セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
セラリスは、ひととおり報告を終えたところで、少し考えるように指先を顎へ当てた。
「それで、もうひとつ相談があるんだけど」
アリーナは嫌な予感でもしたのか、わずかに目を細めた。
「今度は何?」
「ミスタメア城」
「ええ」
「私が修繕して、拠点にしてもいい?」
アリーナは一瞬、意味を取りかねたようだった。
「……拠点?」
「うん。城そのものはかなり壊れてるけど、地下はしっかりしてるし、街からも三マイルくらいしか離れてないでしょう」
セラリスは指を折りながら続ける。
「外壁と屋根を直して、危険なところを塞いで、井戸や倉庫も使えるようにする。あと、冒険者の訓練所にしたい」
「訓練所」
「今、街の外でミハイルたちを訓練してるでしょう? あれをもう少しちゃんとした形にしたいんだよね」
アリーナは椅子へ深く座り直した。
どうやら、すぐに否定するのではなく、本気で検討するつもりになったらしい。
セラリスは続けた。
「地上部分なら、訓練用の部屋を作れる。剣や盾の稽古をする場所、弓を射る場所、ロープや障害物を使った探索訓練。それに、実際の廃墟を使って罠の見つけ方とか、隊列の組み方とかも教えられる」
「地下は?」
「最初は閉鎖」
即答だった。
「新人を入れるつもりはないよ。まだ全部確認できてないし、ゾンビも動いてる。それに、バーグルが何か残してる可能性もある」
その答えに、アリーナは少し安心したようだった。
「地下まで訓練に使うと言い出したら止めるところだったわ」
「そんなことしないよ」
少し間を置いて。
「安全が確認できるまでは」
「……その言い方だと、いつか使うつもりね」
「使えるようになったらね」
アリーナは小さくため息をついた。
「それで、なぜミスタメア城なの?」
「便利だから」
身も蓋もない答えだった。
「街から近い。石造り。地下施設がある。城壁も残ってる。修繕すれば宿泊できるし、物資も置ける。それに、私が欲しかった固定の拠点にもなる」
そこでアリーナは気づいた。
「転移の?」
「そう」
以前、街の外に小さな石造りの小屋を建てたいと相談された理由を思い出したらしい。
「帰還地点として使いたいのね」
「うん。決まった形の部屋を一つ作って、そこはなるべく変えない。そうすれば遠出した時も戻りやすい」
そして何より。
セラリスにとっては、自分の家と呼べる場所に近いものになる。
今のところ、スレスホールドには宿もあるし、アリーナをはじめ頼れる人間もいる。
だが。
自分の荷物を置き。
弟子たちを鍛え。
研究をし。
遠くから帰ってくる。
そういう場所は、まだなかった。
アリーナはしばらく考えてから尋ねた。
「所有権の問題はどう考えているの?」
「そこが聞きたかった」
セラリスは素直に言った。
「勝手に『今日から私の城』って言うのも変でしょう?」
「少なくとも私に聞いてくれたのは正解ね」
「でしょう?」
「褒めてないわ」
それでもアリーナは少し笑った。
「廃城とはいえ、土地そのものはカラメイコスの領内よ。正式にあなたのものとするなら、しかるべき手続きは必要になるでしょうね」
「大公まで話が行く?」
「規模次第では」
セラリスは城の姿を思い浮かべる。
外壁。
門。
大広間。
地下。
全部を本格的に直せば、確かに「小屋を建てる」どころの話ではない。
「じゃあ、まずは使用許可?」
「それが現実的でしょうね」
アリーナは少し考えてから続けた。
「あなたが周辺の安全を維持し、廃城を再び怪物の巣にしない。冒険者を訓練し、スレスホールドへ害を及ぼさない。それを条件に、管理を任せる形なら話は通しやすいと思う」
セラリスの顔が明るくなる。
「じゃあ、いい?」
「私は賛成よ」
「やった」
「ただし」
アリーナが指を一本立てる。
「グリーンドラゴンのねぐらと近いのでしょう?」
「うん」
「ヴァルザリオンとの約束が続いていること。それから地下のアンデッドをきちんと管理すること。訓練生を勝手に危険区域へ入れないこと」
「分かってる」
「それと」
「まだある?」
「修繕費は?」
セラリスが黙った。
アレーナも黙る。
数秒。
「……頑張って稼ぐ」
「でしょうね」
セラリスは少し遠い目をした。
金貨三千枚と宝石。
かなりの財産だった。
だが。
城の修繕となれば。
壁。
屋根。
扉。
家具。
井戸。
倉庫。
職人。
石工。
大工。
食料。
訓練設備。
金はいくらでも消えていく。
ダリヤなら、聞いた瞬間に「またダンジョンに行こう」と言いそうだった。
アリーナが微笑む。
「でも、悪い考えではないと思う」
「本当?」
「ええ。あなたのところで訓練を受けた若者が、少しでも無謀な冒険で死ななくなるなら」
そこでアリーナは、少し真面目な顔になった。
「スレスホールドにとっても価値があるわ」
セラリスは頷いた。
強い冒険者を育てたい。
それだけではない。
まず。
生きて帰ってくる冒険者を増やしたい。
それが、セラリスの訓練の根っこにある。
「じゃあ」
セラリスが笑った。
「ミスタメア城、直そうか」
アリーナはそんな彼女を見て、ふと嫌な予感がしたらしい。
「……セラリス」
「なに?」
「城塞化しすぎないでね」
「どこまでが『しすぎ』?」
「その質問をする時点で不安なのよ」
セラリスは答えず、にこりと笑った。
その笑顔を見て。
アリーナは、先に釘を刺しておくべきことがまだいくつもありそうだと思った。