ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第四章:地下室の多足這う影
数日後。冒険者の宿の掲示板から、カイルが一枚の依頼書を引き剥がしてきた。
「おい、これなんかどうだ? 町から歩いて半日の農村からの依頼だ。報酬は銀貨100ガメル。それに加えて、村で採れた新鮮な野菜と小麦粉もつけてくれるらしいぞ」
「食料の現物支給は助かるわね。保存食ばかりじゃ気が滅入るもの。それで、依頼内容は?」 シリアが身を乗り出して尋ねた。
カイルが依頼書を読み上げる。 「『村の外れにある古代の石室を、収穫物の貯蔵庫として使いたい。だが、中に大百足(ジャイアント・センチピード)が巣食っていて入れない。駆除してほしい』だそうだ」
その名を聞いて、メリッサが小さく顔をしかめた。 「大百足……厄介ね。あいつらの顎には麻痺性の毒があるわ。噛まれれば、数日は高熱と痺れで動けなくなる」
「メリッサの神聖魔法で解毒はできないのか?」 ライシンが尋ねると、メリッサは首を横に振った。
「私の今の祈りの力(プリーストレベル1)では、《キュア・ウーンズ》で傷を塞ぐことはできても、体内の毒を浄化する奇跡(キュア・ポイズン)までは行使できないの。だから、もし噛まれたら……」
「薬師の店で『解毒薬(アンチドート)』を買うしかない、か」 ロロが腕を組んで天を仰いだ。 「解毒薬は小瓶一つで20ガメルはする。全員分買うとなると100ガメル……依頼の報酬が丸々吹っ飛んじまうぜ」
「全額を薬に使う必要はないわ。お守り代わりに2瓶だけ買っておきましょう。40ガメルの出費は痛いけれど、命や後遺症には代えられないわ」 メリッサの冷静な判断に、全員が頷いた。 経費をどう削り、どこに投資するか。これもまた、生き残るための重要な「冒険」の一部だった。
農村に到着し、村長の案内で向かったのは、小高い丘の斜面に半分埋まるようにして存在する、苔むした石造りの入り口だった。かつてのカストゥール王国時代、前哨基地の地下倉庫として使われていたものらしい。
「ここですじゃ。重い石戸を開けたら、中からカサカサと嫌な音がして……恐ろしくてすぐ閉めやした」
「わかった。ここからは俺たちの仕事だ。村長さんは下がっていてくれ」 ライシンが短く応え、仲間たちと視線を交わした。
重厚な石の扉を、ライシンとロロが力を合わせてゆっくりと押し開ける。 カビと土のツンとした匂いが鼻を突いた。中は十メートル四方ほどの、窓のない四角い石室だった。
「陣形を組むぞ」 ライシンの低い声に、五人は瞬時にいつもの隊形を展開した。 中央にライシンがマジックブレイドの柄に手をかけて立ち、左にクォータースタッフを構えたロロ、右にショートソード(小剣)とバックラーを構えたカイル。後衛にはショートボウを引き絞るシリアと、ライトメイスを握るメリッサが控える。
「ロロ、灯りを。上も警戒しろ。百足は壁や天井を這う」 カイルの忠告と同時に、ロロが指輪のコモンルーンを小さく光らせる。
かすかな光が石室の奥を照らした瞬間。 「チチチチッ……!」 という耳障りな摩擦音とともに、天井の隅から全長ニメートルはあろうかという巨大な百足が二匹、うねるように壁を這い下りてきた。無数の足が石壁を叩く音が、嫌悪感を掻き立てる。
「上から来るぞ! 毒牙にだけは絶対にもらうな!」 ライシンが叫ぶ。
「一匹は私が牽制するわ!」 シリアの放った矢が、闇を裂いて右側の壁を這い下りる大百足の甲殻に突き刺さった。浅い傷だが、大百足は苛立ったように身をよじり、標的をシリアへと向け、壁から飛びかかってくる。
「後衛には行かせねぇよ!」 右脇を守るカイルが前に踏み出し、バックラーで大百足の突進を受け止めた。凄まじい衝撃にカイルの顔が歪むが、彼は即座にショートソード(小剣)を下から突き上げ、大百足の柔らかい腹部を容赦なくえぐった。
一方、左側ではもう一匹の大百足が、鋭い毒牙を打ち鳴らしながら前衛へ迫っていた。 「こいつ、動きが不規則だ……!」 ロロがクォータースタッフで距離を取りながら牽制するが、大百足は杖の軌道を縫うようにして、地を這いながら中央のライシンへと狙いを定めた。
「チアァァッ!」 大百足が鎌首をもたげ、ライシンの足元へ毒牙を剥き出しにして飛びかかる。
「……遅い」 ライシンは完全に静の体勢に入っていた。 低く身を沈め、柄に添えた手に全神経を集中させる。古代語魔法の詠唱すら必要ない。剣士としての純粋な技量のみ。
踏み込みと同時に、カチリと鍔が鳴る。 「シッ!」
鋭い呼気とともに放たれた、神速の居合一閃。 マジックブレイドの白刃が下から上へと見事な弧を描き、空中に飛び上がっていた大百足の頭部を真っ二つに斬り裂いた。
ドサリ、と嫌な音を立てて、大百足の死骸が二つに分かれて床に落ちる。 「カイル、そっちは!」 ライシンが素早く残心をといて右を振り返る。
「こっちも片付いたぜ! ロロが頭を叩き割ってくれた」 カイルの足元では、腹を刺され、ロロの杖で頭部を粉砕されたもう一匹の大百足が、最期の痙攣を起こしていた。
「誰も噛まれてないわね?」 メリッサが緊張した面持ちで前衛の三人を素早く確認する。 カイルの腕に甲殻で擦れた軽い傷はあったが、毒牙による傷はない。
「ああ。解毒薬(アンチドート)の出番はなしだ」 ロロが杖の血を払いながら、ニヤリと笑った。 「これで丸々、40ガメルの浮き(黒字)ってわけだ。最高の気分だな」
石室の奥には、他に魔物の気配はない。 駆け出し冒険者たちの、堅実で計算高い狩りは、今日も無傷で終わろうとしていた。
第四章 結末:村からの報酬と宿の親父
「おお……あの恐ろしい大百足どもを、怪我ひとつなく倒してくださったか!」
石室の安全が確認されると、村長は涙ぐみながらライシンたちの手を握りしめた。約束の報酬である銀貨(ガメル)100枚が入った革袋に加え、村で採れたばかりのみずみずしい大根やカブ、挽きたての小麦粉が詰まった袋が手渡される。
「現物の食糧は本当に助かるわ。これなら今週の食費を大きく浮かせられるわね」 メリッサが満足そうに野菜の詰まった袋を受け取る。
「解毒薬(アンチドート)も使わずに済んだし、文句なしの完全勝利だな」 ロロがニヤリと笑い、銀貨の入った袋を軽く叩いた。
五人は収穫物を手分けして担ぎ、夕暮れどきにいつもの「冒険者の宿」へと戻ってきた。 木の扉を開けると、店内は仕事を終えた労働者や他の冒険者たちの熱気と、肉を煮込む香ばしい匂いで満ちていた。
カウンターの奥から、腕組みをした頑固そうな宿の親父が声をかけてくる。 「おう、戻ったかライシン。村の親父さんから頼まれた大百足の件、うまく片付いたようだな」
「ああ、無事に終わった。誰も毒を受けずに駆除完了だ」 ライシンが答えると、親父はニッと不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、駆け出しにしては上出来だ。お前さんたちが持って帰ってきたその野菜と小麦粉、うちの厨房で預かってやろうか? 今夜の夕食の煮込みに使ってやるよ。その代わり、少しばかりスープを多めにしてやる」
「乗った! 親父さんの煮込み料理は絶品だからな」 カイルが嬉しそうに声を上げ、カウンターに荷物を置く。
酒場の片隅のテーブルに陣取った五人は、ロロを中心に早速収支の精算を始めた。
「よし、本日の精算だ。報酬100ガメル。事前に買った解毒薬2瓶の代金が40ガメルだが、これは使っていないからそのまま『資産』としてストックだ。実質の出費は宿までの往復の軽い軽食代2ガメルだけだな」
「残りは98ガメル。五等分すると一人あたり約19ガメルと銅貨6枚ね。手持ちの解毒薬2瓶は次回の探索にも回せるわ」 メリッサが羊皮紙に素早く数値を書き込む。
「大勝利だな。温かいスープと美味い飯、そして手元に残る確かな銀貨……これだから冒険者はやめられねぇ」 カイルがショートソード(小剣)の手入れを終え、差し出された熱々のスープ皿に手を伸ばした。
シリアも弓の弦を緩めながら、干し肉ではない温かい料理に笑みをこぼす。 「派手さはないけれど、こうして知恵を絞って生き残るのが私たちのやり方ね」
ライシンは静かに刀の手入れをしながら、一杯の安酒を口に含んだ。 自分たちの命と引き換えに得る、地味で堅実な日銭。明日もまた生きてこの宿のテーブルにつくために、彼らは手札を確かめ合っていた。