ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第五章:水路の影と失われた指輪
数日後。宿の酒場は相変わらずの賑わいを見せていた。 五人がいつものテーブルで干し肉とパンの朝食をとっていると、宿の親父が指に挟んだ一枚の張り紙を手に近づいてきた。
「おい、ライシン。お前さんたちにぴったりの仕事があるぞ」
親父がテーブルに放り投げた羊皮紙には、町の下水道・水路網の点検と、ある捜索依頼が書かれていた。
「町の裕福な商人が、街外れの古い水路敷地を散歩中に、代々伝わる『サファイアの指輪』を排水口に落としちまったそうだ。報酬は指輪の回収で銀貨120ガメル。水路内の害獣駆除の基本手当として銀貨30ガメルが保証されている」
「地下水路か……暗くて狭く、足場が悪い場所ね」 メリッサが眉をひそめる。
「水路に潜む魔物と言えば、ジャイアントフログ(巨大カエル)か、あるいは粘液状のモンスター(スライム)の類か」 シリアが弓の弦の調子を確かめながら呟いた。
「スライムが出たら打撃や斬撃は効きにくい。だが、ロロの持っているコモンルーンの『火』や、俺の古代語魔法(ソーサラー)の火球呪文(エネルギー・ボルト)が役立つな」 ライシンが短く分析する。
「狭い水路なら、前衛が横並びになって壁を作れば後ろの二人は安全だ。足元が滑りやすいのがネックだが……滑り止めの靴底(スパイク)を準備していけば問題ない」 ロロが手帳に持ち物リストを書き込み始めた。
「よし、親父。その依頼、俺たちが引き受ける」 ライシンの言葉に、宿の親父は満足そうに頷いた。
「おう、期待してるぞ。水路の泥でドロドロになって戻ってきたら、裏の井戸水を使わせてやるからな」
地下水路という劣悪な環境、滑る足場、そして不気味な地下生物。 知恵と工夫、そして徹底した事前準備で泥臭く生き抜く五人の冒険が、再び始まろうとしていた。
第五章:水路の影と失われた指輪(探索と戦闘)
冒険者の宿を出発する前、五人は市場へ寄り、麻布の端切れと荒縄を安値でいくつか買い込んでいた。
「地下水路の石畳は、長年の水垢と苔で酷く滑る。専用のスパイク靴(ブーツ)を買う余裕はないから、こうして靴底に粗い麻布を巻き付けて簡易の滑り止めにするんだ」 ロロの指示に従い、全員が足元をしっかりと固めてから、町はずれにある地下水路の鉄格子を開けた。
内部はひんやりと冷たく、淀んだ水とカビの匂いが鼻を突く。 「ロロ、灯りを頼む」 ライシンの低い声に応じ、ロロが指輪(コモンルーン)に魔力を通す。ぼんやりとした光が、足首まで浸かる濁った水と、ぬめりを帯びた石壁を照らし出した。
「陣形はいつも通りだ。私が中央、左にロロ、右にカイル。シリアとメリッサは後ろからついてきてくれ。足元が見えないから、一歩ずつすり足で進むぞ」 ライシンが腰のマジックブレイドに手を添え、慎重に歩みを進める。
「商人が指輪を落とした排水口は、この水路を二百メートルほど進んだ先にある大きな合流地点の真上よ。位置的にはもうすぐのはずだけど……」 メリッサが事前に確認した町の図面を思い出しながら背後から囁く。
「……待て。前方の水面が不自然に揺れている」 シリアがピタリと足を止め、前衛の三人に警告した。
水路の奥、壁際の暗がりから、低い「ゲコォ……」という奇妙な鳴き声が反響する。 「ジャイアントフログ(巨大カエル)か! 水底の泥に擬態して獲物を待っていたんだな」 カイルが右手にショートソード(小剣)を抜き放ち、左腕のバックラーを構える。
直後、濁った水面が大きく弾け、牛ほどもある巨大なカエルが二匹、暗闇から飛び出してきた。
「ゲロォォッ!」 右側にいた一匹が、口を大きく開け、粘液に塗れた長い舌を弾丸のように射出する。狙いはカイルだ。
「うおっ!?」 カイルは咄嗟にバックラーを構えて身をすくめた。舌は盾の表面にベチャリと張り付き、凄まじい力でカイルの身体を水路の奥へと引きずり込もうとする。
「カイルを引かせるな! 舌を斬る!」 中央に陣取るライシンが低く身を沈めた。 魔法の詠唱はない。水路の泥水に足を取られることなく、滑り止めの麻布がしっかりと石畳を掴む。
「……シッ!」 呼気と共に、カチリと鍔が鳴る。 極限まで研ぎ澄まされた居合の一閃。鞘から抜き放たれた白刃が、カイルを引っ張っていた巨大ガエルの舌を根本から正確に両断した。
「ギギャァァッ!?」 舌を失い、激痛にのたうち回るジャイアントフログ。
「ナイスだ、ライシン! 今度はこっちの番だぜ!」 舌の拘束から逃れたカイルが、盾を弾きながら前傾姿勢で水しぶきを上げ、ショートソード(小剣)をカエルの柔らかい腹部へと深々と突き刺した。一匹目が完全に沈黙し、水に浮かぶ。
しかし、もう一匹のジャイアントフログが、隙を突いて左側のロロへと巨大な体を躍らせてのしかかってきた。
「させないわ!」 後衛のシリアがショートボウの弦を引き絞り、矢を放つ。薄暗い水路の中でも、精霊の声を聴く彼女の矢は狂いなくカエルの眼球に突き刺さった。
「ゲェェッ!?」 「とどめだ!」 怯んで体勢を崩したカエルに対し、ロロがクォータースタッフの先端で頭部を強打する。脳震盪を起こして動きが止まったところを、ロロは素早くダガー(短剣)を引き抜き、脳天へ的確に刃を突き立てた。
水しぶきが収まり、水路には再び静寂が戻った。
「……終わったな。カイル、引きずられた時に怪我は?」 ライシンがマジックブレイドの刃についた粘液を布で拭い、鞘に納めながら尋ねる。
「大丈夫だ。バックラーに張り付いただけだからな。滑り止めの布を巻いてなかったら、そのまま水底に引きずり込まれてたぜ」 カイルが苦笑いしながら、盾にこびりついたカエルの舌をナイフ(小刀)で削り落とす。
「二人とも無事でよかったわ。……あ、見て。あそこの天井にある鉄格子、あれが商人が指輪を落とした排水口じゃないかしら」 メリッサがロロの指輪の光を頼りに、頭上を指差した。
その真下は、少し水深が深くなっており、泥が溜まっていた。 ロロが杖の先で泥の中を探ると、カチン、と硬い音が鳴る。彼が袖をまくって泥水の中に手を突っ込むと、泥にまみれながらも青く澄んだ光を放つ『サファイアの指輪』が握りしめられていた。
「ビンゴだ。カエルに飲み込まれる前で助かったぜ」 泥だらけの指輪を布で拭きながら、ロロが満足げに笑う。
「よし、目的の品は回収した。長居は無用だ、宿へ帰るぞ」 ライシンの言葉に、全員が頷いた。 悪臭漂う地下水路での戦いは、彼らの徹底した事前準備と連携によって、今回も手堅い勝利と成果をもたらしたのだった。
第五章 結末:泥まみれの報酬と旅立ちの予感
地下水路から這い出した五人は、泥とヘドロの悪臭にまみれながらも、商人の屋敷へと直行した。
美しい青の輝きを取り戻した『サファイアの指輪』を布に包んで差し出すと、ふくよかな商人は涙を流して喜び、約束通り指輪の回収報酬120ガメルと、害獣駆除の基本手当30ガメル、合計150ガメルがぎっしり詰まった革袋をロロに手渡した。
「よし、大仕事の後は宿へ帰って身を清めるぞ……臭くてたまらん」 カイルが鼻をつまみながら歩き出す。
冒険者の宿へ戻ると、宿の親父が顔をしかめながらも、約束通り裏の井戸水とタライを貸してくれた。冷たい井戸水で泥と匂いを洗い流し、さっぱりとした顔でいつものテーブルへ着く。
「さて、本日の精算だ」 夕食の黒パンと塩漬け肉のスープを前に、ロロが銀貨の山を広げた。 「報酬の合計は150ガメル。今日の経費は、市場で買った麻布と荒縄の代金が5ガメル。残りは145ガメルだ。五等分すると、一人あたり29ガメルだな」
「今回は危険な割に実入りがいいわね。靴底に布を巻く工夫がなければ、怪我の治療費でもっと経費が嵩んでいたはずだわ」 メリッサが満足げに自分の分の銀貨を革袋にしまう。
「ああ。地味な下準備こそが、一番の身を守る盾になる」
ライシンも深く頷き、スープをすすった。
食事が進み、心地よい疲労と満腹感がテーブルを包んだ頃、ロロがふと真面目な顔つきで地図を広げた。
「なあ、みんな。俺たち、このラムリアースの町でいくつか依頼をこなして、少しずつだが資金(なけなしの金)と野営の道具が整ってきただろう」 ロロの言葉に、全員の視線が集まる。
「そろそろ、この町を出て『アレクラスト大陸』を巡ってみないか? 行商人の護衛や、他の地方の遺跡調査なんかを請け負いながら、もっと割のいい、堅実な稼ぎ口を探すんだ」
「大陸を巡る……悪くないわね。私も故郷の森を出てから、まだこの周辺しか知らないもの。色々な土地の自然や精霊と触れ合ってみたいわ」 シリアが目を輝かせて賛同する。
「吟遊詩人(バード)としても大賛成だ。新しい町に行けば、新しい詩や歌のネタが手に入るしな」 カイルもショートソード(小剣)の柄を叩いて笑った。
「それで、最初の目的地はどこにするの?」 メリッサがセージ(賢者)の視点で地図を覗き込む。
ロロが地図の一点を指差した。 「『剣の国オーファン』だ。冒険者の数が多くて競争も激しいが、その分、大小さまざまな依頼がギルドや宿に集まってくる。俺たちみたいに『デカい手柄は狙わず、確実な日銭を稼ぐ』堅実なパーティーなら、隙間産業的な依頼が必ずあるはずだ」
「オーファンか……魔術師ギルドも活発な国だ。俺の古代語魔法(ソーサラー)の修行にもなるかもしれない」 ライシンが腕を組み、静かに同意を示した。
「よし、決まりだ。数日かけて干し肉や保存食、野営のための水袋を買い揃えよう。準備ができ次第、ラムリアースを発つぞ」
世界を救うための壮大な旅立ちではない。あくまで、より安定した日銭と、自分たちの知恵と工夫を活かせる「次の仕事場」を求めての移動だ。
馬車を雇う余裕などない彼らは、己の足で街道を歩くことになる。 五人の駆け出し冒険者たちは、大陸の広大な空の下へ向けて、確かな一歩を踏み出そうとしていた。