第12章:虚無のサイロ
太平洋の荒波を越え、特務チームの大型輸送機は宮城県・仙台市の上空へと差し掛かっていた。
目標は、市の西部に広がる山間部——かつて日防軍が極秘のミサイル防衛実験を行っていたとされる、廃絶された地下サイロ群である。
「……信じられないエネルギー反応よ。NGM社は地下サイロの旧式ジェネレーターを暴走寸前までオーバードライブさせている」
『炎陽』のモニター越しに、鷹司冴子がかつてなく切羽詰まった声を上げた。
「発射シークエンスに入っているということか!?」
榊健吾が『強盾』のシールド用グリップを強く握りしめる。
「ええ。M.I.D.A.S.を搭載した弾道ミサイル……あるいは無人機動兵器を、大気圏外軌道へ打ち上げる気よ。そこからなら、世界のどの都市にでもM.I.D.A.S.を落とせる。彼らは世界全体を人質にするつもりだわ!」
「させっかよ! 宇宙(そら)に上がる前に、そのドタマを叩き割る!」
巽恭平が吼え、輸送機のハッチが開くと同時に『強警』を虚空へと躍らせた。
四機のヴァンツァーが、仙台の山中へパラシュート降下する。
彼らを待ち受けていたのは、外国勢力の特殊部隊ではなく、NGM社が独自に開発した最新鋭の無人防衛ヴァンツァーの群れだった。利益度外視で作られたその機体群は、異様なまでの重装甲と高出力を誇っていた。
「民間企業の私兵が、ここまでの軍事力を持つ時代になっちまったか……!」
榊の強盾が着地と同時に前へ飛び出し、無人機部隊が放つミサイルとガトリングの雨をシールドで真正面から受け止める。新潟の時のように民間施設を気にする必要はない。榊はシールドの裏にマウントしていた重ロケットランチャーを引き抜き、敵の密集陣形へ向けて豪快に放った。
「ここは山の中だ! 遠慮はいらないわね、鷹司局員!」
汐見葵の『陣陽』が山腹の斜面に機体を固定し、長距離狙撃用ライフルに最大火力の炸裂徹甲弾を装填する。
「ええ、全弾撃ち尽くしなさい。……『炎陽』、フルオープン!」
鷹司の炎陽が両肩、両脚にマウントされたすべてのミサイルポッドを展開する。
夜の山中が、昼間のように明るく染まった。
陣陽の狙撃が敵機の関節や武装を正確に破壊し、そこへ炎陽の無数のミサイルが絶え間なく降り注ぎ、NGM社の無人機部隊を文字通り火の海へと沈めていく。
「道が開いたぜ! 一尉、行くぞ!」
圧倒的な弾幕支援を受け、巽の強警と榊の強盾がサイロの分厚い防爆扉へと肉薄する。榊の強盾が残る全火力を扉のロック機構に叩き込み、巽の強警がスラスターを最大出力にして、ロッドの刺突と共に扉を蹴り破った。
「発射管制室を制圧する!」
強警と強盾が地下サイロの最深部へと雪崩れ込む。
巨大なカウントダウンが赤く明滅するモニター群。中央には、天に向かってそびえ立つ巨大なロケットブースターが設置されていた。
「時間がない! 鷹司、システムは間に合うか!?」
巽が叫ぶ中、後れて突入した鷹司の炎陽が管制メインフレームに物理ケーブルを突き刺す。
「……システムにプロテクトがかかっている。ハッキングしている暇はないわ。榊一尉、巽巡査部長! ブースターの基部、燃料パイプラインを物理的に破壊しなさい!」
「了解!」
榊の強盾がブースターの基部へ向けてマシンガンを掃射し、巽の強警がロッドで燃料バルブを次々と粉砕していく。高圧の冷却ガスが噴き出し、施設内に警報音が鳴り響く。
『警告。メインブースターへの圧力低下。発射シークエンスを強制停止します』
無機質な電子音声が響き、赤く明滅していたカウントダウンが「00:03」で完全に停止した。
「……止まった。やったぞ!」
巽がコクピットで大きく息を吐き出し、強警のロッドを下ろす。
しかし、管制フレームに接続していた鷹司の炎陽は、微動だにしていなかった。
「……鷹司局員?」
不審に思った汐見が通信を入れる。
「……騙されたわ。私たちも、世界中も」
鷹司の震える声が、通信回路に響いた。
「どういうことだ?」榊が問う。
「このサイロ……『空っぽ』よ。ロケットブースターの中には、M.I.D.A.S.はおろか、弾頭すら積載されていない」
「なんだと!? じゃあ、この大掛かりな発射準備はなんだったんだ!」
「ただの巨大な『送信アンテナ』よ」
鷹司が管制モニターのデータをチーム全員に共有する。
「NGM社は、このサイロの莫大な電力を利用して、極東全域の軍事衛星と通信インフラを完全にジャックしたの。……彼らの本当の目的は、宇宙への発射じゃない。国家の中枢への『直接的な死刑宣告』よ」
モニターの画面が切り替わり、NGM社のCEOと覚しきスーツ姿の男の映像が映し出された。録画された犯行声明だ。
『——旧態依然とした大国と、それに群がるハイエナたちへ。M.I.D.A.S.はもはや、我々NGM社の手にある。我々はこれより、無能な国家の象徴を焼き払い、新たな時代の覇者となる。標的は……日本国・東京』
映像が消え、代わりに衛星カメラが捉えた現在の映像が映し出された。
「嘘でしょう……」
汐見が絶句する。
東京湾。
静かな夜の海を割って、巨大な黒い影が浮上していた。
それは、松山の造船所で作られていた巨大潜水艦をベースに、佐世保のプラント、新潟でチャージされたエネルギー、そして全てのM.I.D.A.S.コアパーツを組み込んで完成した、超巨大機動要塞(モバイル・フォートレス)だった。
「奴らは最初から、M.I.D.A.S.を宇宙から落とす気なんてなかった。東京湾に要塞ごと浮上して、首都のど真ん中で起爆させる気だ!」
榊がギリッと歯を食いしばる。
「国家情報会議……総理大臣をはじめとする政府要人は全員、東京の地下シェルターに避難しているはずよ。でも、M.I.D.A.S.が東京で直爆すれば、シェルターごと首都圏は完全に消滅するわ」
鷹司の言葉に、絶望的な沈黙が落ちた。
各国の特殊部隊を日本中で振り回し、最後は自国軍である特務チームすらも仙台のダミーサイロに釘付けにした。全ては、東京を無防備にするための壮大な罠だったのだ。
「……まだだ。まだ終わっちゃいねえ」
沈黙を破ったのは、巽だった。強警がスラスターを吹かし、再び地上へと向けて歩き出す。
「M.I.D.A.S.が起爆するまでに、まだ時間はあるんだろ。なら、あのバカでかい要塞に乗り込んで、直接コアを引きずり出すだけだ」
「巽巡査部長の言う通りです。泣き言を言っている暇はありません」
汐見の陣陽も、ライフルの残弾をチェックして立ち上がる。
「日本の防衛を、一介の企業に好き勝手にはさせん。……我々が止める」
榊の強盾が、決意を込めてシールドを構え直した。
鷹司は小さく息を吐き、炎陽のメインカメラを南——東京の方角へと向けた。
「……ええ。私たちの国は、私たちが守り抜くわよ。全機、直ちに輸送機へ帰還。これより本国の中枢、東京・最終防衛ラインへ向かう!」
日本全国を駆け巡った死闘の果て。
すべての因縁と陰謀が集結する帝都・東京へ向けて、四人の防人たちは最後の戦いへと飛び立った。