ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第十九章:浅層遺跡の掃除屋と『振動』の抜け道
ベルダインでの最初の朝。
「欠けた石版亭」の静かな食堂で、五人は宿の主人が提供してくれた簡素な朝食を済ませていた。
「静かな宿は最高だけど、ここには依頼の掲示板がないからな。仕事を探すなら、大通りの『冒険者の宿』まで出向く必要がある」
ロロが残りのパンをスープに浸しながら立ち上がる。
「ええ。遺跡景気に沸くベルダインの冒険者の宿なら、依頼の数には事欠かないはずよ。さっそく行きましょう」
メリッサも立ち上がり、五人は大通りにある中規模の冒険者の宿へと向かった。
遺跡の街の隙間仕事
大通りの冒険者の宿は、朝から熱気と喧騒に包まれていた。
壁一面の掲示板には、「深層での魔神討伐(報酬:金貨50枚)」や「未踏破エリアの地図作成(報酬:金貨30枚)」など、一攫千金を夢見る命知らず向けの依頼が所狭しと貼られている。
「相変わらず、どこに行っても英雄気取りの連中ばかりだ。武器の修理代と命の危険を天秤にかけられないのかね」
カイルが肩をすくめながら、依頼書の束の下の方、誰にも見向きされない隅のエリアを探る。
「……おっ、これなんかどうだ?」
ロロが一枚の古びた羊皮紙を引き抜いた。
「『王都郊外にある《風化の塔》第一階層にて、古代の石レンガ10個の回収。報酬は銀貨150枚(ガメル)』」
「第一階層のレンガ拾いで150ガメル? 随分と割のいい仕事に見えるが……メリッサ、裏は何だ?」
ライシンが訝しげに尋ねる。
メリッサは羊皮紙の依頼主のサインと追記をじっと見つめた。
「依頼主は、遺跡の修復を研究している学者のようね。追記には『※ジャイアント・センチピード(巨大ムカデ)の巣窟につき注意』とあるわ。……なるほど、合点がいったわ」
「巨大ムカデか。毒持ちだし、甲殻は硬くて武器が刃こぼれする。おまけに倒しても金になる素材は一切ない。深層を目指す腕自慢の冒険者たちにとって、第一階層のムカデ相手に体力を消耗するのは『完全なる赤字』なのよ」
シリアが呆れたように解説を加える。
「だからこそ、安全な第一階層の依頼がずっと放置されているわけか。まさに俺たち『擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊』のための隙間産業だな」
ロロがニヤリと笑う。
「毒の治療代も武器の修理代もかけずに、レンガだけを拾い集めてこようぜ」
振動を殺す歩法
王都郊外にそびえる《風化の塔》の第一階層。
かつての栄華を思わせる石造りの回廊は、今や巨大な虫たちの這い回る薄暗い巣窟と化していた。
「シリア、索敵は?」
「……前方の通路に三匹、天井に二匹張り付いているわ。どれも体長一メートルはある」
シリアがレンジャー(Lv3)の鋭い視覚で暗がりを見通す。
「ムカデは視力が極端に弱く、獲物の『振動』を感知して襲ってくるわ。つまり……」
メリッサがセージ(Lv2)の知識を共有すると、シーフ技能を持つロロとカイルが自信満々に頷いた。
「足音さえ立てなければ、ただの風景と同じってことだな」
「俺たちの隠密歩行(サイレント・ムーブ)の独壇場だぜ」
二人のシーフが、つま先から静かに床に触れ、体重を滑らかに移動させる独特の歩法で前進する。
天井のムカデの真下を通り抜けても、虫たちは微動だにしない。二人は通路の奥に崩れ落ちていた古代の石レンガを音もなく拾い上げ、次々と麻袋に詰めていく。
「見事な身のこなしだ。無駄な戦闘を避けるなら、これ以上の手はない」
ライシンもまた、ファイターの身体操作を極限まで高め、金属音を一切鳴らさずに後方を警戒する。
しかし、作業が半分ほど進んだ時、後方で古い石畳が崩れる微かな音が響いた。
経年劣化による自然崩壊。だが、その小さな『振動』が、眠っていたムカデたちを一斉に目覚めさせた。
「カサカサカサッ!」
不快な足音を立てて、三匹の巨大ムカデがロロとカイルの背後へと迫る。
無音の制圧
「気づかれた! 迎撃するぞ!」
カイルがショートソードに手をかけるが、ライシンがそれを鋭く制止した。
「待て、剣は振るな! 甲殻を叩けば刃がこぼれるし、大きな音が鳴って他の群れを呼ぶ!」
「シリア!」
メリッサの短い合図。
「風の精霊よ、私の声を響かせて!(ウィンド・ボイス)」
シリアがシャーマンの魔法を素早く行使する。狙うはムカデではなく、彼らの後方の壁。壁に声が反響し、人為的な『小さな振動』を発生させた。
「キシャァッ!?」
振動に騙されたムカデたちが、一斉に向きを変えて何もない壁の方へと突進していく。
「今だ!」
その無防備な背後から、ライシンが音もなく動き出したした。
抜刀はしない。彼刀の柄を握りしめ、古代語の呪文を静かに、しかし流れるように紡ぎ始めた。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
ライシンが鞘からマジックブレイドを鋭く抜き放つ。彼が虚空を一閃すると、刃から放たれた目に見えない真空の刃が、十数メートル離れたムカデの装甲の隙間——頭部と胴体のつなぎ目を正確に切り裂いた。
音もなく、急所を切り裂かれた一匹が絶命する。
「残りは俺たちが!」
ロロとカイルもシリアの風の誘導を利用し、クォータースタッフによる関節への打撃と、盾(バックラー)での押し潰しのみで、一切の刃物を使わずに素早くムカデを行動不能にした。
「……ふぅ。驚かせやがって」
ロロが冷や汗を拭い、最後の石レンガを袋に押し込む。
「武器の刃こぼれゼロ。怪我ゼロ。シリアのMPは少し使ったが、十分すぎる黒字よ」
メリッサが周囲の安全を再確認し、安堵の息を吐く。
英雄たちが奥深くの魔神を目指して通り過ぎていく浅い階層で、五人は誰にも気づかれることなく、鮮やかに銀貨150枚分の『経費削減ミッション』を完遂したのである。
ベルダインでの初仕事を、彼ららしい「隙間産業」で手堅く成功させました。