ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第四十三章:貴族庭園の落し物と食虫植物(火気厳禁の救出劇)
オラン王都の高級住宅街。高い石壁に囲まれたある貴族の邸宅には、一般の人間が決して立ち入ることのできない広大な私有庭園が存在した。 鉄格子の門の前で、丸々と太ったわがままな貴族が、額に汗を浮かべながら五人の若者たちを睨みつけていた。
「いいか、よく聞け! 私が落としたのは、代々の家長を証明する極めて重要な印璽(いんじ)の指輪だ。絶対に何がなんでも回収しろ。だが……庭園内に群生している『クリムゾン・トラップ』をはじめとする魔法植物は、私の莫大な財産をつぎ込んで品種改良した可愛い芸術品だ。火炎魔法の類は一切禁止! 刃物での伐採も許さん! 葉っぱ一枚でも傷つけたら、報酬はゼロだからな!」
魔術的な品種改良を施された巨大で凶暴な食虫植物の群れ。そのただ中に放り出された指輪を、「植物に一切の傷をつけずに」拾ってこいというのである。普通の冒険者であれば、魔物よりタチの悪いその理不尽な制約に激怒して依頼を放り出すところだ。 しかし、ロロは呆れるどころか、極上の獲物を見つけた商人のように目を輝かせ、手元の算盤を弾き始めた。
「なるほど、火気厳禁、非破壊での救出劇ってわけだ。安心しな旦那、俺たち『擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊』は、無駄な破壊と戦闘を最も嫌う平和主義者でね。ただし、その可愛い芸術品とやらを完全な状態で『保護』するための技術料として、基本報酬の三倍、きっちり前払いでいただくぜ」
貴族が渋々金貨の袋を渡すと、五人はすぐさま分厚い扉を開き、むせ返るような湿気と甘い匂いが充満する庭園内へと足を踏み入れた。
「……ひどい匂いね。甘い蜜の香りの裏に、消化液と動物の死臭が混ざっているわ」
中衛のシリアが、鼻を覆いながら周囲を警戒する。
「絶対に列を乱さないで。一歩でもルートを間違えれば、硫酸の雨が降ってくるか、巨大なツタに絞め殺されるわよ」
メリッサが手元のスクロール(巻き物)を広げ、インク瓶の蓋を開けた。彼女は知識神ラーダの教えとセージ技能の植物学をフル回転させ、庭園内にうごめく危険な魔法植物の生態を瞬時に見抜き、安全な進行ルートをスクロールに書き込んでいく。
陣形は先頭のロロが六尺棒で足元の感触を確かめ、前衛のライシンが静かに続く。中衛のシリアとメリッサが索敵と分析を行い、最後尾のカイルが背後を警戒するいつもの縦列だ。
「依頼人の足跡を見つけたわ。ずいぶん慌てて逃げ帰ったみたいね」
シリアのレンジャー技能による追跡と、メリッサの植物学の知識を組み合わせ、五人は恐るべき食虫植物の森を、まるでパズルの正解をなぞるように音もなく進んでいく。 やがて庭園の中心部。ひときわ巨大で毒々しい赤色をした食虫植物――クリムゾン・トラップの群生地に行き当たった。
「あそこだ。一番デカい株の口の中に、金ピカの指輪が引っかかってる」
ロロが六尺棒の先で指し示した先には、大人がすっぽり飲まれそうなほどの巨大な顎(あぎと)を開けた植物があった。その消化液が溜まった喉元の手前に、目当ての印璽の指輪が辛うじて引っかかっている。
「どうする? 普通に手を伸ばせば、瞬時に口が閉じて丸呑みにされるよ」
カイルが背中のリュートを手に取りながら尋ねる。
「カイル、お前の呪歌で奴の感覚器官を麻痺させるんだ」
ライシンが静かな声で指示を出した。
「植物の活動を強制的に休眠状態に落とし込めば、口は閉じない」
「了解。とびきり退屈な子守唄を聴かせてやるさ」
カイルがリュートの弦を弾き始める。奏でられるのは、呪歌【ララバイ】(子守唄)。植物の警戒心を解きほぐす旋律だ。
呪歌の魔力が庭園に響き渡ると、威嚇するようにうねっていた周囲のツタが、まるで泥酔したかのようにだらりと力なく垂れ下がった。
「よし、今だ」
ロロが素早く動き出す。彼は六尺棒の先端にシーフツールから取り出した細いワイヤーと釣り針のような金具を取り付け、巨大な植物の口の中へと慎重に差し込んだ。 ミリ単位の繊細な指先の感覚。ロロはシーフの技を総動員し、消化液に触れるギリギリのところで指輪の輪に金具を引っ掛けた。
「もらったぜ!」
ロロが六尺棒を静かに引き上げようとした、まさにその瞬間だった。
バチンッ!
「なっ!?」
眠っていたはずのクリムゾン・トラップの口が、凄まじい速度で閉じかけたのだ。
「カイルの呪歌が破られた!? いや、違うわ!」
メリッサがスクロールから顔を上げ、叫ぶ。
「それは意識的な捕食じゃなくて、獲物が触れた瞬間に作動する物理的な『反射機構』よ!
睡眠では止められない!」
指輪を引き上げようとしたワイヤーの微かな刺激に反応し、無数の細いツタが指輪とワイヤーに絡みつき、そのままロロの六尺棒ごと強引に引きずり込もうとする。このままでは指輪はおろか、ロロの得物まで飲み込まれてしまう。かといって、力任せに引きちぎったり、刃物でツタを切り裂いたりすれば、植物を傷つけたとして報酬はゼロになる。
「ライシン!」
ロロの叫びより早く、前衛の要は動いていた。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
極限の集中。ライシンは腰のマジックブレイドを抜き放つと同時に、目に見えない真空の刃を飛ばした。 狙いは植物の本体でも、太いツタでもない。指輪に絡みつこうとした、わずか数ミリの『ツタの先端の感覚毛』のみ。 植物の生命活動に一切の影響を与えない、細胞の表面だけを掠めるような神業の斬撃。
チリッ、と微かな音が鳴り、絡みついていたツタの先端がコンマ数ミリだけ削ぎ落とされる。反射機構の伝達がほんの一瞬だけ途切れた。 そのわずかな隙を逃すロロではない。六尺棒を鋭く引き抜き、指輪を見事に空中に弾き飛ばした。 直後、空を切った食虫植物の巨大な顎が、凄まじい音を立てて完全に閉ざされた。
「……ヒヤヒヤさせやがって」
ロロが空中で指輪をキャッチし、安堵の息を吐き出す。 ライシンは静かにマジックブレイドを鞘に納め、何事もなかったかのように前を向いた。
「植物に傷は?」
「皆無よ。感覚毛の先端を数ミリ飛ばしただけ。明日には元通りに生え揃うわ」
メリッサがスクロールに確認のチェックを入れ、微笑む。
「よし、ミッション・コンプリートだ。撤収するぞ!」
数十分後。無傷の指輪を受け取り、さらに庭園の植物たちが一枚の葉も欠けることなくピンピンしているのを確認した貴族は、信じられないものを見るような目で五人を見つめていた。
「ま、まさか本当に、火も刃物も使わずに回収してくるとは……」
「プロですからね。毎度あり」
ロロがずっしりと重い金貨の袋を放り投げてキャッチし、五人は冒険者の宿へと歩き出す。 莫大な報酬を手にした彼らの足取りは軽い。英雄のような名声も、派手な武勲も必要ない。ただ緻密な計算と、極められた技術による「完全なる安全と経費削減」が、今夜も彼らに極上のエールと温かいベッドを約束するのだった。