ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第四十二章:呪われた美術品倉庫の棚卸しと非破壊の悪霊払い
オランの商業区の一角にある、豪商が所有する窓のない密閉倉庫。分厚い鉄扉の前に立つ初老の商人は、上等な絹のハンカチで滝のような冷や汗を拭いながら、すがるような目で五人の若者たちを見ていた。
「おお、擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊の皆様。どうか我が社の資産を救ってくだされ! この倉庫の中には、金貨数万枚に相当する骨董品や絵画が保管されているのです。しかし数日前から、タチの悪い騒霊(ポルターガイスト)が住み着いてしまいましてな……」
商人の話によれば、倉庫内では夜な夜な美術品が宙を舞い、壁に激突して砕ける直前でピタリと止まるという、心臓に悪い怪奇現象が起きているらしい。 一般的な神官や戦士に悪霊払いを依頼すれば、彼らは聖印を掲げてメイスを振り回し、騒霊ごと倉庫内の高価な壺や彫刻を粉砕してしまうだろう。霊は祓えても、美術品が全滅すれば商会は破産である。
「中身に一切の傷をつけず、霊だけを退治する」という極めて繊細な要求に、並の冒険者たちは皆サジを投げていた。
「安心しな、旦那」 ロロが算盤をパチンと弾き、商人の肩を親しげに叩いた。
「俺たちは『絶対に物を壊さない』ことに命を懸けている部隊だ。物理的な被害は一切出さずに、そのポルターガイストとやらを綺麗さっぱり祓ってやる。……ただし、これだけ繊細な作業だ。基本の退治報酬に加え、倉庫内の全美術品の『棚卸しと状態鑑定』の作業費として、さらに追加報酬をいただくぜ」
商人は涙目で頷き、重々しい鍵をロロに託した。
ギィィ……と、油の切れた音を立てて倉庫の鉄扉が開く。 中は太陽の光が一切届かない暗闇だった。ロロがコモン・ルーンの指輪に魔力を込め、青白い光(ライト)を灯す。 その瞬間、倉庫の奥から鼓膜を突くような甲高い風切り音が鳴り響いた。
「来るわ!」 シリアが鋭く警告する。暗闇の奥から、高価な陶器の壺や、重厚な額縁に入った絵画が数十個も浮かび上がり、五人に向けて猛烈な速度で飛来してきたのだ。
「させないわ。……闇の精霊(シェイド)よ、光を喰らい、惑わしの帳を下ろせ!」
シリアが精霊語の呪文を紡ぐ。放たれた魔法の闇が飛来する美術品の周囲を包み込み、勢いを殺さし、ふわりと安全に着地する。
「おっと、危ない危ない。一個でも割れたら俺たちの報酬が減っちまうからね」
カイルがリュートを構え、流麗な指さばきで弦を弾き始めた。 奏でられるのは、バード技能の呪歌、鎮魂歌[レクイエム]。怒りと混乱に満ちた騒霊の波長に合わせ、その敵意を音色で優しく包み込み、強制的に鎮静化させていく魔法の旋律だ。
「……ギィ……アァ……」 空中に浮かんでいた残りの美術品が、カイルの音色に当てられて次々と床へ力なく崩れ落ちていく。それらもすべて、シリアの精霊魔法が傷一つつけずに受け止めた。
「霊の動きが完全に止まったわ。メリッサ、今のうちに!」
「ええ、任せて」
メリッサが素早くスクロール(巻き物)を広げ、羽ペンを走らせる。彼女は知識神ラーダの教えとセージ技能を駆使し、倉庫内に渦巻く魔力の流れと、先ほど美術品が飛来した軌道を幾何学的に逆算していった。 霊の本体は実体を持たないが、これほど強力なポルターガイスト現象を引き起こすには、必ず霊が憑依している『呪いの核』となる物品が存在するはずなのだ。
「見つけたわ」 メリッサがスクロールから顔を上げ、倉庫の一番奥、木箱の上に無造作に置かれていた一本の古びた短剣を指差した。
「あの短剣よ。柄に古代の怨念が焼き付いている。あれが今回の騒動の元凶。でも、不用意に触れたり、普通の武器で叩き割ったりすれば、蓄積された呪いが爆発して倉庫中の美術品を木端微塵に吹き飛ばすわ」
「呪いの核だけを、周囲への余波を一切出さずに切断する必要がある……ということだな」
ライシンが静かに歩み出た。周囲には、金貨数百枚は下らないであろう繊細なガラス細工や絵画が所狭しと積まれている。剣の風圧だけで壊れてしまいそうな極限の状況下で、彼は腰のマジックブレイドの柄に手を添え、目を閉じた。
「カイル、呪歌を止めず、霊の意識を逸らし続けろ。シリアは結界を維持。……一撃で終わらせる」
深く、静かな呼吸。ライシンの意識が、古びた短剣の柄に宿る目に見えない「呪いの核」の一点のみに集中していく。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
ライシンの目が見開かれると同時、居合の動作から放たれた目に見えない真空の刃が、無音のまま一直線に虚空を走った。 それは周囲の空気を一切揺るがさず、隣に置かれたガラス細工をミリ単位で掠めながら、木箱の上の古びた短剣に直撃した。
キンッ……。
硬質な、しかし極めて澄んだ小さな音が倉庫に響く。 呪われた短剣は、物理的な衝撃を周囲に一切撒き散らすことなく、刃と柄の境目から見事に真っ二つに切断されていた。 その瞬間、倉庫内に充満していた重苦しい冷気と怨念が、嘘のようにフッと霧散していく。
「……浄化完了ね。呪いの核が完全に消滅したわ」
メリッサが騒霊の残滓を確認し、ホッと息をついてスクロールを巻き直す。
「よし、悪霊払いは無事終了だ! さーて、ここからは俺の独壇場だぜ」
ロロが目をガメル銀貨の形にして、倉庫内に散らばった美術品の山へと駆け寄っていく。
「あの商人の旦那、かなり帳簿の管理がずさんだったからな。ついでにこの倉庫の在庫を完璧にリスト化して、適正価格を鑑定してやる。もちろん、特別労働手当としてたっぷり請求書に上乗せしてな!」
数時間後。 倉庫の扉が開き、無傷の美術品と完璧に整理された在庫リストを見せられた商人は、感極まってロロの手にすがりついて号泣した。彼が支払った報酬は、当初の悪霊払いの相場の倍近くに跳ね上がっていたが、商人は「安いものだ」と喜んで銀貨の袋を差し出した。
戦わずして勝ち、壊さずして稼ぐ。 オランの豪商たちの間で、擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊の名は、また一つ「最も信頼できる冒険者」として深く刻まれることとなった。