ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第三十一章:悪意の砂漠と夜咲きのサボテン
エレミアの冒険者の宿《踊る砂時計亭》の掲示板の前で、ロロは一枚の羊皮紙を愛おしそうに撫でていた。
「みんな、これぞ究極の『隙間産業』だ。依頼主は中堅の薬種問屋。エレミア北部に広がるカーン砂漠の入り口付近で、今夜しか咲かない『月雫のサボテン』の花を採取してくる仕事さ」
報酬は銀貨二百枚。高額な理由は明白だった。「悪意の砂漠」と呼ばれるカーン砂漠は、昼夜の激しい寒暖差に加え、邪教の精霊アトンを信奉するケシュ族の影がちらつく危険地帯。並の傭兵なら高額な耐熱装備や予備の水、そして万が一に備えた毒消しポーションを大量に要求するため、問屋も冒険者を雇うのを躊躇していたのだ。
「だが、俺の生まれ故郷であるこの砂漠の縁なら、勝手知ったる庭を散歩するようなものだ」
ロロが不敵に笑う。彼らに高価な砂漠用特別装備など必要ない。徹底した経費削減ミッションが再び幕を開けた。
その日の夕暮れ。熱気が引き始めた砂漠の入り口に、五人の影が降り立った。
「シリア、頼む」
「ええ。水と精霊よ、涼やかなる衣となって我らを包んで。
(ウォーター・スクリーン)」
シリアが精霊語の呪文を静かに紡ぎ、ウンディーネの力を借りて即席の冷感結界を展開する。これにより、発汗による体力の消耗と水筒の消費量は劇的に抑えられた。
ロロを先頭に、暗闇の砂丘を音もなく進む。彼のレンジャーとしての野外活動知識とセージの洞察力が、流砂の罠や夜行性の砂漠毒蛇の巣を完璧に避けたルートを割り出していく。
やがて、星明かりの下に小さなオアシスが姿を現した。岩陰には、青白い光を放つ月雫のサボテンが群生している。
「見事な群生ね。でも、根を少しでも傷つけると魔力が散逸して花が枯れてしまうわ」
メリッサが知識神ラーダの教えに基づく正確な植物学の知識で、最も薬効が高く、かつ安全に手摘みできる花だけを慎重に選定していく。
その時、最後尾で周囲を警戒していたカイルが、リュートを背負ったまま低く囁いた。
「……ライシン。オアシスの対岸、ケシュ族の斥候らしき人影が三人。どうやら水を汲みに来たみたいだ」
一瞬の緊張が走る。だが、前衛のライシンはマジックブレイドの柄に手をかけることなく、岩の陰から静かな威圧感を漂わせつつ、一切の音を立てずにやり過ごす構えを見せた。
カイルとロロも微細な手つきでシーフの隠密技術を駆使し、パーティー全体の気配を完全に砂と闇へ溶け込ませる。狂信的なケシュ族との無用な戦闘など、研ぎ石と命の無駄遣いでしかない。
息を殺す数分の後、斥候たちは擦り減り銀貨隊の存在に全く気づかぬまま、オアシスを去っていった。
翌朝、《踊る砂時計亭》で傷一つない完璧な状態の花を受け取った薬種問屋は、五人が水筒を半分も消費しておらず、衣服もほとんど汚れていないことに驚愕の声を上げた。
「ポーション代も耐熱マント代もゼロ。純利益は百パーセントだ!」
ロロが銀貨の袋を鳴らして笑う。熱砂と職人の王国でも、彼らの「絶対消耗しない」冒険は完璧な黒字を叩き出していた。