セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
「脇の穴から入りますか?」
ヴァレリアが左手の外壁に開いた大穴を指さした。
正面の門には、セラリスが危険だと言った何かが潜んでいる。
ならば、そこを避けて別の場所から入ればいい。
ごく自然な判断だった。
だが、ミハイルは少し考えてから首を振った。
「いや……危険な生物がいるって分かってるなら、駆除した方が良くないか?」
「え?」
「ここを避けて中に入っても、後から出てきて襲われるかもしれないだろ。帰り道で待ち伏せされたら、もっと困る」
セラリスは黙ってミハイルを見る。
――悪くない。
危険だから避ける、だけではない。
背後に敵を残す危険まで考えた。
新人としては上出来だった。
その横で、ダリヤが少し考え込んでから口を開く。
「じゃあ、まず私が見てきます」
「見てくる?」
ヴァレリアが聞き返す。
ダリヤは左手の大穴を指した。
「あそこまで大きく迂回します。正面の扉には近づかないようにして、壁の穴から中を覗いてみます」
セラリスは少し考えた。
ダリヤはシーフだ。
こういう時こそ仕事をさせるべきだろう。
何でも自分で片付けてしまえば、新人はいつまで経っても新人のままだ。
「いいよ。ただし、何か見つけても絶対に中へ入らないこと」
「はい」
「見つかったと思ったら、戦わず戻る」
「はい」
「正面の門には近づかない」
「はい」
三度念を押してから、セラリスは送り出した。
ダリヤは腰を低くし、瓦礫を遮蔽物にしながら大きく左へ回り込んでいく。
一度、二度。
立ち止まって周囲を確認する。
それからまた進む。
ミハイルが感心したように見送った。
「ちゃんとシーフっぽいな……」
「本人に聞こえたら怒られるよ」
ヴァレリアが小声で返した。
セラリスは二人の会話を聞き流しながら、正面の朽ちた扉から目を離さなかった。
あそこにはいる。
キャリオンクローラー。
腐肉喰らい虫。
そして、この廃墟の中にはそれだけではない。
しばらくして。
外壁の大穴まで到達したダリヤが、壁際へ身を寄せた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと顔だけを出す。
中を覗く。
数秒。
顔を引っ込める。
もう一度覗く。
今度は少し長い。
そして来た時と同じように、瓦礫の陰を選びながら戻ってきた。
「どうだった?」
セラリスが尋ねる。
ダリヤは声を落とした。
「いました」
ミハイルとヴァレリアの顔つきが変わる。
「何が?」
「コボルドです」
「何匹?」
「ちゃんとは数えられなかったですけど、何匹か。五、六匹くらいは見えました」
ダリヤは地面に指で簡単な図を描いた。
「正面の城門は外側の扉が完全に朽ちてます。でも、その奥にもう一枚、内扉があります」
「二重門か」
ミハイルが言う。
「たぶん」
ダリヤは続けた。
「その内扉の周りにコボルドがいます。犬みたいな頭の、小さい亜人ですよね?」
「そう」
セラリスが頷く。
「城壁の影になってるところに、車座になって座ってました」
「見張り?」
ヴァレリアが尋ねる。
ダリヤは首を傾げた。
「見張り……には見えませんでした。話してるか、休んでるみたいでした」
「武器は?」
「槍みたいなのを持ってるのがいました。あと、小さい剣とか」
少し考えてから付け加える。
「まだ、こっちには気づいてないと思います」
セラリスは腕を組んだ。
なるほど。
正面入口。
落ちた二枚扉の下にはキャリオンクローラー。
それを抜けた先には内扉。
その周囲にはコボルド。
――そう。
これだ。
赤箱D&D。
初心者用ダンジョンの入口で、すでに敵が二種類いる。
しかも片方は八回攻撃+麻痺持ち。
チュートリアルとは。
セラリスは遠い目になりかけたが、すぐ意識を戻した。
ダリヤが荷物を探りながら言う。
「だったら……」
取り出したのは油の小瓶だった。
「扉のところに油を投げつけて、松明をぶつけるのは?」
ミハイルがそちらを見る。
「腐肉喰らい虫に?」
「うん。近づくと危ないんでしょ?」
「ものすごく危ない」
セラリスが答える。
「だったら、近づかなければいいじゃないですか」
ダリヤは正面の朽ちた扉を見る。
「油を投げて、火をつける。下にいるなら、火が嫌なら出てくるだろうし、出てこなければ焼けるかもしれない」
「それ、いいんじゃないか?」
ミハイルも乗った。
「先にあいつを駆除しておけば、逃げる時も正面の門が使える」
ヴァレリアも頷きかけ――途中で止まった。
「あ」
「どうした?」
「火を使ったら、コボルトに気づかれませんか?」
三人が黙った。
「……あ」
ダリヤも気づいた。
セラリスは小さく頷く。
「そこまで考えられれば十分」
「やっぱり駄目です?」
「駄目とは言わないよ」
セラリスは城門を見る。
「ただ、選択肢にはそれぞれ代償がある」
火を使えば、安全な距離からキャリオンクローラーを攻撃できる。
だが、煙が出る。
臭いも出る。
炎も見える。
そして何より、コボルトたちにこちらの存在を知らせる可能性が高い。
「今の私たちの一番大きな利点は、向こうがまだこっちを知らないこと」
三人が頷く。
「だから、それを捨てる価値があるか考える」
ミハイルが正面門を見る。
次に左の大穴を見る。
そしてもう一度、正面を見る。
「……難しいな」
「冒険ってそういうものだよ」
セラリスは答えた。
正解が最初から書いてあるわけではない。
敵。
地形。
退路。
持っている道具。
敵がこちらを知っているかどうか。
全部を比べて。
一番死ににくそうな手を選ぶ。
セラリスは三人を見回した。
「さて」
初心者教育、第二問。
入口の怪物を安全に駆除する代わりに、奥の敵へ自分たちの存在を知らせるか。
それとも。
奇襲できる今の状況を利用して、先にコボルトをどうにかするか。
三人は、もうさっきまでのようなのんきな顔をしていなかった。
ようやく。
本当の意味で、この廃墟をダンジョンとして見始めていた。