第2章:熱砂の無人兵団
中東、ルブアルハリ砂漠。
「空虚の地」と呼ばれる見渡す限りの熱砂の海を、猛烈な砂嵐が吹き荒れていた。
視界が数メートルにまで遮られる過酷な環境の中、保護色に偽装されたポンチョを深く被った巽恭平と榊健吾は、砂丘の谷間に半ば埋もれた旧世代の石油精製プラント跡地へと潜入していた。
「ひでえ暑さだ……。シンガポールから送られたデータの終点が、こんな砂漠のど真ん中の廃墟だとはな」
巽が、ゴーグルの上に積もった砂を払いながらぼやく。彼の手には、砂塵対策が施されたアサルトライフルが握られていた。
「文句を言うな。テロリストにとって、人が寄り付かない場所ほど安全なサーバー室(データセンター)はない」
榊が、廃プラントの分厚い防爆扉に小型のプラズマトーチを当てながら返す。「……よし、ロックを焼き切った。突入する」
赤熱した扉を蹴り開けると、外の熱砂とは対極の、冷え切った人工的な空気が二人を包み込んだ。
巨大なプラントの内部は、無数のサーバーラックと冷却装置で埋め尽くされていた。これが、世界中で暗躍する無人機テロを裏で操る中継拠点の一つだ。
「鷹司局員、牧野技術官。端末への物理アクセスに成功したぜ」
巽がサーバーのコンソールにハッキングデバイスを取り付け、通信を繋ぐ。
『データリンク確認。……素晴らしいわ。テロ組織の暗号化プロトコルの第二層を突破。牧野、吸い上げを』
上空、砂嵐のさらに上層で旋回する輸送機の中から、鷹司冴子の冷静な声が響く。
『了解。……ですが、妙ですね。施設の防衛システムが完全に沈黙しています。トラップの気配も――』
牧野理沙がタブレットを操作しながら言いかけたその時、プラントの奥深くから、地鳴りのような重低音が響き始めた。
「……トラップじゃない。連中、最初から『物理的』にここを潰す気だったんだ!」
榊がアサルトライフルを構え直す。
プラントの奥から姿を現したのは、シンガポールで遭遇した改造テクニカルなどとは次元の違う、完全な軍用無人ヴァンツァー部隊だった。
砂地での機動力を極限まで高めた四脚型の多脚ヴァンツァー群。その背部には、無人機ならではの反動を無視した大口径の滑腔砲が搭載されている。
「チッ、生身の人間相手に持ち出すオモチャじゃねえぞ!」
巽と榊が柱の陰に飛び込んだ瞬間、四脚無人機が放った無慈悲な砲弾が、二人がつい先程までいたコンソールをサーバーごと粉砕した。彼らは機密保持のため、拠点そのものを破壊するようプログラムされているのだ。
「荒田! 上空から『春』を降ろせ! このままじゃ丸焼きだ!」
『無茶言うなよ! この砂嵐の中でのピンポイント投下なんて、マニュアルにも載ってねえぞ!』
通信越しに荒田修吾が悲鳴のような声を上げるが、輸送機のハッチはすでに開かれていた。
『まあ、俺の腕ならやれるけどな! 落とすぜ!』
猛烈な砂嵐を突き破り、二つの巨大な鋼鉄の塊が廃プラントの天井をぶち破って降臨する。
巽と榊は降り注ぐ瓦礫を躱しながら、着地と同時に展開された自分たちの愛機へと滑り込んだ。
「待たせたな、鉄クズども。ここからが本番だ!」
巽の『112式法春』が、起動と同時に猛然とダッシュする。四脚機の滑腔砲が火を噴くが、法春はスラスターの瞬発的な噴射で砂丘をスケートのように滑り、砲弾を紙一重で回避。手にしたショットガンで敵機の関節部を正確に吹き飛ばす。
「無人機の照準は極めて正確だ。だが、予測可能な『最適解』しか選ばない!」
榊の『113式強春』が前衛に躍り出る。敵の集中砲火を、強春は超大型タワーシールドを砂地に突き立て、機体を固定して真正面から受け止めた。
装甲が軋み、衝撃で砂が爆発したように舞い上がるが、イグチ製の極厚装甲は決して貫かれない。榊はその鉄壁の防御の裏から、重機関砲で正確なカウンターを撃ち込んでいく。
『前衛部隊、機体の排熱(アクチュエーター・テンパレチャ)に注意してください。砂漠環境での連続稼働は、機体に深刻なダメージを与えます』
牧野の冷静な警告が飛ぶ。
「短期決戦で沈めるわよ! 汐見、射線は取れる!?」
上空から降下してきた鷹司の『111式春陽』が、強烈なジャミング電波を放射して四脚無人機の連携ネットワークを乱す。
『砂嵐で視界はゼロ……ですが、問題ありません』
プラントから数キロ離れた岩山。吹き荒れる砂嵐の中で、完璧な砂漠迷彩を施した『114式春陰』が、息を潜めていた。
汐見葵は春陰のメインカメラを切り、鷹司の春陽から送られてくる熱源データと環境データのみをリンクさせる。
「風速、気温、砂の密度……すべて計算内。——抜きます」
音を置き去りにした一撃。
数キロの距離と猛烈な砂嵐を抜け、春陰から放たれた徹甲スナイパー弾は、プラント内で強春を包囲しようとしていた無人指揮機の分厚い装甲の継ぎ目を、寸分の狂いもなく貫通した。
中枢機を破壊され、ネットワークを分断された無人機群は、もはやただの的だった。
「これで終わりだァッ!」
巽の法春がスタンロッドで残存機を破壊し、熱砂の死闘は唐突に幕を下ろした。
「ふぅ……サウナよりタチが悪いぜ」
戦闘終了後、コクピットから降りた巽が、汗だくになって首元のボタンを引きちぎるように開けた。
「機体の冷却システムには砂が入り込んでいます。帰還後、完全なオーバーホールが必要ですね」
牧野がタブレットを叩きながら、輸送機からワイヤーを下ろす指示を出す。
「お疲れ様、二人とも。……ギリギリだったけれど、サーバーが破壊される直前に、重要なデータ・パケットは全て回収したわ」
鷹司が、モニターに解析結果を映し出す。
「で、テロリストの次の尻尾はどこに繋がってたんだ?」
榊が強春のシールドについた焦げ跡を撫でながら問う。
「連中の無人機……この砂漠で使われた四脚型も、シンガポールのドローンも、どうやら同じ場所で大量生産されているらしいわ」
鷹司が世界地図を展開し、一つの大陸を赤く光らせた。
「アフリカ大陸中央部……政情不安の続く、某国の密林地帯よ。かつて軍事独裁政権が極秘に建造し、放棄された巨大な地下自動兵器工場。テロ組織はそこを乗っ取り、自分たちの『無人機製造プラント』に作り変えている」
「今度はジャングルか。砂漠の次は熱帯雨林とは、PKOってのは世界中を観光できて最高だな」
巽が皮肉たっぷりに笑いながら、法春の装甲をポンと叩いた。
「笑い事じゃありませんよ、巽巡査部長。密林での行軍は、砂漠以上の地獄です」
汐見が岩山から帰還しながら、静かに釘を刺す。
「しっかり休んでおきな! 次のフライトは赤道をまたぐロングランだぜ!」
上空から荒田の陽気な声が降り注ぎ、四機のヴァンツァーは次々と輸送機へと回収されていった。