ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第三十章:砂塵の街の潜入と図面奪還
熱砂の風が吹き抜ける「職人たちの王国」エレミア。絢爛な王都の裏通りで、五人は冒険者の宿《踊る砂時計亭》の薄暗いテーブルに陣取っていた。円蓋の天井には色鮮やかなモザイクタイルが施され、異国情緒に溢れているが、ロロの興味はもっぱら目の前の依頼書に向いていた。
「いいか、エレミアの職人ギルドは規則が厳格だ。特許や図面の管理も厳格で、他人の成果を横取りするような悪徳商人がのさばる隙はない。だが、掟が厳しいからこそ起きる『身内の揉め事』ってやつがある」
ロロの言葉に、車座になった仲間たちが頷く。依頼主は若手の手回しの置き時計職人だった。彼は革新的な設計図を完成させたものの、伝統と規格を重んじる頑固な工房親方に「ギルドの基準を満たしていない」と頭ごなしに却下され、図面を工房の金庫に封印されてしまったのだという。ギルド本部の正式な裁定を待っていては明日の品評会に間に合わないため、傷をつけずに自分の図面だけをこっそり取り返してほしいという依頼だった。
「親方の雇った夜回りの傭兵と戦えば、武器が傷むし騒ぎになってギルドの衛兵から睨まれる。完全なステルスで行くぞ」
前衛の要であるライシンの低い声に、全員が同意した。
その日の深夜。厳重に管理された大工房の前に、五つの影が音もなく忍び寄った。
「風の精霊よ、我らの足音を奪って」
シリアが微細な精霊語を紡ぎ、風の精霊シルフの力で周囲の空気を操作して音を遮断する。石畳を踏むブーツの音すら消え失せた完全な静寂の中、ロロとカイルが工房の裏口に取り付いた。
「さすがは職人の街の親方。かなり複雑な歯車式の錠前だ」
「だけど、カストゥール時代の魔法錠に比べれば可愛いものさ」
陽気なカイルもこの時ばかりは真剣な眼差しになり、ロロと息を合わせてシーフツールを操る。手先の器用な二人の連携により、カチリ、という微かな音とともに重厚な扉があっさりと開いた。
暗闇の工房内部で、ロロが指にはめたコモン・ルーンの指輪に微弱な光を灯す。
「メリッサ、頼む。親方の図面と混ざっているはずだ。どれが依頼主の置き時計の図面だ?」
賢者の知識を持つメリッサが、机の上に保管された羊皮紙の束を素早く、かつ的確に確認していく。複雑な数式と図面の中から、彼女は瞬時に一枚の紙を抜き出した。
「これよ。計算式にラーダの教義にも通じる美しい幾何学が使われているわ。親方の古い規格とは構造の緻密さが全く違う」
「よし、撤収だ」
ロロが図面を皮袋に収めたその時、工房の奥から低い唸り声が響いた。夜間の番犬として放たれていた、獰猛な砂漠狼だ。鋭い牙を剥き出しにし、飛びかかろうと後ろ足に力を込めた瞬間――。
最後尾で警戒に当たっていたライシンが、すっと前に出た。
マジックブレイドを抜くことはない。ただ、歴戦の戦士としての圧倒的な殺気と、底知れぬ威圧感を込めた鋭い眼光で、砂漠狼を真っ向から睨み据えた。
その気迫をモロに当てられた狼は「キャンッ」と哀れな悲鳴を上げ、すっかり怯えて部屋の隅へと逃げ込んでしまった。
「流石だな、ライシン。犬に投げるための干し肉代すら節約できたぜ」
カイルが肩をすくめて笑い、五人は再び夜の闇へと溶け込んでいった。
翌朝、《踊る砂時計亭》の食堂で、彼らは無事に品評会へ出発する職人からずっしりと重いガメル銀貨の袋を受け取っていた。
「剣を一振りもせず、防具の傷もゼロ。それでいてギルドの厄介事も完全回避だ。エレミア、最高の街じゃないか!」
ロロが銀貨を数えながら歓喜の声を上げる。
カーン砂漠の熱風が吹き込むこの街で、擦り減り銀貨隊の「絶対消耗しない」冒険は、さらなる利益を確実なものにしていた。