ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚   作:シットライヌ

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第二章:影潜む石壁

第二章:影潜む石壁

塔の内部へ一歩踏み込むと、外のわずかな光すら遮られ、冷たく湿った空気が一行を包み込んだ。足元には崩れ落ちた石片や埃が層をなしている。

「照明はどうする、メリッサ?」 カイルが背後の二人に振り向かず、低音で尋ねた。

「松明を焚けば一発でこちらの居場所がバレるわ。ロロ、指輪の合図(コモンルーン)で数秒だけ手元を照らせる?」

「無茶言うなよ。コモンルーンの『光(ライト)』でも、この暗闇じゃ遠くから目立ちすぎる。幸い、入り口からの薄光と、俺たちの目が暗闇に慣れるまで少し待つのが上策だ」

ロロは手に持ったクォータースタッフの先端で、一歩先たたずの床を慎重に叩いた。コン、コンと乾いた音が響く。

「待て。ここは床石の浮き方がおかしい」 ロロがかがみ込み、指先で埃を払う。カイルが背後から小刀(ナイフ)の先を差し込み、慎重に隙間を探った。

「感圧式の圧力板(トリガー)だ。踏むと天秤のような仕掛けで上の天井から石が落ちてくるか、壁から矢が飛ぶ仕組みだな。かなり古いカストゥール時代のものだが……重みがかかればまだ動く」

「解除できるか?」

ライシンの問いに、ロロはかぶりを振った。

「工具を突っ込んで道具(ツール)を消費するほどの罠じゃない。ただ跨いで越えれば済む話だ。印をつけておくから、戦闘で後退するときにうっかり踏むなよ」

ロロは持ち合わせた白粉で圧力板の周囲に目立つ丸を描いた。派手な魔法で罠を吹き飛ばすような真似はしない。使える道具と観察力で危機を回避するのが、彼ら駆け出しの鉄則だった。

精霊の囁きと作戦

罠を回避し、通路の曲がり角まで差し掛かると、シリアがすっと手を挙げた。全員が即座に足を止め、壁に身を寄せる。

シリアは瞳を閉じ、耳を澄ませるとともに、小さく唇を動かして風の精霊(シルフ)へと静かに意識を向けた。精霊魔法(シャーマン)の術者である彼女には、空気の流れの変化やかすかな音の反響が肌で感じ取れる。

「……奥の広い部屋に、最低でも四匹。肉を焼く匂いと、下品な笑い声が聞こえるわ」

「四匹か。外の見張りと合わせて六匹……行商人から聞いた話の規模と一致するな」 メリッサが記憶の中の依頼内容と合致させ、頷いた。

「部屋の構造はどうなっている、メリッサ? 古代の見張り塔の典型的な間取りなら、賢者(セージ)の知識で推測できるはずだ」 ライシンが尋ねる。

「カストゥール後期の標準的な見張り哨戒所なら、この曲がり角の先はかつての兵士待機所……つまり長方形の大部屋よ。出入り口は今私たちがいるこの一つだけ。奥に小さな窓孔があるかもしれないけれど、人間が通れる広さじゃないわ」

「袋のねずみ、というわけか。だがそれは、向こうにとっても同じだ」 ロロが薄く笑った。

「正面から突っ込めば、四匹のゴブリンが一斉に襲いかかってくる。ライシンが一匹を抑えても、残りが左右から回り込めば後ろのメリッサやシリアが危険だ。前衛が一人のパーティの弱点だな」 カイルが自分の小さなバックラーを叩きながら言った。

「なら、敵を誘い出そう」 ライシンが短く提案した。

「この狭い通路に一匹ずつ引きずり込んで叩く。ロロとカイルが前衛の補助に入り、シリアが後方から射撃。メリッサは通路のバックアップだ」

「よし、誘い出しは俺に任せな」 カイルがニヤリと笑う。彼は腰から小石を取り出すと、壁の向こう——ゴブリンたちのいる大部屋の入口付近へ向かって、静かに放り投げた。

コツン……

静寂の満ちる遺跡内に、小石が跳ねる音が小さく響いた。

「ギャ?」 奥の大部屋から、鬱陶しそうなゴブリンの声が一つ上がった。足音が近づいてくる。一匹が様子を見に、通路へ足を向けてきたのだ。

「来たぞ……息を殺せ」 ライシンがマジックブレイドの柄に手をかけ、曲がり角の陰で身体を沈めた。

無駄な傷を負わず、消耗を抑え、確実に一匹ずつ処理する。英雄の詩歌(バラード)には到底謳われない、地味で泥臭い狩りが始まろうとしていた。

戦闘:狭隘の死角

暗闇の向こうから、ペタペタと不快な足音が近づいてくる。 様子を見に出てきたゴブリンが、曲がり角からひょっこりと汚い顔を覗かせた。

その瞬間、息を潜めていたライシンが動いた。 「——ハッ!」 一歩を踏み込むと同時に、鞘から『マジックブレイド』を素早く抜き放つ。居合の一撃。刃が描いた鮮やかな弧が、ゴブリンが声を上げるよりも早くその喉元を深く断ち切った。

「ガァ……ッ」 音もなく崩れ落ちるゴブリン。ロロが素早くその胴体を抱え込み、床に倒れる衝撃音すら殺して壁際へと引きずり寄せた。

「一匹撃破。だが……奥の連中、静かすぎるな」 カイルが小剣を構え直し、呟く。

次の瞬間、大部屋の中からけたたましいギャーギャーという叫び声と、複数の足音が聞こえ始めた。仲間が一匹戻らないことを不審に思った残りの三匹が、武器を手に一斉に押し寄せてきたのだ。

「勘づかれたか! 通路を出て広い場所で迎え撃つぞ!」 ライシンの声に応じ、五人は大部屋の入り口へと一気に踏み出した。

部屋へ躍り出ると同時に、約束された隊形へと素早く展開する。 中央に刀を身構えたライシン。その左脇をクォータースタッフを握りしめたロロが固め、右脇には小回りの利くショートソードとバックラーを構えたカイルが位置につく。前衛三人が横一列になり、後ろの二人の死角を完全に塞ぐ壁となった。 そのすぐ後方で、シリアがショートボウに矢をつがえ、メリッサが聖印を握りしめて神の加護を祈る。

「ギャギャッ! 人間どもめ!」 威嚇の声を上げながら、錆びた斧や棍棒を手にした三匹のゴブリンが躍りかかってきた。

「左のは任せろ!」 ロロが長いクォータースタッフの柄を滑らせ、突進してきたゴブリンの足元を払う。体勢を崩したところへ、カイルが右側から回り込み、右側のゴブリンの棍棒をバックラーで受け流しながら、脇腹へ正確にショートソードを突き刺した。

「グギャッ!?」

しかし、中央のリーダー格と思われる一匹が、小柄な体躯からは想像もつかない力でライシンへ斧を振り下ろす。

ライシンは刀の身で鋭い一撃を受け止めると、そのまま刃を滑らせて攻撃を弾き飛ばした。ゴブリンの体勢が大きく前へ崩れる。

「シリア!」 ライシンの呼集に、後方のシリアが即座に応えた。 「任せて!」 放たれた一矢が、体勢を崩したゴブリンの肩を深々と射抜く。ゴブリンが苦悶の声を上げ、たじろいだ。

距離ができたその一瞬を、ライシンは見逃さなかった。 刀を瞬時に鞘へと納め、身を沈めて深く息を吸い込む。古代語の呪文が、疾風のごとき速さで紡がれる。

「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」

カチリ、と鍔(つば)が鳴る。 ライシンが静寂を切り裂くような居合の動作で、鞘から刃を全速力で抜き放った。

目に見えぬ真空の刃が空を割り、肩を射抜かれて体勢を崩していたゴブリンの胸元を正確に一閃した。

「ガッ……!?」 吐血とともに、リーダー格のゴブリンが倒れ込む。

残された一匹は、仲間の死と目の前の隙のない陣形を目にし、戦意を完全に喪失した。悲鳴を上げて奥の小窓へ逃げ出そうとする。

「逃がすかよ!」 カイルが素早く追撃し、背後から小剣を一突。最後のゴブリンも床に伏し、塔の中に再び静寂が戻った。

成果と帰路

「……全員、怪我はないか?」 ライシンが息を整えながら刀の血を拭い、鞘に収めた。

「ああ、かすり傷ひとつないぜ。完璧な連携だったな」 ロロが胸を張り、倒れたゴブリンの懐や部屋の隅を探り始める。

「神聖魔法(キュア・ウィーンズ)を使うほどの傷もないわね。無事でよかったわ」 メリッサが胸を撫で下ろし、部屋の奥に積まれていた荷物に近づいた。 「あ、これが行商人の言っていた麻布の束ね。それと日用品の木箱……荒らされてはいるけれど、大半は無事みたい」

「よし、荷車は入り口で壊れていたから、担いで運ぶしかないな。ロロ、カイル、手伝ってくれ」 ライシンが荷物を持ち上げる。

「へいへい。まあ、奪還成功のボーナス(上乗せ)が行商人から出れば万々歳なんだがね」 ロロが軽口を叩きながら、手際よく荷物をまとめ始めた。

こうして、駆け出しの冒険者たちによる「非常に地味で堅実な冒険」は、一人の犠牲も出すことなく、無事に最初の成果を収めたのだった。

ささやかな収穫と金勘定

戦いの熱気が引き、静寂を取り戻した大部屋に、荒い息遣いだけが響いていた。

「……ふぅ、冷や汗かいたぜ。バックラーで受けた腕がちょっと痺れた」 右脇を固めていたカイルがショートソード(小剣)を鞘に収め、左腕をさすりながら軽口を叩く。よく見ると、右足の脛あたりにゴブリンの棍棒をかすめた擦り傷があり、薄く血が滲んでいた。

それを見たメリッサが、首から下げたラーダの聖印を手に静かに歩み寄る。

「動かないで、カイル。かすり傷でも、ゴブリンの武器にはどんな毒や汚れがついているかわからないわ。……知識と平穏の神ラーダよ、この者の傷を癒やしたまえ。《キュア・ウーンズ》」

淡い光がカイルの脛を包み込むと、擦り傷は見る間に塞がっていった。メリッサの残り少ない精神力を遣わせたことに、カイルは苦笑いしながら「悪いな、メリッサ」と頭を下げた。

その間に、左脇を守っていたロロは、腰のダガー(短剣)と靴底に仕込んだナイフ(小刀)の刃こぼれがないかを手早く確認し、手慣れた手つきでゴブリンたちの懐を探っていた。

「収穫は……錆びた鉄くず同然の武器と、薄汚れた銅貨が12枚。まあ、ないよりはマシか」

「荷物の方は無事だ」 中央で構えを解いたライシンが、マジックブレイドの刃を丁寧に拭って鞘に納め、奥に置かれた荷箱を持ち上げた。「麻布の束と、日用品の木箱。荷車は壊れていたから、二人で分担して担いで運ぶぞ」

「了解だ。シリア、帰り道も警戒頼むぞ。血の匂いに引き寄せられた野犬や別の魔物が来るかもしれん」 「任せて。矢の残りも少ないから、無駄戦いは避けて森を抜けるわ」

五人は倒したゴブリンから得た僅かな戦利品と取り戻した荷物を手分けして持ち、手早く遺跡を後にした。

宿場町に戻ったのは、日がすっかり傾いた夕刻だった。 依頼主である行商人の男は、無傷で戻ってきた麻布と商品を見るや、涙ぐんで五人の手を握りしめた。

「ありがとう、本当にありがとう! これが奪われたら今月は破産するところだったんだ……!」

約束通りの報酬である銀貨(ガメル)150枚に加え、行商人は「ほんの気持ちだ」と言って、売り物の残りである上質な干し肉と、銅貨20枚を色をつけて渡してくれた。

その夜、五人はいつもの安宿の片隅で、冷めたスープと硬いパンを前にテーブルを囲んでいた。 ロロが羊皮紙と羽ペンを取り出し、カタカタと真面目な顔で計算を始める。

「よし、本日の収支報告だ。報酬の150ガメルと、おまけの銅貨20枚(2ガメル分)、ゴブリンから剥ぎ取った銅貨12枚。合計153ガメルと銅貨2枚」

「そこから、シリアの矢の補充代で10ガメル、メリッサの聖油代で5ガメル、今夜の宿代と食事代で5人分15ガメルを引く」 メリッサが即座に数値を補足する。

「……残りは123ガメル。五等分すると一人あたり約24ガメルと銅貨6枚か。ライシンの刀の油代と、カイルの服のほつれ直し代を出したら、手元に残る儲けは一人20ガメルってところだな」

「まあ、丸一日泥まみれになって、生きて帰れて20ガメルの黒字なら上々さ」 カイルが干し肉をかじりながら笑う。 ライシンは静かに自分のマジックブレイドの手入れをしながら、小さく頷いた。

「ああ。一歩間違えれば死んでいた。だが、全員で知恵を出し合えば、明日もこうして飯が食える」

大きな名声も、伝説の財宝もない。だが、自分たちの手で掴み取った確かな日銭と無事な身体。それこそが、彼ら駆け出し冒険者の現実だった。

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