セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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これに懐かしいって言ってる人たちは1980年代が青春時代の筈。
つまりいま○○歳以上……げふんげふん。

赤いちゃんちゃんこ着せましょうか…私はそれよりはずっと若いです。ほんとです。


ゴールド・ドラゴン亭の黒髪エルフ

 

 スレスホールドへ入って三十分ほど。

 

 セラリス・オブ・カラーリーは、通りの端で一度立ち止まった。

 

「さて」

 

 背負ったバックパックの肩紐を直す。

 

 萌黄色の旅装に、同系色のクローク。腰にはいくつかの小袋。手にはリュート。

 

 見たところ、旅慣れてはいるものの武器さえ持っていない若いエルフの娘である。

 

 実際には服の下にエルブン・チェインを着込み、腕輪の中には四種類の魔法武器を格納し、指輪と装身具とバッグの中まで含めれば、並の冒険者パーティーより豪華な装備を持っている。

 

 しかし、それをわざわざ見せる理由はない。

 

「宿は……」

 

 前世の知識を引っ張り出す。

 

 スレスホールドには何軒か有名な宿があった。

 

 静かで格式のある宿。

 

 商人向けの宿。

 

 荒っぽい冒険者の集まる安宿。

 

 そして。

 

「ゴールド・ドラゴン亭」

 

 セラリスは頷いた。

 

「そこだな」

 

 高級宿は避ける。

 

 理由は単純。

 

 目立つからだ。

 

 金を持っていると思われる。

 

 身元を尋ねられる。

 

 長期滞在すれば顔を覚えられる。

 

 領主側の人間が利用する可能性も高い。

 

「わざわざ十四レベルのクレリックがいる町で存在感を出す必要はない」

 

 領主シェルレイン・ハララン。

 

 十四レベル・クレリック。

 

 その姪、アリーナ・ハララン。

 

 十二レベル・クレリック。

 

 対して、町を巡回している普通の兵士は一レベル程度。兵長でも三レベルほど。

 

「本当にレベル分布がおかしいんだよな、この町」

 

 セラリスはぼやきながら歩き出した。

 

 自分だってエルフ十レベル、アタックランクGなのだから人のことは言えない。

 

 だからこそ目立たない。

 

 これは鉄則だった。

 

 ゴールド・ドラゴン亭は、期待通りの宿だった。

 

 広い食堂。

 

 長机。

 

 昼間から酒を飲んでいる冒険者。

 

 商人。

 

 街道を行き来する旅人。

 

 壁際には仕事の貼り紙まである。

 

「うん」

 

 セラリスは店内を見渡して、小さく頷いた。

 

「こういうのでいいんだよ」

 

 主人に部屋代を尋ねる。

 

 予想していたより少し高かった。

 

 払えないわけではない。

 

 だが、セラリスは手に持ったリュートを見た。

 

「演奏で少し負けてもらうことはできます?」

 

 主人がリュートとセラリスを見比べる。

 

「弾けるのかい?」

 

「技能としては」

 

「技能?」

 

「あ……いえ。そこそこ弾けます」

 

「なら夕飯時に何曲か頼むよ。客が喜べば飯もつけよう」

 

「お願いします」

 

 交渉成立。

 

 セラリスは内心で拳を握った。

 

 宿代削減。

 

 食費削減。

 

 ついでに情報収集。

 

「完璧だ」

 

 そこまでは。

 

 本当に完璧だった。

 

 その日の夕方。

 

 食堂の隅に椅子を置き、セラリスはリュートを抱えた。

 

 最初は普通の歌を歌った。

 

 旅の歌。

 

 森の歌。

 

 カラーリーの里で昔から伝わっていることにしても不自然ではないような、素朴な旋律。

 

 反応は悪くない。

 

 酒を飲んでいる客が手拍子をする。

 

 主人も満足そうだ。

 

 そこで。

 

「もうちょっと景気のいい奴やってくれ!」

 

 冒険者らしい男が叫んだ。

 

「怪物退治とか!」

 

 セラリスは少し考えた。

 

 怪物退治。

 

 何かあったか。

 

「あ」

 

 前世の記憶から、一つ出てきた。

 

「じゃあ、昔聞いた英雄譚を」

 

 リュートの調子を変える。

 

 勇ましい旋律。

 

 集まった冒険者たちが顔を上げた。

 

 戦士。

 

 僧侶。

 

 エルフ。

 

 ドワーフ。

 

 四人の冒険者が旅立ち、怪物の群れを突破し、巨大な塔を目指す物語。

 

 マンティコア。

 

 トロール。

 

 ドラゴン。

 

 邪悪な魔術師。

 

 セラリスは固有名詞だけ巧妙にぼかしながら歌った。

 

 元ネタは当然、

 

 ――タワー・オブ・ドゥーム。

 

 である。

 

「おお!」

 

「いいぞ!」

 

「そのドラゴンのところ、もう一回!」

 

 大受けした。

 

 セラリスも気分が良くなった。

 

「これはいける」

 

 前世のゲーム。

 

 この世界の住人には知られていない。

 

 つまり。

 

「ネタが無尽蔵じゃないか」

 

 翌日。

 

「昨日の続き!」

 

 と言われた。

 

 セラリスは調子に乗った。

 

 これがまずかった。

 

「では、その後のお話を」

 

 リュートを鳴らす。

 

 再び冒険者たちが旅立つ。

 

 今度はさらに強大な怪物。

 

 魔法。

 

 古代遺跡。

 

 ビホルダー。

 

 ドラゴン。

 

 そして世界を覆おうとする大いなる影。

 

 気持ちよく歌い上げて。

 

「――かくして、ミスタラを覆う影に――」

 

 そこまで歌って。

 

 セラリスの指が止まりかけた。

 

「……」

 

 いや。

 

 待て。

 

 ミスタラ。

 

 ここ、ミスタラじゃん。

 

 数人の客が顔を上げていた。

 

「ミスタラを覆う影?」

 

「なんだそりゃ?」

 

「いや、続きをやってくれ!」

 

 幸い、深く気にした者はいなかった。

 

 セラリスは内心で冷や汗をかきつつ、最後まで歌いきった。

 

「題名変えればよかった……」

 

 遅い。

 

 そして、さらに悪いことが起きた。

 

 客が質問を始めたのである。

 

「さっきのトロールなんだが」

 

「はい」

 

「火で焼いてたよな?」

 

「ええ」

 

「本当に効くのか?」

 

 セラリスは答えた。

 

「効きます」

 

 即答だった。

 

「再生能力を止めるなら炎か酸です」

 

「へえ!」

 

「あ」

 

 しまった。

 

「じゃあ、あの目玉の怪物は?」

 

「ビホ――」

 

 言いかけて止まる。

 

「……そういう怪物がいるという伝承ですね」

 

「目から魔法撃ってたぞ」

 

「そういう種類もいるそうです」

 

「嬢ちゃん、詳しいな」

 

「……歌に必要なので」

 

 誤魔化した。

 

 しかし翌日には、話がさらに膨らんでいた。

 

 ――黒髪のカラーリーの娘がいる。

 

 ――怪物について妙に詳しい。

 

 ――冒険歌が面白い。

 

 ――しかも実用的だ。

 

 三日目には演奏の途中で、若い冒険者から聞かれた。

 

「宝箱って、やっぱり正面から開けちゃ駄目なのか?」

 

 セラリスは反射的に答えた。

 

「駄目です」

 

「なんで?」

 

「毒針が飛んでくる可能性があります。まず周囲を調べて、罠がないか確認して、開けるなら横から――」

 

 言いながら気づく。

 

 客たちが静かになっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 セラリスはリュートを抱えたまま瞬きをした。

 

「歌の話ですよ?」

 

「いや今、明らかに実践講座だったよな?」

 

「気のせいです」

 

 その日の演奏は、いつの間にか新人冒険者向け講座になった。

 

 単独行動をするな。

 

 十フィート先が見えない場所で走るな。

 

 正体不明の液体を飲むな。

 

 魔法の品らしきものを拾って即座に身につけるな。

 

 撤退路を確認しろ。

 

 ロープは余分に持て。

 

 水は多めに。

 

 クレリックが倒れた場合の回復手段を別に用意しろ。

 

「そこまで準備するのか?」

 

「します」

 

 セラリスは真顔だった。

 

「準備不足で死ぬのが一番馬鹿馬鹿しいんです」

 

 前世で何十年もTRPGを遊んできた人間として、そこだけは譲れなかった。

 

 評判は広がった。

 

 当然。

 

 広がってほしくない方向にも。

 

 四日目の午後。

 

 昼食後の静かな時間。

 

 セラリスは食堂の隅でリュートの弦を調整していた。

 

 入口の扉が開く。

 

 金髪の若い女性が入ってきた。

 

 質の良い装備。

 

 立ち居振る舞い。

 

 店主が相手を見て姿勢を正す。

 

 セラリスは顔を上げた。

 

 そして。

 

 固まった。

 

「……」

 

 知っている。

 

 ものすごく知っている。

 

 金髪。

 

 青い瞳。

 

 若い女性クレリック。

 

 セラリスの脳内に文字が浮かんだ。

 

 アリーナ・ハララン。

 

 クレリック十二レベル。

 

「うわ」

 

 小さく漏れた。

 

 アリーナがこちらを見た。

 

「?」

 

 聞こえたらしい。

 

 セラリスは視線をリュートへ戻した。

 

 何も見なかったことにする。

 

 できなかった。

 

 足音が近づいてくる。

 

 そして真正面の椅子が引かれた。

 

「こんにちは」

 

「……こんにちは」

 

「セラリスさん、ですね?」

 

「はい」

 

 逃げられない。

 

「アリーナ・ハラランです」

 

「存じています」

 

 答えてから。

 

「……お名前だけ」

 

 付け加えた。

 

 危ない。

 

 初対面なのに詳細まで知っている。

 

 アリーナは気にした様子もなく微笑んだ。

 

「あなたの歌がとても評判なので、聞きに来たんです」

 

「歌ですか」

 

「はい。《ミスタラを覆う影》」

 

 セラリスは目を閉じた。

 

「題名……変えておけばよかった……」

 

「何か?」

 

「いえ」

 

 アリーナは楽しそうだった。

 

「とても詳しい冒険譚だそうですね」

 

「物語です」

 

「トロールには炎か酸が有効だとか」

 

「一般的な伝承です」

 

「ビホルダーの能力についても」

 

「……歌の演出です」

 

「宝箱の罠を調べる手順も」

 

「…………」

 

「撤退路を必ず確保しておくべきだとも」

 

「…………」

 

 セラリスは諦めた。

 

「多少、冒険経験があります」

 

「やっぱり」

 

 アリーナの顔が明るくなった。

 

 疑っていたわけではない。

 

 単純に嬉しそうだ。

 

 それが余計に困る。

 

「どのくらい?」

 

「長く生きているエルフですので」

 

 便利な言葉だった。

 

 見た目から年齢が分からない。

 

「かなり経験豊富なのですね」

 

「それほどでも」

 

 Elf 10。

 

 Attack Rank G。

 

 指輪。

 

 魔法武器。

 

 Book Leaf。

 

 多数のエルフ装備。

 

 嘘ではない。

 

 上には上がいる。

 

「実はお願いがあるんです」

 

 セラリスは嫌な予感がした。

 

「お願い?」

 

「この町には、冒険者になったばかりの若い人たちも多いでしょう?」

 

「ええ」

 

「あなたのように慎重な方が、少し教えてくだされば安心できると思って」

 

「……」

 

 予感的中。

 

「私が?」

 

「はい」

 

 アリーナが微笑む。

 

「特に、昨日あなたが話していた『生きて帰ることを最優先にする』という考え方、とても大切だと思います」

 

 断りづらい。

 

 ものすごく断りづらい。

 

 セラリスは昔を思い出した。

 

 初めてTRPGを遊ぶと言って卓へ来た若者。

 

 ルールも知らず。

 

 ダイスの種類すら分からず。

 

 それでも楽しそうにキャラクターを作っていた。

 

 そういう人間を見ると。

 

 昔から放っておけなかった。

 

「……条件があります」

 

「何でしょう?」

 

「勝手に先行しない」

 

「はい」

 

「正体不明の宝箱を勝手に開けない」

 

「はい」

 

「怪しい液体を拾って飲まない」

 

「ええ」

 

「『俺ならいける』と言って一人で突撃しない」

 

 アリーナが少し笑った。

 

「ずいぶん具体的ですね」

 

「長生きの秘訣です」

 

 セラリスは真顔で答えた。

 

 アリーナは、ますます嬉しそうに頷いた。

 

「では、お願いできますか?」

 

「……分かりました」

 

 言ってから。

 

 セラリスは天井を見上げた。

 

 スレスホールドへ来た目的。

 

 目立たない。

 

 宿代を稼ぐ。

 

 情報収集。

 

 慎重な若い冒険者を見つける。

 

 結果。

 

 四日目。

 

 領主の姪で十二レベルクレリックのアリーナ・ハラランに顔を覚えられた。

 

 新人冒険者の教育まで頼まれた。

 

「なんでこうなった……」

 

「?」

 

「なんでもありません」

 

 アリーナが帰った後。

 

 セラリスは腕輪を軽く指で弾いた。

 

 中には知性ある魔法剣、ソーンウォッチが眠っている。

 

 町の中では取り出すつもりはない。

 

 だから会話もできない。

 

 だが。

 

 もし今ここに出していたなら。

 

 間違いなく言われていただろう。

 

 ――目立たないんじゃなかったのか?

 

「うるさい」

 

 存在しない声へ先回りして答えた。

 

 近くの客が振り返る。

 

「何が?」

 

「……歌の練習です」

 

 セラリスはリュートを抱え直した。

 

 イモータルへの道は長い。

 

 急ぐ必要はない。

 

 だが、その第一歩で。

 

 どうやら彼女はもう。

 

 スレスホールドの新人冒険者たちから逃げられなくなりつつあった。

 

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