セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚―   作:ぶーく・ぶくぶく

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コボルドの畑作り

 

ミスタメア城の周囲が変わり始めたのは、コボルドたちが正式に管理人として雇われてから、そう長いことではなかった。

 

最初は城の中だけだった。

 

崩れかけた通路を掃除し、壊れた扉を直し、訓練用の仕掛けを作り、地下からゾンビが運び出してくる瓦礫を整理する。

 

それだけでも彼らにとっては、バーグルの下で働いていた頃とは比べものにならない生活だった。

 

働けば食事が出る。

 

寝る場所がある。

 

失敗しても殴られない。

 

そして何より、赤い腕章をつけている限り、ミスタメア城へ出入りする人間の冒険者から襲われることがない。

 

やがて、その安心が少しずつ別のものを生み始めた。

 

「……何してるの?」

 

ある日、城から丘を下りてきたセラリスは、麓で鍬を振るっているコボルドたちを見つけた。

 

それも一匹や二匹ではない。

 

十匹近くが草を刈り、石を拾い、土を掘り返している。

 

年嵩のコボルドが顔を上げた。

 

「畑」

 

「畑?」

 

「食べ物、作る」

 

なるほど。

 

城で支給される食料だけでも暮らせるが、自分たちでも食べ物を作れば、もっと安定する。

 

そう考えたらしい。

 

もっとも。

 

考えたことと、できることは別だった。

 

その時点で彼らが作っていた「畑」は、草原を適当に掘り返して石をどけた程度のものだった。

 

セラリスはしばらく眺めてから尋ねた。

 

「農業したことある?」

 

「ない」

 

「やっぱり」

 

そこでセラリスは、近隣の農家へ話を持っていった。

 

牛をヴァルザリオンへ定期的に売るようになったこともあり、ミスタメア城周辺の農家とはすでにそれなりに顔馴染みになっていた。

 

「コボルドに農業を教えてほしい?」

 

最初に頼まれた農夫は、さすがに妙な顔をした。

 

「うん」

 

「畑を?」

 

「丘の麓を開墾し始めたんだけど、誰も作物の育て方を知らなくて」

 

「そりゃ育たんでしょうな」

 

「だからお願い」

 

もちろんただ働きを頼むつもりはない。

 

指導の日当はセラリスが払う。

 

それを聞くと話は早かった。

 

最初は恐る恐るだった農夫たちも、城の管理人として働いているコボルドが人を襲わないことを知ると、次第に普通に接するようになった。

 

「そこ、深く掘りすぎだ」

 

「深いと駄目?」

 

「種まで沈んじまう。小麦ならこれくらいでいい」

 

「分かった」

 

「あと石は全部捨てるな。畑の端に積め。境に使える」

 

「これ?」

 

「そうそう」

 

コボルドは教わったことを妙に素直に覚えた。

 

知らないからできないだけで、一度理由まで説明されれば次からは同じ失敗をあまりしない。

 

水が溜まる場所には溝を切る。

 

堆肥を入れる。

 

畝を作る。

 

種を蒔く間隔を決める。

 

雑草を抜く。

 

小麦のほかにも、豆、玉ねぎ、蕪、キャベツに似た葉物など、比較的育てやすい作物から少しずつ試し始めた。

 

数週間もすると、丘の麓には明らかに「畑」と呼べるものが現れていた。

 

ミスタメア城を訪れたミハイルは、その光景を見てしばらく黙っていた。

 

赤い腕章をしたコボルドが鍬を振るい、その横で地元の農夫が腰に手を当てて何やら教えている。

 

別のコボルドたちは水桶を運び、さらに向こうでは数匹が柵を作っていた。

 

「……コボルドって」

 

ミハイルが言った。

 

「教えれば色々できるんだな」

 

隣にいたセラリスは、畑を眺めながらあっさり答えた。

 

「まあ普通は教えないからね」

 

ミハイルが振り返る。

 

「そういうものですか?」

 

「人間がコボルドに会う場所って、大抵ダンジョンとか街道でしょう?」

 

「まあ」

 

「そこで『農業やったことある?』って聞く前に戦闘になるから」

 

「……確かに」

 

コボルドから見ても同じである。

 

人間を見れば武器を持っている。

 

人間から見ればコボルドは怪物である。

 

互いに殺されると思って身構える以上、畑の作り方を教えようという話には普通ならならない。

 

だが。

 

ここでは事情が少し違った。

 

コボルドは城の職員であり。

 

農夫たちはセラリスの知り合いであり。

 

互いに襲わないという前提がある。

 

それだけで。

 

今まで表へ出なかった能力が出てくる。

 

畑の端では、何匹かのコボルドが木材を組んでいた。

 

ミハイルが指差す。

 

「あれは?」

 

「家畜小屋らしいよ」

 

「もう?」

 

「そのうち豚を飼いたいんだって」

 

セラリスは少し笑った。

 

「あと牛」

 

「牛まで?」

 

「乳も取れるし、畑を耕すのにも使えるって農家の人に聞いたみたい」

 

そこへ、ちょうど一匹のコボルドが駆けてきた。

 

「セラリス」

 

「なに?」

 

「豚、いくらする?」

 

「種類によると思うけど」

 

「二匹ほしい」

 

「雄と雌?」

 

「増やす」

 

ずいぶん先まで考えている。

 

セラリスは感心しながら頷いた。

 

「じゃあ今度、農家の人に聞いてみよう。ただし先に小屋と餌を用意してからね」

 

「分かった」

 

コボルドは嬉しそうに畑へ戻っていった。

 

ミハイルが、その背中を見送る。

 

「なんか」

 

「うん?」

 

「もうダンジョンの怪物って感じがしませんね」

 

セラリスも、丘の上に建つミスタメア城と、その麓の畑を見比べた。

 

廃城。

 

冒険者の訓練所。

 

地下では今もゾンビが黙々と発掘を続けている。

 

山にはグリーンドラゴンのヴァルザリオン。

 

そして麓では、コボルドが小麦を育て始めた。

 

何かがおかしいと言われれば、おそらくその通りなのだろう。

 

けれど。

 

「別にいいんじゃない?」

 

セラリスは言った。

 

「誰も襲わずに食べていけるなら、その方が楽でしょ」

 

ミハイルは少し考え。

 

「そうですね」

 

と頷いた。

 

その年。

 

ミスタメア城の麓では、コボルドたちにとって初めての小麦が実った。

 

収穫量は決して多くなかった。

 

植え方を間違えた場所もあり、水をやりすぎた場所もあり、鳥に食われた畝もあった。

 

それでも。

 

自分たちで育て。

 

自分たちで刈り取った穂を抱えたコボルドたちは。

 

バーグルから金貨を与えられた時よりも。

 

ずっと嬉しそうだった。

 

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