解放された礼として、バーグルの私室と実験室を教えてくれたこと。
地下のゾンビについては、今のところ生者を襲うのではなく、命令されたまま瓦礫を運び続けていること。
「ゾンビは壊さなかったの?」
アリーナが尋ねる。
「今のところは」
「理由を聞いても?」
「地下を掘ってくれるから」
少しの沈黙。
「……もう一度言って」
「地下を掘ってくれるから」
「セラリス」
「だって、危害を加えずに延々と瓦礫を運んでくれるんだよ。バーグルが何を探してたのかも気になるし、ときどき確認しに行けば、新しく掘り出されたものが集積場へ運ばれてるかもしれない」
アリーナはしばらく言葉を失っていた。
やがて、諦めたように笑う。
「廃城を攻略したと思ったら、今度は発掘現場として管理するつもりなのね」
「放っておいて別の魔物に住み着かれるより良いでしょ?」
「それは……否定しにくいわね」
「でしょう?」
セラリスは満足そうに頷いた。
アリーナはそんな彼女を眺めながら、何ともいえない顔をしていた。
最初は、ミスタメア城へ新人三人を連れていくと聞いて心配していた。
ところが帰ってきてみれば。
三人は無傷。
廃城を支配していた魔法使いは逃亡。
コボルドは解放。
グリーンドラゴンとは不可侵と相互協力の約束。
地下ではゾンビが発掘作業を続行中。
どう考えても、普通の冒険報告ではない。
「……あなたが来てから」
アリーナがぽつりと言った。
「スレスホールドの周りが、少しずつ変なことになっている気がするわ」
セラリスは首を傾げた。
「安全にはなってるよ?」
アリーナはそれを否定できなかった。
だからこそ。
余計に困った顔をするしかなかった。