ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第三章:石切り場跡の怪
数日後。 前回の依頼で得た蓄えも底をつきかけ、五人は再び冒険者の宿の掲示板の前に立っていた。
「……うーん、どれもパッとしないわね。『迷い牛の捜索』で銀貨10枚、『薬草採取』で銀貨15枚か……」 シリアが貼り出された羊皮紙を一枚ずつ眺めながら呟く。
「薬草採取は手堅いが、競争率が高い。牛探しは時間がかかりすぎるな」 ロロが顎をさすりながら、端の方に貼られた少し古びた紙を指差した。
「これなんかどうだ? 『旧・石切り場跡の安全確認と、置き去りにされた採掘道具の回収』。報酬は銀貨80ガメル」
メリッサがその内容を読み上げる。 「町の北側にある廃石切り場ね。数年前まで使われていたけれど、坑道の一部が崩落して放棄された場所よ。依頼主は町の建築ギルド。近々再開発したいから、内部の危険生物の有無を確かめて、残っている鉄製のツルハシやカゴを持ち帰ってほしい、と」
「地下か……狭い場所での戦闘になるかもしれんな」 ライシンが腕を組む。
「だが、相手は古代の悪魔でも大盗賊団でもない。精々、薄暗い場所を好むジャイアントラット(巨大ドブネズミ)か、マイコニド(菌類生物)の類だろう」 カイルが軽口を叩くが、その目は怠っていない。
「地下坑道なら罠の心配は少ないが、崩落の危険がある。俺の道具(ツール)と耳で、岩盤の緩みを確認しながら進む必要があるな」 ロロがクォータースタッフを握り直す。
「よし、この依頼を受けよう。派手な儲けにはならないが、今の俺たちの手札で堅実に稼げる仕事だ」
ライシンの言葉に全員が頷き、ロロが掲示板から依頼書を引き抜いた。 泥と埃に塗れる、新たな「日銭稼ぎ」が始まろうとしていた。
暗闇の石切り場
町から北へ徒歩で数時間。草木が疎らになり、露出し剥き出しになった岩肌が見えてくると、目的の旧石切り場跡に到着した。
かつて石材を切り出していた坑道の入口は、山肌に開いた黒い口のようにポッカリと広がっている。入口周辺には放置されて久しい木製の手押し車が腐ちかけて倒れていた。
「……静かすぎるな。鳥の鳴き声すら聞こえない」 カイルがショートソード(小剣)の柄に手を置き、周囲を警戒する。
「地下からの冷気が吹き出しているわ。奥行きはかなりありそう」 シリアが洞窟の周囲の足跡を探る。 「人間の新しい足跡はないけれど……代わりに爪のある小さな足跡がたくさんあるわ。ジャイアントラット(巨大ドブネズミ)か、あるいはそれ以上の大きさの獣ね」
「よし、灯りの準備をしよう」 ロロが指輪のコモンルーンに魔力を通し、ごく小さな光を点灯させた。手元だけをかすかに照らす程度の光量だ。 「松明を大々的に焚くと、奥の魔物に察知される上に、狭い坑道内では煙が充満して自分たちが窒息する。俺のこの微光と、シリアの目ざとさを頼りに進むぞ」
前衛の中央にライシン、左にロロ、右にカイル。後衛にシリアとメリッサ。いつもの陣形を崩さず、一行は慎重に坑道の中へと足を踏み入れた。
地形と知恵の防衛戦
坑道内はヒンヤリと湿っており、足元はゴロゴロとした不揃いの石ころで歩きにくい。天井には古い木組みの支柱が残っているが、腐食が進んでおり、大きな衝撃を与えれば容易に崩落しそうだ。
「頭上に気をつけて。支柱には触らないように」 メリッサがセージの知識を活かし、坑道全体の構造を観察しながら低く呟く。
「……ロロ、前方の坑道が二手に分かれているわ。左の奥から、キーキーという甲高い鳴き声と、無数の不気味な足音が近づいてくる」 シリアが耳をすまし、後方から低音で警告した。
「一匹や二匹じゃないな。群れか」 カイルがバックラーを構え直す。
「狭い通路で囲まれるのはまずい。だが、この一本道なら向こうの数も活かせないはずだ」 ライシンが静かに刀の柄へ手を伸ばす。
「待て、ライシン。正面から押し切る必要はない」 ロロがニヤリと笑い、腰の袋から小さな油の瓶と火打石を取り出した。 「狭い通路に油を撒いて火を点ける。炎と煙を嫌って足止めされたところを、シリアの矢と俺たちのリーチで一匹ずつ処理するんだ」
ロロは分かれ道の左側の床に素早く油を撒き、火打石を打ち合わせた。 ボッと小さな炎が上がり、油に燃え移る。
直後、暗闇から飛び出してきたのは、犬ほどもある巨体を持ったジャイアントラットの群れだった。5〜6匹が一鬼に襲いかかろうとしたが、目前で燃え上がる炎と煙に驚き、キーキーと悲鳴を上げて足を止めた。
「今だ! 通路の横幅は狭い、前衛は押し出すな、壁になって防げ!」 ロロの指示通り、前衛の三人は隙間なく横一列に並び、出入り口を塞ぐ。
炎の勢いに怯んだ先頭のラットに対し、後方のシリアが正確に弓を引き絞り、放った。 ツンッ! と鋭い音を立てて飛んだ矢が、一匹の眉間を完璧に貫く。
混乱した残りのラットが火を飛び越えて襲いかかってくるが、右側のカイルがバックラーで鋭い噛みつきを弾き返し、左側のロロがクォータースタッフの長さを活かして頭部へ鋭い一撃を叩き込む。
体勢を崩し、中央へ逃れようとした大きな一匹に対し、ライシンが身を沈めた。
「……ふっ!」
カチリと鍔が鳴り、納刀状態からの素早い居合一閃。 マジックブレイドが弧を描き、正確にラットの首を跳ね飛ばした。
後ろから続こうとしていた残りの数匹は、先頭の仲間が瞬く間に処理されたこと、そして充満する油の煙に恐怖し、一斉に背を向けて坑道の奥へと逃げ出していった。
日銭の重み
「追うな! 深追いは危険だ」 ライシンが静かに刀の血を拭い、鞘に納めながら制する。
「ふぅ……油ひと瓶で追い払えたなら安いもんね」 メリッサがホッと胸を撫で下ろし、聖印から手を離した。今回も貴重な神聖魔法の精神力を消費せずに済んだ。
「さて、危険が去ったところで仕事に取りかかろうぜ」 ロロが指輪の光をかざしながら、分かれ道の右側の部屋を照らした。そこには、かつて石工たちが使っていたと思われる鉄製のツルハシや頑丈なカゴ、鎚などの工具がいくつか転がっていた。
「錆びてはいるが、鍛冶屋に持ち込めば打ち直して使えるレベルだ。建築ギルドの言った通りだな」 カイルがツルハシを持ち上げ、重さを確かめる。
「重いわね……全部持ち帰るとなると、かなりの労働だわ」 シリアが苦笑いしながらカゴに工具を詰め込み始めた。
「これが俺たちの仕事だ。怪我なく、確実に依頼品を持ち帰る」 ライシンも黙々と重い鉄製工具を背の負い子に括り付けていく。
華やかな宝箱も、魔法の武器も見つからない。手に残るのは、泥と鉄錆の匂い、そしてずっしりとした金属の重みだけだ。しかし、この重みこそが確実に自分たちの糧となり、明日の生活を支えるのだという実感が、五人の胸を満たしていた。
結末:鉄の重みと今日のパン
肩に食い込む荷縄の痛みに耐えながら、五人は夕暮れの町へと帰り着いた。
建築ギルドの裏庭に重い鉄製のツルハシやカゴを降ろした瞬間、全員から深い安堵のため息が漏れた。サビと土にまみれたそれらを検分したギルドの担当者は、満足げに頷いて報酬の入った小袋をロロに手渡した。
「約束通り、銀貨80枚(ガメル)だ。崩落の危険がある場所によく行ってくれた。助かったよ」
小袋を受け取ったロロの顔に、疲労を上回る笑みが浮かぶ。 その足でいつもの定宿の酒場に陣取ると、早速、木の実を浮かべた安酒で乾杯を交わした。
「本日の収支計算だ」 ロロがテーブルの上に銀貨を並べる。
「報酬80ガメル。経費は俺が使った油ひと瓶で2ガメル。残りは78ガメルだ」
「五等分で、一人15ガメルと銅貨数枚ってところね。前回のゴブリン退治より少し少ないけれど、戦闘が少なかった分、武器の刃こぼれや防具の傷みがないのは大きいわ」 メリッサが手元のノートに羽ペンでさらさらと記録をつけながら頷いた。
「まあ、ひたすら重い鉄くずを運ぶ『肉体労働』だったからな。背中と腰が痛えよ」 カイルが肩をぐるぐると回しながら、ショートソード(小剣)の柄を布で丁寧に磨く。
ライシンは黙って自分の分の銀貨15枚を受け取り、革袋にしまった。 「怪我がなかったのが一番だ。油を撒いて火で追い払う作戦、よくやったな、ロロ」
「へっ、商人の知恵ってやつさ。真正面からやり合ってたら、ネズミの歯で誰かが疫病をもらってたかもしれないからな」
派手な魔法の戦いはない。しかし、確実に手元に残った銀貨の冷たい感触が、彼らに明日を生きる安心感を与えていた。