ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第四十六章:偏屈貴族の遺言状――屋敷を壊さない暗号解読レース
オラン市内の閑静な一角。歴史ある大貴族の邸宅の庭先で、没落しかけの若き当主は頭を抱え、駆け込んできた『擦り減り銀貨(スクラップ・シルバー)隊』の五人にすがるような目を向けた。
「助けてくれ! 先日亡くなった我が叔父君が『真の財産は、知恵ある者に譲る』という謎めいた遺言状と暗号を残したんだ。だが、他の強欲な親族どもが我先にと乱暴な荒くれ者どもを雇い込み、お宝を探すために屋敷の壁や床をツルハシでガンガン破壊し始めている! このまのでは我が家の由緒ある屋敷が崩壊してしまう。どうか、屋敷をこれ以上傷つけずに、親族たちより先に暗号を解いて財宝を見つけ出してほしい!」
ロロは差し出された依頼書と前払い金の金貨袋を受け取ると、素早く算盤を弾いて不敵に笑った。 「お任せな、若旦那。無駄な破壊と暴力は俺たちの最も嫌うところだ。屋敷の価値を一片たりとも落とさず、極上の財宝をごっそり回収して、あの強欲な親族連中には一文の得も残さない、完璧に依頼をこなしててやるさ」
契約が結ばれると、五人は直ちに秘密裏に広大な屋敷へと潜入した。 館のあちこちから
「おい、この壁の裏に隠し部屋があるはずだ! ぶっ壊せ!」
という荒くれ者たちの怒号と、柱が砕ける嫌な音が響いてくる。
「まったく、野暮ったい連中ね。力任せに壊したところで、貴重な美術品や建物の資産価値が落ちるだけなのに」
メリッサが愛用のスクロール(巻き物)を広げ、羽ペンで亡くなった当主の残した暗号文を素早く書き写した。彼女は知識神ラーダの教えとセージ技能の知識を総動員し、古代カストゥール語の文法や中庭の星座盤の配置を幾何学的に読み解いていく。
「ふん、単純な力比べならこっちの土俵だ」
ロロがシーフツールを鳴らし、シリアがレンジャー技能の足音の察知を活かして、屋敷内を荒らす連中を巧みに誘導する。さらに、最後尾のカイルが
「おい! あっちの応接間に怪しい金庫の音がしたぞ!」
と偽の足音と物音を響かせると、強欲な親族が雇った荒くれ者たちは我先にと別の部屋へ走り去り、自滅的に罠や古い調度品を壊して自ら消耗していった。
その隙に、メリッサの解読によって導き出された真の隠し部屋の入口――書斎の本棚の裏に、五人は静かにたどり着いていた。
「座標の特定完了。この奥の壁の裏に、当主の真の財産が眠る秘密の保管庫があるわ」
メリッサがスクロールにピタリとペンを置いた。
しかし、その目の前にある重厚な鉄の扉には、古代の精巧な物理ロックと、恐ろしい仕掛けが施されていた。
「扉の構造は完璧な二重ロックね。でも、ただの鍵じゃないわ。手順を一つでも間違えれば、内部の仕掛けが連動して、保管庫の財宝全体に強力な酸が散布される最悪のトラップが仕組まれている」 シリアがダガーの先で扉の隙間を慎重に検分し、青い顔をする。力任せにこじ開ければ、財宝も権利書もすべて文字通り「水の泡」になってしまうのだ。
「どうする? ロロの手でも開けられるか?」
カイルが背中のリュートを構え直しながら尋ねる。
「構造の解除は俺の腕でいけるが……最後の仕上げに、内側の酸を散布するガラス管のノズルだけは、どうあがいても俺の手じゃ届かねぇ」
ロロの言葉に、前衛の要であるライシンが静かに一歩前に出た。
「……任せろ」
ライシンは腰のマジックブレイドの柄に右手を添え、目を閉じた。 呼吸が一つ、二つ。わずかな隙間から、内部の複雑な機構が発する微かな金属音と空気の流れを肌で感じ取る。
「我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
放たれた見えない真空の刃は、一ミリの狂いもなく、頑丈な鉄の扉と周囲の壁を一切傷つけることなく、その隙間をすり抜けた。 狙いはただ一つ。内部の罠機構を繋ぐ、髪の毛ほどに細いガラス管のノズルの根元のみ。
チリッ、と極めて小さな乾いた音が響き、酸を噴出させるトリガーの軸だけが正確に切断された。 直後、ロロがシーフツールを素早く動かし、カチリと重厚なロックを完全に解除する。
「トラップ完全無力化、ロック解除成功だ!」
ロロが扉をそっと押し開けると、そこには没落しかけた一族を立て直すに余りあるほどの莫大な家宝の権利書と、黄金の美術品が静かに輝いていた。
数日後。 屋敷の壁を一枚も壊されることなく、すべての財産を取り戻した若き当主は、感動の涙を流しながら擦り減り銀貨隊に契約以上の報酬と、屋敷の修繕費用(実際にはどこも壊れていないため丸儲け分)をたっぷりと手渡した。
「血を流さず、壁一つ傷つけず、知恵と技術で宝をごっそりいただく。……やっぱり、この稼業が一番割に合うな」 ロロが満足げに算盤を弾き、五人は次の街へと軽やかな足取りで歩み出すのだった。