ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第四十章:豊作の土壌と巨大害虫――ジャイアント・ワームの無傷誘導作戦
黄金色に輝くオラン近郊の小麦畑。風が吹き抜けるたびに豊穣の香りが広がるはずのその場所で、豊かな農村の村長は血の気を失った顔で頭を抱えていた。
「おお、神よ……なぜ収穫の直前に、あのような化け物が住み着いてしまったのか。これでは今年の冬を越すことすらできん」
村長の絶望に満ちた視線の先では、広大な麦畑の土が波打つように不自然に盛り上がり、巨大な影が地中を蠢いている。体長十メートルを優に超える巨大なミミズ型の魔物、ジャイアント・ワームだ。
「冒険者の宿のマスターから推薦された『擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊』の皆様。どうかあの魔物を退治してくだされ! だが、絶対に畑を荒らさないでほしい。そして……できれば、あのワームを殺さないでいただきたいのです!」
無茶苦茶な要求である。討伐依頼において「殺すな」「暴れさせるな」というのは、英雄を気取る一般的な冒険者なら即座に唾を吐いて帰る案件だ。しかし、ロロは手元の算盤をパチンと弾き、顔に極めて優秀な商人の笑みを浮かべた。
「ワームの体液は土壌を極上に肥沃にする。殺せば来年以降の収穫が減るし、下手に傷つけて暴れられれば今年の麦が全滅する……。なるほど、理にかなった要求だ。安心しな村長、俺たちは怪我なく確実な日銭を稼ぐプロフェッショナルだ。隣の荒れ地までの無傷での誘導、基本報酬に加えて将来の肥料代として三割の特別ボーナスで手を打とう」
契約が成立するや否や、五人は即座に動いた。
「ポーションの消費は赤字の元。武器の損耗も許されない。完全非交戦でいくわよ」
メリッサが真新しい高品質の羽ペンを走らせ、分厚い羊皮紙のスクロールに畑から荒れ地までの緻密な地形図を素早く描き出す。彼女は知識神ラーダの教えとセージ技能を駆使し、地下の水脈や地質からワームが最も通りやすい安全な誘導ルートを幾何学的に割り出していく。
「ワームの視力は皆無。頼るべきは地中の振動と嗅覚のみね。シリア、標的の深度と現在の活動状態は?」
シリアは地面に片膝をつき、目を閉じて大地の精霊(ノーム)の微かな囁きに耳を澄ませていた。レンジャーとシャーマンの技能を併せ持つ彼女の優れた感覚は、地中深くの魔物の心臓の鼓動すら捉える。
「……深度五メートル。今は休眠状態に近いわ。でも、一定の周波数の振動には極めて敏感に反応する。獲物の足音と勘違いするみたい。風下にいるから匂いで気づかれる心配もないわ」
「オッケー、それなら僕の出番だね」
カイルが、オランの名工が仕上げた高品質のリュートを構える。弦を弾くのではなく、ボディを指先でリズミカルに叩き、呪歌の技術を応用した低周波の振動音を地面へと響かせ始めた。
ドスン……ドスン……と、まるで巨大な獲物が肉体を揺らして歩いているかのような錯覚を起こさせる重低音。
ズゴゴゴゴ……!
地中から低い地鳴りが響き、ワームがカイルの奏でる振動に釣られてゆっくりと動き出した。
陣形はいつもの通りだ。先頭のロロが六尺棒で索敵と罠発見を行いながら安全な進行ルートを確保し、前衛のライシン、中衛のシリア、メリッサが続く。そして最後尾で警戒を担うカイルが、背後から迫る巨大なワームを一定の距離を保ちながら「音」で牽引していく。
彼らの足運びは、無駄な振動を一切土に伝えないよう完全に統率されていた。
しかし、誘導ルートの中間地点に差し掛かった時、先頭のロロが右手を挙げて歩みを止めた。
「待て。進行ルート上の地表すれすれに、古い石垣の残骸が埋まってる」
メリッサが即座にスケッチブックを確認し、鋭い声を上げる。
「迂回するスペースはないわ。ワームがアレにぶつかれば、驚いて地表に飛び出し、パニック状態で麦畑を蹂躙してしまう!」
「カイル、音を止めるな。俺が処理する」
前衛の要であるライシンが、静かに一歩前に出た。彼は腰の高品質なマジックブレイドの柄に手をかけ、極限まで精神を集中させる。物理的に石垣を砕けば、その破砕音がワームを刺激してしまう。必要なのは、魔法による「音のない切断」だった。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
遺失魔法の低い詠唱と共に、ライシンが目にも留まらぬ速さで魔法刃を抜き放つ。
居合の動作から放たれた目に見えない真空の刃は、一切の風切り音を立てることなく地表すれすれを滑るように飛び、埋もれていた石垣の残骸を斜めに両断した。切り離された上半分が音もなく柔らかな土へと滑り落ちるのと、巨大なワームの背中がその直下を通過したのは、全く同時のことだった。
「完璧だ、ライシン! さあ、あと少しで荒れ地だよ!」
カイルが軽快なステップを踏みながら、ついに麦畑の境界を越え、隣の広大な荒れ地へとワームを導き入れた。十分な距離を取ったところでリュートの音をピタリと止める。
目標を見失ったワームは、しばらく地中をウロウロとしていたが、やがてその荒れ地の深い場所を新たな寝床と定めたのか、完全に動きを止めた。大地の精霊の声を聞いていたシリアが、小さく頷く。
「ミッション・コンプリートだ。武器の刃こぼれゼロ、負傷者ゼロ、そして麦畑の被害もゼロ」
ロロが誇らしげに杖を突き立て、村長から受け取ったずっしりと重い金貨の袋を放り投げてキャッチした。
「ワームがあの荒れ地に定住すれば、数年後にはあそこも肥沃な農地に変わる。村の領地が広がるんだ、特別ボーナスを払ってもお釣りがくるだろう?」
村長は涙を流して五人の手を握り締め、何度も感謝の言葉を繰り返した。
「ふふっ、これで今夜は最高級の蜂蜜酒が飲めるね!」
カイルが嬉しそうにリュートを背負うと、メリッサとシリアも安堵の笑みを浮かべる。ライシンはただ無言で、マジックブレイドの柄に添えた手を下ろした。
英雄の如き派手な武勲など要らない。誰も血を流さず、誰も不幸にならない。ただ知恵と技術、そして徹底した経費削減への執念が、一つの村の危機を救った。オランの裏社会や商人たちの間で、擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊の堅実な伝説は、こうしてまた一つ確かなものとなっていくのだった。