第11章:凍てつく海峡
津軽海峡を越える特務チームの大型輸送機は、猛烈な吹雪に機体を軋ませていた。
モニターが映し出す北海道・函館市は、分厚い雪雲と白魔に覆われ、視界は最悪だった。
「……NGM社の超音速輸送機は、函館港の旧貨物ターミナルに着陸したわ。そして現在、海側から接近した大型砕氷船とドッキング中よ」
『炎陽』のコクピットで、鷹司冴子が凍りつくような冷ややかな声で報告した。
「砕氷船……まさか、シベリア連合国の正規軍か!?」
榊健吾が唸る。シベリア連合国は、かつてのソ連崩壊後に独立し、新たにO.C.U.へと加盟した北の軍事大国だ。彼らは極寒冷地でのヴァンツァー運用において世界最高峰の技術を持っている。
「その通りよ。NGM社はチャージを終えたM.I.D.A.S.のコアを、シベリア連合軍に引き渡すつもりだわ。彼らをパトロンにし、世界規模の軍事バランスを根底からひっくり返す気よ」
鷹司の言葉に、チームの間に張り詰めた空気が流れる。
「冗談じゃねえ、そんなモンがO.C.U.の手に渡ったら、日本は二度と立ち直れなくなるぜ!」
巽恭平が『強警』の駆動系をアイドリングさせながら叫んだ。「全機、突入の準備はできてる。降ろしてくれ!」
猛吹雪の中、四機のヴァンツァーが函館港へと降下(ドロップ)する。
着地した瞬間、機体の関節部(アクチュエーター)に雪がこびりつき、著しく機動性が削がれた。市街地戦仕様の強警にとっては最悪の環境だった。
「チッ、関節が凍りつきそうだぜ……!」
「雪中戦の基本を忘れるな、巽巡査部長。無理な急加速は姿勢制御を失うぞ」
自衛官として北海道での冬季演習経験を持つ榊の『強盾』が、安定した足取りで前衛に出る。
ターミナルの中央では、NGM社の輸送機から巨大なコンテナが砕氷船へと移し替えられようとしていた。そしてその周囲には、分厚い増加装甲と寒冷地用ホバーを備えたシベリア連合軍の重ヴァンツァー部隊が陣形を組んでいる。
『Враг обнаружен!(敵機発見!)』
シベリア軍が特務チームの接近を察知し、容赦のない重火器の弾幕を張ってきた。吹雪を切り裂いて飛来するロケット弾の雨を、榊の強盾がシールドで受け止める。
「重い……! さすがは極北の正規軍、これまでの連中とは火力の桁が違う!」
榊が機体を後退させながらマシンガンで応戦するが、シベリア軍の重装甲には弾かれてしまう。
「榊一尉、耐えてください! 熱源センサー、同調(リンク)します!」
後方の雪山に陣取った汐見葵の『陣陽』が、吹雪で視界がゼロの中、鷹司の『炎陽』から送られてくる熱源データだけを頼りに狙撃を開始する。
放たれた徹甲弾が、シベリア軍ヴァンツァーの排熱ダクトを正確に撃ち抜き、一機を内部から爆発させた。
「見事よ。私も面制圧で敵の陣形を崩すわ!」
鷹司の炎陽が、雪雲を突いてマイクロミサイルの雨を降らせる。爆炎が雪を溶かし、シベリア軍の足並みが乱れた。
「待たせたな、お巡りさんのご到着だ!」
雪を溶かす爆炎の熱を利用し、関節の凍結を解いた巽の『強警』が猛然とダッシュする。シベリア機の懐に潜り込み、格闘用ロッドで極寒仕様の厚い装甲の「継ぎ目」を正確に狙い打つ。警察官としての精密な制圧術が、重装甲の巨体を次々と地に伏せさせていった。
「押し切るぞ! コアの引き渡しを阻止しろ!」
榊と巽が連携して前衛をこじ開け、コンテナの積載作業を行っていた砕氷船のタラップへと肉薄する。
だがその時、NGM社の輸送機から突如として閃光弾(フレア)が放たれ、周囲は完全に光と雪に包まれた。
「なんだ!?」
目が眩むような光の中、砕氷船のスピーカーから、シベリア軍の怒号が響き渡る。
『Обман!(騙された!)』
「……どういうことだ、鷹司局員!?」
視界が回復した巽が見たのは、シベリア軍の砕氷船に積み込まれたコンテナが内部から爆発し、ただのダミーであったことが発覚した光景だった。怒り狂ったシベリア軍は、特務チームではなく、逃走を図るNGM社の輸送機へと砲火を向け始めたのだ。
「……NGM社は最初から、シベリア連合国をパトロンにする気などなかったのよ」
鷹司が、炎陽のメインモニターに新たな解析データを展開する。
「彼らはシベリア軍すら『時間稼ぎの囮』に使った。……本物のM.I.D.A.S.コアは、函館港の地下を走る青函トンネルの旧保守用ラインを利用して、すでに本州へとUターンしているわ!」
「味方になるはずのO.C.U.勢力すら騙して、どこへ逃げる気だ!?」榊が驚愕する。
「太平洋側を南下しているわ。次の目標地点は……宮城県・仙台市!」
鷹司の声に、かつてない焦燥が混じっていた。
「NGM社は、M.I.D.A.S.を特定の国家に売り渡すのではなく、彼ら自身の手で『実戦投入』して世界を脅迫する気よ。仙台の旧軍事施設跡地……おそらくあそこが、M.I.D.A.S.を搭載した無人機動兵器の最終発射基地(サイロ)だわ!」
吹雪の函館港に取り残され、互いに騙された特務チームとシベリア軍。
だが、彼らに立ち止まっている時間はない。M.I.D.A.S.という悪夢の起動を止めるため、四人は再び機首を南へ――決戦の序曲が鳴り響く仙台へと向けた。