第1章:交わるはずのなかった防人たち
硝煙と海風が混ざり合う夜の横浜港。炎上する無国籍ヴァンツァーの残骸を囲むように、4機の異形の鋼鉄が立ち尽くしていた。
「こちら神奈川県警、巽巡査部長。対象の無力化を確認した。……だが、なんだって陸自と海保がこんな所にいる?」
左手に握ったショットガンの銃身から細い煙を立ち昇らせながら、警察仕様のヴァンツァー『強警』のコクピットで巽巡査部長は舌打ちをした。右腕にマウントした格闘用のロッドには、先ほどのインファイトで叩き潰したテロリスト機の装甲塗料がこびりついている。
オープンチャンネルの通信回線に、重厚な装甲とシールドを備えたアタッカー機『強盾』から、生真面目で硬質な男の声が返ってくる。
「こちらは陸上自衛隊、榊1等陸尉(一尉) 。特例措置に基づく対テロ出動要請を受諾し、臨場した。……クーデター未遂による日防軍解体後、我々『自衛隊』としての初陣が、まさか県警との乱戦になるとは思わなかったがな」
「乱戦にしたのはそっちでしょ」
呆れたような女性の声が割り込んだ。ひしゃげたコンテナの陰から姿を現したのは、長距離狙撃用ライフルを構えた海上保安庁のガンナー機『陣陽』だ。
「海上保安庁、汐見3等海上保安正(三保正) です。不審な貨物船を追跡中、ここで連中が揚陸作業を強行したため交戦状態に入りました。……それにしても、一番の『乱入者』はあちらの機体ですが」
3人の視線——3機のメインカメラの先には、先ほどの戦闘で後方から圧倒的なミサイルの弾幕を張り、テロリストの部隊を文字通り火の海に沈めたミサイラー機『炎陽』が静かに佇んでいた。
「……助太刀には感謝するが、所属と身元を明かしてもらおうか」
強警がロッドを構え直し、警戒するように一歩前に出る。 炎陽の外部スピーカーがオンになり、凛とした女性の声が横浜の夜空に響いた。
「私の所属は、国家情報局(NIA)です」
「国家情報局……? 旧内調の、か」榊一尉が驚きの声を漏らす。
「ええ。旧内閣情報調査室は改編され、外務省、警察庁、防衛省など各省庁が収集した情報を一元的に集約・分析する中核機関へと格上げされました。現在、我が局は総理大臣をトップとし関係閣僚で構成される『国家情報会議』の下で実務を担っています」
国家情報局の女性局員、冴子鷹司は、淡々と、しかし有無を言わさぬ威圧感を持って語る。
「このテロ事件は、単なる過激派の暴走ではありません。背後には、近年ヴァンツァー市場で急速にシェアを拡大している新興兵器開発企業が絡んでいます」
「一介の企業が、これほどの重武装部隊を横浜に送り込んだというのか?」警察官が疑わしげに問う。
「ええ。彼らの目的は、単なる示威行為ではないからです。……彼らは『M.I.D.A.S.(ミダス)』の再生産を目論んでいます」
その単語が出た瞬間、通信回線は凍りついたように沈黙した。 M.I.D.A.S.——金塊の名を冠したその兵器は、たった1年前に世界を恐怖のどん底に陥れ、結果として日本がO.C.U.から脱退する直接の原因となった悪魔の代物だ。
「バカな……アレは完全に処分されたはずだ! だから日本は泥を被って独立を……」
「設計データ、あるいはそのコアとなる技術の断片が流出した疑いがあります。国家情報会議はこれを国家存亡の危機と認定。事態の秘匿と迅速な解決のため、各組織の枠組みを超えた特務チームの編成を決定しました」
炎陽が、強警、強盾、陣陽へと順番に視線を向ける。
「神奈川県警、陸上自衛隊、海上保安庁。あなた方の各上層部には、既に国家情報会議から超法規的な出向命令が下されています。今この瞬間より、あなた方3名は私、国家情報局の指揮下に入っていただきます」
「なっ……現場の人間を勝手に引き抜く気か!」
「拒否権はありません。これは『命令』です。……それに」
炎陽のセンサーが、暗い海へ、そして遠く市街地の闇へと向けられた。
「すでに死肉の『匂い』を嗅ぎつけたハイエナどもが、この日本に潜入しています。U.S.N.、シベリア連合国を抱え込み勢力図を変えたO.C.U.、大漢中、ザラーフト共和国、そしてEC……。各国の非公認ヴァンツァー特殊部隊が、M.I.D.A.S.の情報を狙って水面下で
警察(強警)、自衛隊(強盾)、海上保安庁(陣陽)、そして国家情報局(炎陽)。 本来交わるはずのない4つの組織のヴァンツァーが、炎上する横浜港で顔を突き合わせた。
「連中の狙いは単なるテロじゃないわ。……彼らが探しているのは、かつて世界を欺いた『悪魔の火』よ」 「悪魔の火……まさか、M.I.D.A.S.だと!?」
国家情報局員の女性の言葉に、三人の機体に緊張が走る。 M.I.D.A.S.の再生産を目論む新興企業。そして、その匂いを嗅ぎつけて暗躍するU.S.N.、O.C.U.、大漢中、ザーフトラ、ECの特殊部隊。
「どうやら、私たちでこの火種を消して回るしかなさそうね」
炎に照らされた4機のヴァンツァーは、背後に迫る巨大な世界的陰謀の影に立ち向かうように、それぞれの武器を構え直した。赫き海都を舞台にした、彼らの長きにわたる戦いが、今ここから始まろうとしていた。
動き出している」
「……もはやこの国は、見えない戦場にされているんですよ」
潮騒の音と、炎が爆ぜる音だけが響く中、4機のヴァンツァーは沈黙を共有した。 警察、自衛隊、海保、そして国家情報局。 交わるはずのなかった4つの組織の意地と誇りが、M.I.D.A.S.という呪わしい因縁を前に、今一つに結ぎ合わされようとしていた。