セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
「セラリスさんはエルフだから、魔法使えますよね」
ヴァレリアが言った。
セラリスがそちらを見る。
「使えるよ」
「だったら――」
ヴァレリアは左手の外壁に開いた大穴を指した。
「あそこから【睡眠】でコボルトを眠らせられませんか?」
セラリスが少し目を細める。
「ほう」
「ダリヤが見たところ、コボルトは城壁の影に固まって座ってるんですよね?」
「うん」
ダリヤが頷く。
「かなり近くに集まってた」
「それなら、穴から近づいて魔法を使えば、正面の腐肉喰らい虫には近づかなくて済みます。コボルトにも、こっちに気づかれる前に魔法をかけられるんじゃないですか?」
セラリスは答えず、頭の中で状況を組み立てる。
――悪くない。
いや。
かなりいい。
低レベル帯における【睡眠】。
それは「便利な補助魔法」という程度の代物ではない。
特にコボルトのような弱い集団を相手にした場合。
ほとんど戦闘終了ボタンである。
赤箱時代の魔法使いが一日に使える呪文は少ない。
だからこそ、使う場所を選ばなければならない。
だが、敵が数匹まとまっている。
こちらにはまだ気づいていない。
しかも、その敵を排除すれば正面入口の処理へ集中できる。
――使いどころとしては申し分ない。
「できますか?」
ヴァレリアがもう一度尋ねる。
「できると思う」
セラリスが答えると、三人の顔が明るくなった。
ダリヤがすぐに続けた。
「そしたら、コボルトを安全に始末してから、扉の下を始末すればいいね」
「そうなるな」
ミハイルも頷いた。
だが、その直後。
「いや、待てよ」
「なに?」
ダリヤが見る。
ミハイルは少し考えながら言った。
「コボルト、全部殺さなくてもいいんじゃないか?」
セラリスが眉を上げる。
「というと?」
「ふん縛って、起こして、何か情報を聞いた方がよくないか?」
「情報?」
「この城の中に他に何がいるとか」
指を折る。
「仲間が何匹いるとか」
もう一本。
「罠があるとか」
さらに一本。
「それに――」
ミハイルは廃墟を見る。
「何か隠した財宝とかないか、聞き出せるかもしれない」
沈黙。
ダリヤがミハイルを見る。
ヴァレリアも見る。
そして二人とも、ゆっくり頷いた。
「……それ、いいかも」
「確かに。中のことを知っている相手がいるなら、聞いた方が安全ですね」
セラリスは三人を見回した。
――なんだ、この子たち。
思ったよりずっと筋がいい。
危険だから避ける。
ではなく、退路を考える。
正面から殴り合う。
ではなく、油と火を考える。
敵が集まっている。
ならば範囲魔法。
眠らせた敵。
ならば殺す前に情報源として利用する。
まさしく。
古き良きダンジョン攻略の思考になってきている。
レベル一で敵と公平に戦おうとする者から死ぬ。
相手がこちらに気づく前に奇襲する。
数の優位を奪う。
戦わずに勝つ。
捕虜から情報を取る。
そして、得た情報を使ってさらに有利な状況を作る。
経験値表には書いていないが。
これこそ冒険者が身につけるべき技能だった。
「いい考えだよ」
セラリスが言う。
ミハイルが少し得意そうな顔になる。
「ただし」
「はい」
「コボルトが本当のことを話すとは限らない」
「あ」
「嘘を教えて、罠に誘導するかもしれない。仲間が助けに来るかもしれない。それから、一匹でも逃がしたら中にいる連中へ警報が行く可能性もある」
三人の顔が再び引き締まった。
「だから捕まえるなら、まず全員を確実に無力化する」
セラリスは左手の大穴を見る。
「ダリヤ」
「はい」
「もう一度偵察。今度は正確な数を数えてきて。それと、あいつらの後ろに通路や扉がないか確認。増援が来そうな場所も見て」
「分かりました」
「ヴァレリア」
「はい」
「ロープ出しておいて。【睡眠】が効いたら、すぐ縛る」
「はい」
「ミハイル」
「はい」
「穴の近くで待機。何か起きてダリヤか私が逃げてきたら、追ってきた奴を止めて」
ミハイルが盾を握り直した。
「分かりました」
セラリスは最後に三人を見た。
「それと」
「?」
「眠っているからって油断しないこと」
三人が頷く。
ゲームなら「睡眠状態」と表示されれば、それで終わりだ。
だが、ここは現実だ。
ちゃんと眠ったか。
魔法の範囲から外れた敵はいないか。
物陰にもう一匹いないか。
声を上げる前に拘束できるか。
確認することはいくらでもある。
セラリスは杖を手にしながら思った。
――しかし。
初心者三人を連れて、最初の廃墟へ来たばかりだというのに。
もう、
偵察して、魔法で集団を無力化して、捕虜を取って尋問する。
完全にD&Dの冒険者になり始めていた。
少なくとも。
「正面から入って、出てきた敵を順番に倒しましょう」
などと言わないだけ。
生存率はかなり上がった気がする。
セラリスは小さく笑った。
「じゃあ、やってみようか」
三人が頷く。
正面の朽ちた門ではなく。
一行はまず、外壁の大穴へ向けて動き始めた。