ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第三十九章:極彩ガラスの交易路と音なき防衛戦
オランの古びた冒険者の宿。その片隅のテーブルで、ロロは分厚い羊皮紙の契約書を食い入るように見つめ、喉の奥で品のない、しかし極めて機嫌の良い笑い声を漏らした。
「報酬は金貨五千枚。ただし、荷馬車への振動は最小限に抑え、積荷に傷が一つでもつけば報酬は全額没収……。なるほど、どこの馬の骨とも知れぬ命知らず共が尻尾を巻いて逃げ出すわけだ」
依頼主である恰幅の良い商人は、ハンカチで額の汗を拭いながら何度も頷く。今回の積荷は、隣国の貴族へ献上される『ドワーフの極彩ガラス』の巨大なシャンデリア部品だった。道中の僅かな衝撃、ましてや盗賊との乱戦による物理的な振動などあれば、一瞬で粉々に砕け散る代物である。
英雄を気取る命知らずの冒険者たちにとって、護衛対象を守る盾になることはできても「一切の振動と騒音を立てずに戦う」ことは不可能に近い。だが、ロロの目にはこの依頼が、道端に転がる金貨の山にしか見えていなかった。
「安心しな、旦那。俺たち『擦り減り銀貨隊』にかかれば、積荷は揺籠の中にいる赤子よりも安らかに目的地へ届く。ただし、無傷で届けた際の特別ボーナスとして、報酬の二割上乗せを要求する」
商人が渋々ながらも契約書にサインをすると、ロロは待機していた四人を振り返った。
「聞いたな、お前ら! 今回の敵は盗賊でも魔物でもない。『振動』と『経費』だ! ポーション一滴、矢の一本たりとも無駄にするなよ!」
翌朝、オランから続く街道を一台の豪奢な荷馬車がゆっくりと進んでいた。
ロロを先頭に、ライシン、シリア、メリッサ、カイルと続く完璧な縦列陣形。彼らの足取りは、積荷のガラスに響かぬよう、驚くほど静かで規則正しい。
「街道の先、約二百メートルの茂みに熱源反応と、微かな殺気を感じるわ」
中衛のシリアが、風の精霊(シルフ)の囁きに耳を傾けながら低く鋭い声で告げた。その瞳は高品質のショートボウを見据え、すでに臨戦態勢に入っている。最後尾で後方警戒にあたっていたカイルも、高品質のリュートをそっと構えた。
「下働きのゴブリン数匹と、それを指揮する人間の野盗が三人ってところだね。馬車を止めて乱戦になれば、馬が暴れてガラスが割れる。どうする、ロロ?」
「止まるな。馬車の速度を維持したまま、敵が動く前に『音もなく』刈り取るぞ」
ロロの冷徹な指示に、メリッサが手元の真新しい羊皮紙を素早く開き、高品質の羽根ペンを走らせる。
「野盗の伏兵配置は、街道の形状から見て前方右側の岩陰と、左側の樹上。距離およそ百五十。私たちの進行速度と敵の弓の射程を計算すると……あと十秒で敵は攻撃を仕掛けてくるわ。シリア、左の樹上。ライシン、右の岩陰をお願い」
「了解した」
前衛の要であるライシンが、呼吸を極限まで薄くし、腰の高品質マジックブレイドの柄に手をかける。
「五、四、三、二、一……今よ!」
メリッサの合図と同時、敵が奇襲の雄叫びを上げようと息を吸い込んだ瞬間だった。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
ライシンの低い詠唱と共に抜刀された見えない真空の刃が、音速を超えて右側の岩陰へと殺到する。
それは岩そのものを切断するのではなく、岩陰に潜んでいた野盗のリーダーが手にした粗悪なクロスボウの弦と、彼の意識を刈り取るように急所を正確に打ち抜いた。くぐもった短い悲鳴だけを残し、リーダーは白目を剥いて昏倒する。
同じ瞬間、シリアの放った高品質の矢が、左側の樹上にいた野盗の肩口の衣服を縫い付けるように大木に突き刺さった。物理的なダメージは最小限に、しかしその圧倒的な技量を見せつける完璧な威嚇射撃。
「ひぃっ!? な、なんだこいつら!?」
指揮官を瞬殺され、見えない魔法の斬撃と神業の弓術を見せつけられたゴブリンたちは、戦意を完全に喪失し、悲鳴を上げながら森の奥深くへと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
「よし、クリアだ。馬車の速度を落とすな。そのまま進め」
ロロが周囲を警戒しながら杖を構え直し、何事もなかったかのように前進を再開する。
敵との距離を百メートル以上残したまま、そして一滴の血も流させず、何より荷馬車に一切の振動を与えずに、彼らは防衛戦を終えていた。
「ふふっ、僕の呪歌の出番すらなかったみたいだね」
カイルが軽口を叩きながらリュートを背負い直す。
「経費削減よ。魔法の行使も最小限、矢も威嚇の一本だけ。あれなら後で回収して使い回せるわね」
シリアが風の精霊に感謝を捧げながら陣形を整える。メリッサも満足げに羊皮紙のまきものを閉じた。
「敵の行動予測と魔法物理学の計算通りね。知識神ラーダの導きと、私たちの連携の勝利よ」
ライシンはマジックブレイドを静かに鞘に納め、一切表情を崩さずに前を見据えたまま歩みを進める。
「怪我なく確実な日銭を稼ぐ。それが俺たちだ」
数日後、目的地に到着した荷馬車の扉が開かれ、傷一つない極彩ガラスを目の当たりにした貴族は感嘆の声を上げた。
莫大な基本報酬と特別ボーナスを皮袋に詰め込みながら、ロロの顔には抑えきれない商人の笑みが浮かんでいた。英雄になる気など毛頭ない。ただ、誰もやりたがらない面倒な依頼を、緻密な計算と極められた技術で安全な集金作業へと変える。
擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊の懐は、今日もまた確かに潤っていくのだった。