第二部 第3章:ロッキーに沈む巨影
北米大陸、コロラド州。
ロッキー山脈の雪解け水が流れる渓谷を、局地的な「地震」が揺らしていた。
地響きの正体は、朝靄を引き裂いて進む全高五十メートル級の異形——六本の巨大な多脚で山肌を削りながら進む、旧U.S.N.軍の超巨大移動要塞だった。その装甲表面には青白いエネルギーシールドが展開され、無数の対空砲座とミサイルポッドが、近づく者すべてを拒絶するように天を睨んでいる。
「デカいデカいとは聞いていたが、動く山脈じゃねえか。……あれが北米最大のメガソーラー・プラントに接続されれば、エネルギーは無限大。大陸が丸ごと焼き払われるぜ」
上空の輸送機から見下ろす巽恭平が、呆れたように息を吐く。
『要塞の進行ルート上に、U.S.N.正規軍の防衛ラインが展開されていますが……突破されるのは時間の問題です。メガソーラー到達まで残り十五分』
牧野理沙の切迫した報告が響く。
「私たちが止めるわ。これだけの巨体、外部からの攻撃はエネルギーシールドで減衰される。……なら、懐に飛び込んで中枢を直接物理破壊するまでよ」
鷹司冴子が作戦を伝達する。「荒田、要塞の真上に私たちを落として!」
『了解だ! 弾幕のシャワー、気合で避けなよ!』
荒田修吾が操縦桿を限界まで倒し、VTOL輸送機が対空砲火の網の目を縫うように急降下する。
「行くぞ、お前ら! アメリカのど真ん中で大暴れだ!」
四機のヴァンツァーが、空を覆う巨獣の背へと次々に投下された。
着艦と同時、要塞の甲板から無数の自動防衛用無人ヴァンツァーが湧き出してくる。
「まずは邪魔なハエを落とすわ!」
鷹司の『111式春陽』が、強化された大型レドームから最大出力のECMを放射。要塞の防衛ネットワークを強制的に混線させ、無人機たちの動きに致命的なラグを生じさせる。
「俺の新しい『戦い方(スタイル)』、見せてやる!」
前衛に躍り出た榊健吾の『113式強春』が、超大型タワーシールドを構えて敵の集中砲火を真正面から受け止める。
だが、次の瞬間、榊はシールドを背部のマウントへ跳ね上げ、空いた左手で腰のハードポイントから大口径ショットガンを引き抜いた。
右手にマシンガン、左手にショットガン——重装甲機体による圧巻の二丁拳銃(アキンボ)スタイル。
「弾幕には、弾幕で応えるまでだッ!」
強春がマシンガンで無人機群を制圧しながら突進し、装甲の隙間をショットガンの散弾で容赦なく粉砕していく。遠近両用、変幻自在の重火力に、甲板上の防衛部隊が次々とスクラップへと変わる。
「榊一尉、道は開いたぜ! 要塞のシールド発生器を潰す!」
巽の『112式法春』が、強春の作った突破口から要塞の動力ブロックへと肉薄する。
迎撃システムのガトリング砲が火を噴くが、巽は左腕に装備した小型シールドで弾道を巧みに逸らし、シールドの裏側に構えたフルオートピストルで砲座のセンサーを的確に撃ち抜いた。
「シールドの出力ノード……見つけたぜ! 眠りやがれ!」
法春が装甲を蹴って跳躍し、右腕のスタンロッド(電磁警棒)をシールド発生器の基部へ渾身の力で突き立てた。
青白い超高圧の放電が要塞の回路を駆け巡り、巨体を覆っていた強固なエネルギーバリアが、ノイズを立てて霧散していく。
「バリア消失を確認! ……鷹司局員、撃てます!」
要塞から数キロ離れた岩山。そこにアンカーを打ち込み、機体を完全に固定した汐見葵の『114式春陰』が、長距離狙撃用ライフルではなく、巨大な強粒子砲(ビーム砲)の砲身を展開していた。
『ジェネレーター直結。出力120%……目標、要塞のメインドライブ』
春陰の漆黒の装甲が、膨大な熱量によって赤熱する。
「北米の太陽の前に、私が引導を渡します。……貫けッ!」
引き金が引かれた。
大気を焼き焦がす極太の光の奔流が、音速を超えて渓谷を一直線に駆け抜ける。
強粒子砲の一撃は、バリアを失い無防備となった巨大要塞の装甲を容易く融解させ、心臓部であるメインドライブを寸分の狂いもなく完全に貫通した。
凄まじい誘爆が要塞内部を駆け巡り、六本の巨大な脚が崩れ落ちる。
「脱出よ!」
鷹司の号令と共に、巽と榊が爆発する甲板から跳躍し、上空から降下してきた輸送機の回収ワイヤーへと間一髪で飛び移った。
メガソーラー・プラントまで残り数キロの地点。
北米大陸を焼き尽くすはずだった鋼の巨獣は、轟音と共にロッキー山脈の谷底へと崩れ落ち、その活動を完全に停止した。
「……ふぅ。これでアメリカの大地も、少しは平和を取り戻すだろうさ」
輸送機の後部ハッチから、黒煙を上げる要塞の残骸を見下ろし、巽がフルオートピストルの硝煙を吹き飛ばす真似をした。
「油断は禁物だ。……牧野、要塞の中枢から抜き出したデータはどうだった?」
二丁の銃を収め、機体の冷却を急がせながら榊が尋ねる。
タブレットの画面に凄まじい速度で暗号コードを走らせていた牧野が、ゆっくりと顔を上げた。
その表情には、普段の冷静さとは違う、底知れぬ事態への警戒が浮かんでいた。
「……最悪の報告です。この要塞は、テロ組織の計画の『ほんの一部』に過ぎませんでした」
牧野がモニターに世界地図を展開する。
「連中はすでに、世界中で同時多発的に『旧時代の遺産』を起動させています。解析された通信ログの接続先は……南米大陸の熱帯雨林、大漢中の放棄された巨大兵器工廠、ザーフトラ共和国の極寒の軍事施設、そしてオーストラリア大陸の無人地帯」
次々と地図上が赤く明滅していく。
「世界規模のテロネットワーク……本気で第三次世界大戦でも起こす気かしら」
鷹司が腕を組み、鋭い視線で地図を睨む。
「だが、一番厄介なのは最後だ」
牧野が地図の中央、太平洋に浮かぶ一つの島をズームアップした。
「全ての無人機、全てのテロ兵器の通信の『最終到達点(エンドポイント)』……指令を下しているメインサーバーは、ここにあります」
モニターに映し出されたその地名を見て、全員が息を呑んだ。
「……ハフマン島」
榊が、絞り出すようにその名を口にする。
「ヴァンツァーの歴史が始まり、無数の血が流された紛争の島……。なるほど、全ての『悪意』が集まるには、これ以上ない舞台ってわけだ」
巽が、スタンロッドを握る手に力を込めた。
「南米、大漢中、ザーフトラ、オーストラリア……世界中で暴走するテロの火種を一つずつ潰し、最後は因縁のハフマン島へ突入する」
鷹司が、決意に満ちた声でチームを見渡す。
「長い旅になるわよ、あなたたち。覚悟はいい?」
「とっくに出来てるぜ。世界中どこだろうと、俺たちが『春』を届けてやる」
巽の不敵な笑みに、榊も、汐見も、そしてサポートの二人も力強く頷いた。
北米大陸の死闘を乗り越え、鋼の番犬たちの戦いは次なる次元へと突入する。
世界を巡る果てしない戦いの旅——第三部の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
(第二部・北米大陸編 了)