第三部 第1章:アンデスの天嶮(てんけん)
南米大陸、アンデス山脈。
標高四千メートルを超える絶壁が連なる「鳥すら越ええぬ」死の領域を、吹き荒れる強烈な上昇気流を切り裂きながらVTOL輸送機が進んでいた。
「酸素は薄いわ、気流は最悪だわ……。荒田、もう少し揺れをどうにかできねえのか!」
機内の壁に手をつき、巽恭平が青ざめた顔で文句を言う。
『無茶言うな! これでも俺の腕だから飛べてるんだぜ。ちょっとでも気を抜けば、あっという間に谷底へ真っ逆さまだ!』
操縦席の荒田修吾が、警報アラームが鳴り響くコンソールと格闘しながら怒鳴り返した。
『泣き言を言わないでください、巽巡査部長。……目標地点まで距離二千。光学迷彩を透過して、山肌に人工的な構造物を捕捉しました』
モニター越しに牧野理沙が淡々と告げる。
「アンデスの岩山を丸ごとくり抜いた、巨大な無人機(ドローン)発進基地……。旧南米連合軍が極秘裏に建設し、放棄した山岳要塞ね」
鷹司冴子が、モニターに映る断崖絶壁を睨みつける。
「テロ組織のネットワークは、ここから南米全土へ向けて自爆ドローンの群れを放つつもりよ。山脈の斜面を利用した要塞だから、地上からの接近は不可能。……荒田、岩棚の上に私たちを直接落として」
『了解! 着地スペースは極小だ、踏み外すなよ!』
輸送機が崖に沿うように機体を傾け、四機のヴァンツァーが薄い大気の中へ投下された。
着地したのは、要塞の入り口にあたる幅わずか十メートルほどの切り立った岩棚だった。
岩が砕け、小石が数千メートル下の谷底へ吸い込まれていく。
「ヒュゥ、こいつは肝を冷やすぜ。だが、仕事の時間だ」
巽の『112式法春』が立ち上がった瞬間、要塞の偽装岩盤が開き、山岳戦に特化した四脚型の無人ヴァンツァー部隊が崖を這うようにして湧き出してきた。
「まずは『目』を潰すわ。崖から落ちたくなかったら、大人しくしていなさい!」
鷹司の『111式春陽』が、背部の大型レドームを展開。強化されたECM(電子妨害)装置から放たれる強力なジャミングが、要塞の防衛センサーと無人機群の平衡感覚を狂わせる。
数機の無人機が足場を失い、断崖絶壁から次々と転落していった。
「残りは俺たちが引き受ける!」
崖に張り付きながら突進してくる敵機に対し、榊健吾の『113式強春』が岩棚の中央に陣取った。
「こんな足場の悪い場所じゃ、重いシールドは重心がブレる。……攻撃こそ最大の防御だ!」
榊は超大型タワーシールドを背部のマウントへ固定し、腰のハードポイントから大口径のショットガンを引き抜いた。
右手の重機関砲(マシンガン)で上部から降ってくる敵機を牽制し、左手のショットガンで足元へ肉薄してきた敵を粉砕する。二丁の重火器による制圧射撃が、岩棚に分厚い弾幕の壁を築き上げた。
「榊一尉、ナイスカバーだ! 俺は要塞のシャッターをこじ開けるぜ!」
巽の法春が、強春の弾幕の隙間を縫って一気に前進する。
要塞の防衛砲台から放たれる弾雨を、法春は左腕の小型シールドで巧みに弾き返し(パリィ)、シールド裏のフルオートピストルで正確な反撃を叩き込む。
足場の悪い岩棚でも、この軽量かつ小回りの利く兵装の組み合わせは抜群の機動力を発揮した。
「そこだッ!」
要塞のメインシャッターの制御盤に肉薄した法春が、右腕のスタンロッド(電磁警棒)を渾身の力で突き立てる。
青白い超高圧電流が岩盤を伝って制御回路を焼き切った。しかし、分厚いチタン合金のシャッターは、ロックが外れても微動だにしない。
『回路のショートは確認しましたが、シャッターの重量が規格外です。物理的に破壊しなければ中へは入れません』
牧野の声が響く。
「なら、私の出番ですね」
要塞から遥か上部、アンデスの頂に近い極寒の雪山。
そこにアンカーを打ち込み、機体を完全に固定した汐見葵の『114式春陰』が、銃身の長い強粒子砲(ビーム砲)を展開していた。
「標高四千五百メートル。大気密度低下によるビームの減衰率、計算完了。……ジェネレーター、最大出力」
春陰の漆黒の装甲が、膨大な熱量によって雪を溶かし、蒸気を吹き上げる。
「——道を開きます」
放たれた極太の光の奔流が、薄い大気を切り裂き、斜め上方から要塞のメインシャッターを直撃した。
数千度の熱エネルギーが分厚いチタン合金を瞬時に融解させ、大穴を穿つ。
「ビンゴだ! 突入する!」
巽と榊が、焼け焦げたシャッターの穴から要塞内部へと雪崩れ込む。
内部に広がっていたのは、起動準備に入っていた無数の自爆用ドローンと、それを統括する巨大なサーバー群だった。
「これだけの大群が南米の空に放たれてたら、大惨事だったわね」
後から突入した鷹司が、春陽のミサイルポッドを全展開する。
「全部、ここで灰にしてあげるわ」
マイクロミサイルの雨が要塞内部を駆け巡り、ドローン群とサーバー群が連鎖的な大爆発を起こす。
特務チームは爆炎を背に、素早く岩棚へと脱出した。
「南米(ここ)のテロネットワークは完全に沈黙したわ。……見事な手際だったわよ、みんな」
上空で待機していた輸送機に回収され、鷹司がヘルメットを脱ぎながら労いの言葉をかける。
「ああ。左腕の盾とピストルのおかげで、あんな断崖絶壁でも身軽に動けたぜ。スタンロッドもいい調子だ」
巽が、機体のメンテナンスパネルを見ながら満足げに笑う。
「しかし、息つく暇もないな。牧野、次の目的地は出ているか?」
榊が、強春のショットガンに付着した岩の粉を払いながら尋ねた。
タブレットを見つめていた牧野が、ゆっくりと顔を上げる。
「ええ。この要塞のサーバーから、通信ログを逆探知しました。……次の信号の発信源は、大漢中(だいかんちゅう)です」
「大漢中……。また厄介な場所ね。東アジアの巨大な軍事国家」
鷹司が眉をひそめる。
「発信源は、大漢中の内陸部にあるゴビ砂漠の地下深く。旧時代の『超大型ヴァンツァー開発プラント』の跡地です。テロ組織はそこで、無人機とは違う『何か』を建造している形跡があります」
牧野の言葉に、全員の表情が引き締まった。
『大漢中の領空侵犯なんて、見つかったら蜂の巣だぜ。……まあ、俺のステルス飛行ならなんとかなるがな!』
操縦席から荒田が陽気な声を上げる。
「頼むわよ、荒田。……南米の次は東アジア。世界を股にかけるのも悪くないけれど、早く黒幕の尻尾を掴みたいわね」
鷹司が、モニターに映る大漢中の広大な砂漠地帯を見据えた。
南米アンデスの天嶮を打ち砕いた鋼の番犬たちは、一路、砂と陰謀が渦巻く巨大国家・大漢中へと向けて飛び立った。第三部、世界を巡る戦いはさらに加速していく。