プロローグ:鋼の番犬たち、再び
東京湾を火の海に変えかけた『M.I.D.A.S.』を巡る未曾有のテロ事件から、半年。
神奈川県・横須賀沖に浮かぶ、海上自衛隊と国連機関が共同管理する極秘の人工島施設。その広大な地下ハンガーに、四つの足音が響いていた。
「急な出向辞令だと思ったら、またこの顔ぶれかよ。警察の所轄じゃ、俺がまた何かやらかして左遷されたって噂でもちきりだぜ」
よれよれのスーツのポケットに手を突っ込みながら、巽恭平がぼやいた。
「半年前、命令を無視して単機で敵要塞に突っ込んだ男だ。そう噂されても文句は言えまい」
隣を歩く榊健吾が、自衛官の制服を隙なく着こなしながら真顔で返す。その胸元には、前回の功績によって授与された新たな徽章が光っていた。
「相変わらずですね、お二人とも。少しは平和な日常を満喫できましたか?」
後ろから、海上保安庁の制服に身を包んだ汐見葵が、微かな笑みを浮かべて二人に追いつく。
「平和な日常……と言いたいところだけれど、世界はそう長くは休ませてくれないみたいね」
先頭を歩いていた鷹司冴子が振り返った。国家情報局(NIA)の冷徹なエリートである彼女の瞳には、半年前と同じ、いやそれ以上の鋭い光が宿っていた。
「今回の辞令……名目は『国連平和維持部隊(PKO)多国籍タスクフォースへの出向』よ。大国間の戦争リスクが減った代わりに、今は無人機(ドローン)や自動運転兵器を使った姿なきサイバーテロが世界中で頻発している。私たちはその根絶のため、国境を越えて派遣されることになったわ」
鷹司の言葉に、巽たちが表情を引き締めたその時。
ハンガーの奥から、乾いた拍手の音が響いた。
「いやあ、素晴らしい! さすがは東京を救った英雄たち、顔合わせの数分でもう臨戦態勢ってわけだ!」
現れたのは二人。
一人は、航空自衛隊のフライトジャケットをラフに羽織り、陽気な笑みを浮かべる長身の男。
もう一人は、防衛装備庁のロゴが入った白衣を纏い、片手でタブレットを操作しながら無表情に歩く、怜悧な顔立ちの女だった。
「初めまして、特務のお兄さんお姉さん方。俺は荒田修吾(あらた しゅーご)。今回のタスクフォースで、あんたらの足となる航空輸送と現地サポートを担当する。よろしくな!」
荒田が気さくに右手を挙げる。
「……牧野理沙(まきの りさ)です。技術支援、および補給・兵站を担当します」
牧野は荒田の陽気さには一切付き合わず、冷淡な声で淡々と自己紹介を済ませた。
「挨拶はこれくらいにして、本題に入りましょう。あなた方に支給される『新しい剣』の紹介です」
牧野がタブレットの画面をスワイプすると、暗かったハンガーの照明が一斉に点灯した。
眩い光の中、整備デッキに鎮座する四機の真新しいヴァンツァーがその威容を現した。
「おお……ッ!」巽が思わず声を漏らす。
「これからのテロ対策は、ハッキングと無人機が相手の非対称戦になります。旧時代の機体では対応できません。よって、本タスクフォースには最新鋭の『春(ハル)』シリーズが特別配備されました」
牧野はタブレットを操作し、一機ずつハイライトさせていく。
「まず鷹司局員。あなたの乗機は霧島重工製『111式春陽(しゅんよう)』。電子戦と対ECMに特化し、後方からのミサイル支援と部隊指揮を担うベース機体です」
「素晴らしいわ。これなら敵のドローン群のネットワークも容易に掌握できる」鷹司が満足げに頷く。
「次に巽巡査部長。あなたは『112式法春(ほうしゅん)』。春陽のフレームをベースに機動性を極限まで高め、インファイトに特化させた強襲機です。無人機相手でも、あなたの操縦反応速度に追従できるはずです」
「へへっ、こいつはいい。前の機体よりずっとピーキーで、暴れ甲斐がありそうだ」巽が法春のシャープな装甲を撫でる。
「続いて榊一尉。あなたの機体は……『113式強春(きょうしゅん)』です」
その名を聞いた瞬間、榊の目の色が露骨に変わった。
「強春だと……? 霧島重工の春陽との次期主力機採用トライアルに敗れ、歴史の闇に消えたはずのイグチ製の幻の機体じゃないか!」
「ご名答です。正式採用は逃しましたが、極厚の装甲と超大型タワーシールドによる『絶対的な防動力』は、前線を支えるディフェンダーとして最適と判断し、私がイグチの倉庫から引っ張り出して特別仕様にチューンしました」
「……感謝する、牧野技術官。最高の一機だ」榊は、武骨で巨大な強春のシールドを見上げ、武者震いするように拳を握った。
「最後に、汐見三保正。あなたの機体は『114式春陰(しゅんいん)』です」
最後に照らされたのは、光を吸い込むようなステルス塗料で覆われた、ひときわ異彩を放つ機体だった。
「春陽(陽)に対する、春陰(陰)。私のオリジナルカスタム機です。徹底的な排熱カットと消音駆動を実現しました。どこからでも、敵の中枢システムだけを音もなく撃ち抜いてください」
「……まるで、影そのものですね。私の狙撃術、この機体で完璧に証明してみせます」
汐見が、愛おしそうに春陰の長距離狙撃用ライフルに触れた。
四人の顔に、新たな相棒を手に入れた確かな高揚感が浮かぶ。
それを見て、荒田がニヤリと笑った。
「機体の説明が終わったなら、さっそく仕事の時間だぜ。上の連中から、最初の出撃命令(オーダー)が下りてる。行き先は赤道直下、シンガポールだ」
「息つく暇もないわね。……でも、悪くないわ」
鷹司が振り返り、新たなチームメンバーたちを見渡した。
「これより私たちは、国連PKOタスクフォースとして行動する。生身での潜入、情報収集、そしてヴァンツァーによる脅威の排除……任務のハードルは格段に上がるわよ。準備はいいわね?」
「応ッ!」
姿なきテロリストたちを討つため。
新たな力『春シリーズ』を得た四人の防人たちと、二人の方舟の守り手は、今再び、硝煙の舞う空へと飛び立っていった。