セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
ミスタメア城の地下で続けられている発掘は、いつの間にか城の日常の一部になっていた。
バーグルが残した命令に従い、ゾンビたちは相変わらず埋没した部屋から土砂や瓦礫を運び出している。彼ら自身には、石と宝石、腐った木片と古代の魔法具を見分ける知恵などない。ただ部屋にあるものを籠へ入れ、地下二階の集積場まで運ぶだけだ。
その後の仕分けを担当するのが、今ではミスタメア城の正式な職員になったコボルドたちだった。
ある日の昼過ぎ。
城外の訓練場でミハイルの剣を見ていたセラリスのところへ、赤い腕章を巻いたコボルドが一匹、小走りでやってきた。
「セラリス」
「ん?」
「地下で変なの出た」
その言葉だけなら、もう珍しくもない。
古い燭台。
錆びた鍵。
割れた陶器。
用途の分からない金具。
時には銀貨や宝石らしい石が混じっていることもある。
セラリスは木剣を下ろし、
「危ないもの?」
と尋ねた。
「分からない。だから持ってこなかった」
「偉い」
これまで何度も、「知らない物を勝手に触らない」「瓶なら開けない」「武器なら抜かない」と教えてきた成果だった。
「どんなもの?」
コボルドは自分の手を広げて大きさを示した。
「これくらい。櫛」
「櫛?」
「桃色。骨みたい。でも腐ってない。歯も全部ある」
セラリスの表情が、ほんの少し変わった。
「……桃色?」
「うん」
「長さは?」
「これくらい」
五インチほど。
桃色を帯びた、骨に似た素材。
長い年月、土砂に埋もれていたはずなのに損傷がなく、櫛の歯は一本も折れていない。
頭の中で、ひとつの名前が浮かんだ。
けれど。
あまりにも出来すぎている。
セラリスは眉を寄せた。
「……まさかねぇ」
ミハイルが聞きつけて近づいてくる。
「何か知ってるんですか?」
「まだ分からない」
「でも今、何か思い当たった顔しましたよ」
「似た話を知ってるだけ」
そこへダリヤとヴァレリアもやってきた。
「地下から何か出たの?」
ダリヤが尋ねる。
コボルドが答える。
「櫛」
「櫛かあ」
明らかに、金貨や魔法の剣を期待した時より反応が薄い。
セラリスは苦笑した。
「とりあえず見に行こう」
/*/
地下二階の集積場。
以前はバーグルのために財宝を選別していた場所も、今ではずいぶん整理されている。
石材。
木材。
金属。
価値のありそうな品。
正体不明のもの。
それぞれ置き場所が決められ、怪しい品には赤い布まで添えられていた。
問題の櫛は、小さな木箱の中に置かれていた。
セラリスは箱を覗き込み。
しばらく黙った。
「……これ」
ダリヤも横から覗く。
長さは五インチほど。
髪を梳くための、ごく普通の形をした櫛である。
ただし素材が奇妙だった。
象牙より柔らかな印象の、淡い桃色。
見た目だけなら骨に近い。
細かな歯は非常に上質に整えられ、一本たりとも欠けていない。
周囲から掘り出された木製品がほとんど朽ち、金属製品ですら錆びていることを考えれば、不自然なほど保存状態がよかった。
ダリヤが言った。
「綺麗ですね」
「うん」
「高いもの?」
「それどころじゃないかもしれない」
「え?」
セラリスはすぐには触らなかった。
周囲を確認させ、箱にも仕掛けがないことを調べてから、布越しに櫛を持ち上げる。
軽い。
見た目どおりなら、ただの装身具にしか思えない。
だが。
転生前の記憶が、いやというほど一致している。
《Comb of the Korrigans》。
《コリガンたちの櫛》。
Sphere of Energyに属する、Lesser Artifact。
もし本物なら。
自分がいつか進もうとしている道と、無関係では済まない。
セラリスは櫛を見つめたまま、もう一度呟いた。
「……まさかねぇ」
ダリヤが首を傾げる。
「さっきから何が『まさか』なんです?」
「確認してみる」
「どうやって?」
セラリスは櫛を持って地上へ戻った。
/*/
城の中庭に、小さな火が焚かれた。
薪を多めに入れ、炎が安定するまで待つ。
その周囲にミハイル、ヴァレリア、ダリヤ、それに何匹かのコボルドまで集まっていた。
ダリヤは櫛と火を交互に見ている。
「何するんです?」
「火に入れる」
「え?」
セラリスは櫛を炎の中へ放り込んだ。
「ちょっと!」
ダリヤが思わず声を上げる。
「せっかく発掘したのに!」
「私の考えてる物なら燃えないよ」
「違ったら?」
「普通の古い櫛が一本燃える」
「それでいいんですか!?」
「よくはないけど、確かめるには一番早い」
ミハイルが炎を覗き込む。
桃色の櫛は薪の間に落ち、赤い炎に包まれていた。
一分。
二分。
焦げない。
五分。
形も変わらない。
ヴァレリアが眉を上げる。
「……本当に燃えませんね」
「だよねぇ」
セラリスの声が、少しずつ期待を帯びていく。
ダリヤも先ほどまでの抗議を忘れ、火の中をじっと見つめていた。
「魔法の櫛?」
「それより上かも」
「上?」
セラリスは答えなかった。
さらに時間が過ぎた。
やがて十分快ほど経った頃。
炎の中で。
桃色の櫛が、ほんの一瞬。
脈打つように輝いた。
火の光ではない。
櫛そのものの奥から、淡い輝きが滲み出したのである。
その瞬間。
セラリスには分かった。
魔法具が発動したというより。
長く眠っていた何かが、こちらへ意識を向けたような。
そんな感覚。
「……あ」
ミハイルが尋ねる。
「どうしました?」
セラリスは火を見たまま固まっている。
そして次の瞬間。
満面の驚きと喜びが混じった顔で叫んだ。
「これ本物だ!」
ダリヤが驚く。
「だから何が!?」
セラリスは慌てて火から櫛を取り出す。
炎の中に十分近く置かれていたというのに、桃色の表面には煤ひとつ付いていない。
歯も。
一本たりとも損なわれていなかった。
「《コリガンたちの櫛》」
セラリスは呟いた。
その声は、さっきまでの軽い調子とは少し違っていた。
ダリヤには、その名前が何を意味するのか分からない。
ミハイルも。
ヴァレリアも。
コボルドたちも同じだった。
「有名な櫛なんですか?」
ダリヤが尋ねる。
セラリスは手の中の小さな櫛を見る。
「有名っていうか……」
どう説明したものか。
魔法の武器や防具とは、そもそもの格が違う。
人が作り、魔力を込めた便利な道具ではない。
もっと大きな力に属する品。
そして。
よりによって。
Energy。
セラリスは少し遠い目をした。
――なんでミスタメアの地下にあるの。
しかも。
自分が弟子を育てるために確保した城。
壊さず残したゾンビが発掘し。
雇ったコボルドが仕分けして。
その結果、自分の手元へ来た。
偶然というには。
いささか出来すぎている。
「先生?」
ダリヤに呼ばれ。
セラリスは我に返った。
「うん?」
「結局、それ何なんです?」
セラリスは櫛を大事そうに布へ包みながら答えた。
「ものすごく貴重なもの」
「いくらくらい?」
「そういう値段をつける物じゃないよ」
ダリヤの顔が変わった。
その返事だけで、ただ事ではないと分かったらしい。
「……そんなに?」
「うん」
セラリスはもう一度、布の中の櫛を見る。
起動はした。
だが。
まだそれだけだった。
櫛が秘めている力は、まだ何ひとつ明らかになっていない。
そのことも。
セラリスは知っている。
そして。
その力を知るために何をしなければならないかも。
「まあ」
セラリスは小さく笑った。
「これについては、ゆっくり調べよう」
そう言いながら。
胸の奥では。
別のことを考えていた。
――Energyのアーティファクト。
――ほんとに来ちゃったよ。
イモータルへの道は。
まだ遥か彼方にあるはずだった。
それなのに。
その道に属する小さな徴が。
五インチほどの桃色の櫛という、なんとも場違いな姿をして。
ミスタメア城の地下から。
ひょっこりと現れてしまったのである。