第13章:帝都の夜明け
東京湾。かつて無数の商船が行き交った平和な海は、今や絶望の海へと変貌していた。
夜の闇を割って浮上したNGM社の超巨大機動要塞は、まるで海に浮かぶ鋼鉄の山脈だった。その中心部で、世界を灰燼に帰す悪夢の兵器『M.I.D.A.S.』の臨界カウントダウンが、無機質に時を刻んでいる。
「目標、眼下。防空レーダーの網の目など関係ないわ。あの巨大な図体そのものが標的よ」
特務チームを乗せた輸送機が、決死の超低空飛行で要塞の直上へと迫る。
『炎陽』のコクピットで、鷹司冴子が最終確認のホログラムを展開した。
「M.I.D.A.S.の起爆まで残り五分。物理的な破壊は誘爆を招くわ。中枢の制御ターミナルに直接物理ケーブルを繋ぎ、私とNIAの総力を結集した強制停止コードを叩き込む。……チャンスは一度きりよ」
「上等だ。俺たちの国で、勝手な花火は上げさせねえ」
巽恭平が『強警』のショットガンに徹甲弾を装填し、ハッチの前に立つ。
「これより先は、後戻りのきかない死地だ。……だが、我々がやらねば誰がやる」
榊健吾が『強盾』のシールドを構え、深く息を吐き出した。
「風速、気温、視界……すべて最悪。でも、私の狙撃(め)は誤魔化せませんよ」
汐見葵が『陣陽』のライフルを愛おしそうに撫でる。
「全機、降下(ドロップ)!」
鷹司の号令と共に、四機のヴァンツァーが炎に包まれた東京湾へと身を躍らせた。
彼らを迎撃すべく、要塞の甲板から無数の対空砲火が火を噴く。夜空が曳光弾の赤い斜線で埋め尽くされる中、汐見の陣陽が空中で姿勢を制御し、降下しながらライフルの引き金を引いた。
「まずは、目障りな対空砲(ハリネズミ)の針を抜きます!」
空を切り裂く徹甲弾が、要塞の対空火器管制レーダーを次々と粉砕していく。
「見事よ汐見! 榊、巽、突破口を開くわ!」
着艦と同時に、鷹司の炎陽が全ミサイルポッドを解放した。甲板を埋め尽くしていたNGM社の防衛ヴァンツァー部隊が、圧倒的な爆炎に飲み込まれ、分厚い装甲隔壁が飴細工のように吹き飛んだ。
「おらァッ! 道を開けな!」
開かれた大穴へ、巽の強警が猛然と突入する。
要塞の最深部、巨大な冷却タンクに囲まれた中枢区画。そこには、赤黒い光を放つM.I.D.A.S.のコアデバイスと、それを守るように立ち塞がる一機の異形が待ち受けていた。
通常のヴァンツァーの倍近い体躯。両腕に装備された巨大な荷電粒子砲。NGM社が総力を挙げて開発した、規格外の重装甲機動兵器だ。
『……ここまで辿り着いたことは褒めてやろう、国家の番犬ども。だが、新時代の幕開けは誰にも止められない!』
外部スピーカーから、NGM社のCEOの狂気に満ちた声が響き渡る。
同時に、異形の機体から放たれた極太の荷電粒子砲が、中枢区画の空間そのものを焼き尽くす勢いで迫ってきた。
「直撃させるか……ッ!」
榊の強盾が、ブースターを限界まで吹かして強警の前に躍り出る。
対光学コーティングを施された分厚いシールドで粒子砲を受け止めるが、凄まじい熱量にシールドの表面がドロドロと溶け出し、強盾の装甲が赤熱していく。
「榊一尉! ムチャだ、装甲がもたねえ!」巽が叫ぶ。
「行け、巽ッ! 私は自衛官だ! 国を守り、仲間を守るのが私の……強盾の使命だァァッ!」
機体が軋み、警告アラームが鳴り響く中、榊は一歩も退かずに敵の最大火力を受け止め続けた。
「……一尉の覚悟、無駄にはしません!」
要塞の天井部に陣取った汐見の陣陽が、最後の一発を装填する。
「装甲の隙間、排熱ダクト……そこだッ!」
放たれた弾丸が、荷電粒子砲の砲身の付け根を貫く。エネルギーの逆流を起こした敵機の右腕が、内部から激しい爆発を起こして吹き飛んだ。
「鷹司局員、コードを寄越せ! 俺が決める!」
「頼んだわよ、巽恭平!」
炎陽から送信された強制停止プログラムを受信し、巽の強警が地を蹴った。
右腕を失いながらも左腕で迎撃しようとするNGM機。しかし、強警はそれを紙一重で躱し、右手のショットガンを敵機の膝関節に叩き込んで体勢を崩させる。
「警察のガサ入れは、徹底的にやる主義でね……!」
左腕の格闘用ロッドが唸りを上げ、NGM機のコクピットブロックを完全に沈黙させた。
強警はそのままM.I.D.A.S.のメインコンソールへと飛び込み、マニピュレーターで物理ケーブルを乱暴に突き刺した。
モニターの起爆カウントダウンは、すでに「00:05」を切っている。
「止まれ……止まりやがれェェッ!」
巽が操縦桿を強く握りしめる。
鷹司の構築したウイルスコードが、NGM社の強固なプロテクトを次々と食い破っていく。
00:03。
00:02。
00:01。
……プツン、という小さな電子音と共に。
赤黒く脈打っていたM.I.D.A.S.のコアが、ふっと光を失い、沈黙した。
「……臨界プロトコル、停止。M.I.D.A.S.の無力化を確認したわ」
通信回路に響く、鷹司の深く、震えるような安堵の声。
「……やった……のか」
強盾のコクピットで、全身汗だくになった榊が、焼け焦げたシールドを下ろす。
「ええ。私たちの勝ちよ」
汐見の静かな声が、それに続いた。
数時間後。
夜が明け、東京湾の水平線から昇る朝日が、活動を停止した巨大要塞と、その甲板に並び立つ四機のヴァンツァーを黄金色に照らし出していた。
神奈川から始まり、神戸、松山、佐世保、浜田、金沢、新潟、函館、仙台……そして帝都・東京。
日本を一周する死闘を繰り広げた彼らの機体は、どれも煤け、装甲は剥がれ、満身創痍だった。
要塞の甲板に降り立った四人は、海風に吹かれながら、朝焼けに染まる東京の高層ビル群を見上げていた。
「ひどいツラだな、一尉。お堅い自衛官には見えねえぜ」
巽が、煤で汚れた顔を拭いながら笑いかける。
「お前こそ、そのボロボロのシャツはどうにかしろ。始末書ものだぞ」
榊が、疲労を隠しきれない顔で、しかし確かに口角を上げて言い返した。
「まあ、今回ばかりは大目に見てくれるんじゃないかしら。世界を救ったのだから」
鷹司が、乱れた髪をかき上げながらフッと微笑む。その手には、完全に回収されたM.I.D.A.S.のコアデータが収められた端末が握られていた。
「しばらくは、海を見るのはごめんですけれどね」
汐見が小さく背伸びをして、穏やかな海面を見つめる。
「違いない。……さて、仕事(ヤマ)は終わった。帰ろうぜ、俺たちの日常に」
巽の言葉に、三人は静かに頷いた。
国家の影で蠢いた陰謀は打ち砕かれ、未曾有の危機は四人の防人たちによって退けられた。
彼らの名前が歴史の表舞台に出ることは決してない。しかし、彼らが守り抜いた朝日は、今日も確かに、この国を照らしている。
(了)