ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第三十八章:賢都の連続窃盗事件と迷宮下水道の捕物帳
オランの路地裏にある、かつて呪われていた古びた冒険者の宿。その特別室のテーブルには、王都の治安維持を担う『車輪の騎士団』が発行した手配書が、何十枚も無造作に広げられていた。
「ここ半月で、王都の高級住宅街を狙った連続窃盗事件が十五件。被害総額は金貨数万枚に上るが、犯人の手がかりはゼロだ」
ロロが手配書の束を指先で叩きながら、ニヤリと笑みを深める。
「犯人は『見えざる手』と呼ばれる裏社会の窃盗団。奴らは盗んだ美術品や宝石を、魔法の鞄に詰め込んで跡形もなく消え失せる。重装甲の鎧をガシャガシャと鳴らして大通りを行進する車輪の騎士団じゃ、この手のネズミ捕りは永遠に不可能だ。だが……」
「私たちなら、そのネズミの巣穴まで音もなく入り込める、というわけね」
メリッサが真新しい高品質の羽ペンを滑らせ、羊皮紙のスケッチブックにオラン王都の精緻な都市図を描き出していた。彼女は十五件の被害現場を点で結び、その規則性を知識神ラーダの教えに基づく幾何学的な視点から分析していく。 「現場はすべて、王都の地下に張り巡らされた古代カストゥール王国時代の下水道網の真上に位置しているわ。奴らは地下から侵入し、地下へと逃げている」
「でも、オランの地下水道は迷路みたいに入り組んでるよ。騎士団も何度か地下の捜索をしたみたいだけど、全部空振りに終わってる」
カイルが高品質のリュートの弦を優しく拭き上げながら、酒場で集めてきた裏事情を付け加える。
「なんでも、要所要所に複雑な魔法錠が仕掛けられていて、強引に壊そうとすると通路が水没する罠まであるらしい。騎士団の連中はそこで足止めを食らって、いつも取り逃がしているんだ」
「罠と魔法錠……なるほどな。だが、それこそ俺たちの得意分野だ。それに、盗まれた美術品の『無傷での奪還』には、被害額の二割という莫大な報奨金が懸かっている」
ロロは算盤(そろ盤)をパチンと弾き、目をギラつかせた。
「騎士団が手を出せない暗がりで、ネズミどもが溜め込んだ財宝を根こそぎ頂く。もちろん、こちらの経費と被害は完全ゼロでな。行くぞ、お前ら!」
深夜のオラン王都。五人はマンホールの蓋を音もなく持ち上げ、悪臭漂う地下下水道へと足を踏み入れた。 広大な地下空間は、まさに暗闇の迷宮だった。しかし、彼らには迷いがない。
「……微弱な水精霊(ウンディーネ)の悲鳴が聞こえるわ。不自然に水流が堰き止められ、魔力で隠蔽された隠し通路がある。こっちよ」
先頭を進むシリアが、精霊の囁きだけを頼りに迷宮の正解ルートを的確に選び取っていく。足音を完全に殺すレンジャー技能によって、窃盗団の見張りすら彼らの接近に全く気づかない。
やがて一行は、巨大な貯水槽を改装した窃盗団の秘密倉庫へと辿り着いた。 鉄格子の向こう側では、十数人の盗賊たちがランタンの灯りの下で、盗み出したばかりの宝石箱や絵画を荷車に積み込んでいるところだった。どうやら、地下水路に小舟を引き入れ、街の外へ密輸する算段らしい。
「よし、作戦通りに行くぞ」
ライシンが極めて低い声で指示を出す。
「敵の数は多いが、乱戦になれば流れ弾で美術品が破損し、俺たちの報奨金が減額される。美術品に一切の傷をつけず、一箇所に誘い込んで完全制圧する」
ロロが頷き、鉄格子の錠前にコモン・ルーンの指輪(アンロック)をかざした。カチリ、と微かな音を立てて魔法錠が開く。 同時に、広大な貯水槽の反対側から、カイルが高品質のリュートを激しくかき鳴らした。
『動くな! 車輪の騎士団だ! ここは完全に包囲されている!』
リュートの音色に幻音の魔術を乗せ、まるで数十人の重武装騎士が正面から突入してきたかのような、地響きのような軍靴の音と怒号を貯水槽に反響させたのだ。
「な、なんだと!? なぜここがバレた!」
窃盗団の頭目がパニックに陥り、部下たちに怒鳴り散らす。
「荷車を置いて逃げろ! 秘密の脱出路へ急げ!」
幻の騎士団から逃れるため、盗賊たちは美術品を放り出し、我先にと貯水槽の奥にある細いレンガ造りの通路へと逃げ込んだ。 しかし、それこそがメリッサが事前に計算し尽くした「唯一の逃走ルート(キルゾーン)」だった。
盗賊たちが通路に雪崩れ込んだ瞬間、背後の鉄扉が凄まじい勢いで閉ざされた。待ち構えていたロロが、今度はコモン・ルーンの指輪(ロック)を使い、扉を完全に封鎖したのだ。
「な、扉が開かねぇ! 閉じ込められた!」
「前方から誰か来るぞ!」
通路の奥から、シリアが高品質のショートボウを構えて静かに姿を現した。
「……動かないで。次は急所を射抜くわよ」 言葉と同時に放たれた三本の矢は、先頭を走っていた盗賊たちの足元のレンガを正確に砕き、強烈な威嚇となって彼らの足をピタリと止めさせた。
「くそっ、たかが小娘一人だ! 押し通れ!」
頭目が長剣を抜き放ち、シリアに向かって突進しようとした、その時だった。
「そこまでだ」
レンガ通路の曲がり角。敵の視線が絶対に届かない「完全な死角」に身を潜めていたライシンが、静かに古代語の呪文を紡いだ。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
暗闇の中で、高品質のマジックブレイドが虚空を一閃する。 極限まで研ぎ澄まされた目に見えない真空の刃が、曲がり角の壁をかすめるようにして一直線の通路へと飛び出した。 それは盗賊たちの肉体を傷つけることなく、頭目が振り上げた長剣の刀身と、彼らの腰に巻かれた武器帯だけを、数ミリの狂いもなくスッパリと切断した。
「あ……?」
ガシャン、と音を立てて、頭目の長剣が半ばから折れて床に落ちる。さらに部下たちのズボンや短剣が帯ごとずり落ち、全員がその場に無防備な姿で立ち尽くした。
刃を直接交えることも、血を流すこともない。壁の裏側からの一撃で、窃盗団は完全に無力化されたのだ。
「よし、制圧完了! 盗品の破損ゼロ、ポーション消費ゼロ、怪我人ゼロだ!」
ロロが嬉々として算盤を弾きながら歩み寄り、腰を抜かした盗賊たちを次々と縄で縛り上げていく。
「お前らには莫大な賞金が懸かってるんだ。それに、無傷の美術品の奪還報酬……。おいおい、オランの騎士団様には感謝しないとな! こんなオイシイ仕事を丸投げしてくれたんだから!」
暗く臭い地下水道の底で、カイルの陽気なリュートの音色が響き渡る。 強大な権力を持つ騎士団ですら解決できなかった難事件は、「絶対に経費をかけない」という擦り減り銀貨隊の執念と、緻密に計算された戦術の前に、莫大な黒字を生み出す単なる「作業」へと成り下がっていた。