第三部 第2章:砂の帝国と巨砲
大漢中、ゴビ砂漠。
見渡す限りの広大な黄土色の海が、灼熱の太陽の下で陽炎を揺らめかせている。
この広大な国家の監視網を掻いくぐり、完全なステルス飛行を維持した輸送機が、砂丘の谷間に静かに身を潜めていた。
「大漢中の防空レーダーは世界一だ。見つかれば、数分で正規軍の迎撃部隊が飛んでくるぞ」
榊健吾が、輸送機のハッチから外の砂漠を警戒しながら低い声で言った。
『その心配は要りません。テロ組織が占拠している旧時代の「超大型ヴァンツァー開発プラント」は、大漢中政府からも見捨てられた完全な非合法地帯。……彼ら自身が強力なジャミングでこの一帯をレーダーから隠蔽しています』
モニター越しに牧野理沙が報告する。
「自分から隠れてくれてるなんて、好都合ね。……で、連中が砂漠のど真ん中で何を作っているか、解析できた?」
鷹司冴子の問いに、牧野はタブレットを操作し、ぼやけた地下の透視図を映し出した。
『……信じがたいことですが。プラントの地下に、全長二百メートルを超える「列車砲」型の超巨大自走砲が確認されました。しかも、砲身には電磁加速(レールガン)の機構が組み込まれています』
「レールガン付きの列車砲だと!? そんなもん、砂漠から撃てば近隣国の首都まで吹っ飛ぶぞ!」
巽恭平が目を剥く。
『テロ組織の狙いは、まさにそれです。彼らはこの超巨大レールガンで、周辺国の主要な軍事拠点を無差別に狙撃し、アジア全域に致命的な混乱を引き起こすつもりです。……発射シークエンスはすでに最終段階。砲身が地上へせり出しつつあります』
「撃たせる前に、その長ったらしい砲身をへし折るわよ。全員、出撃!」
鷹司の号令と共に、四機のヴァンツァーが熱砂の海へと降り立った。
着地と同時に、地下プラントを覆っていた偽装の砂丘が割れ、金属の咆哮と共に超巨大レールガンがその威容を現した。
同時に、プラントの防衛用に出撃してきた大漢中製の無人ヴァンツァー部隊——分厚い装甲と重火器を備えた、武骨な四脚型機体の群れが特務チームに襲いかかる。
「デカい図体の機械ばかりで、ウンザリするぜ!」
巽の『112式法春』がスラスターを吹かし、砂を蹴り上げて前線へ飛び出す。
敵機の放つ大口径のロケット弾を、法春は左腕の小型シールドで斜めに受け流し(パリィ)、爆風を背に受けてさらに加速。シールドの裏に構えたフルオートピストルで、四脚機の関節部を正確に撃ち抜いていく。
「巽、突出しすぎるな! 敵の数が多い。ここは『線』で抑える!」
榊の『113式強春』が、超大型タワーシールドを砂地に突き立て、機体を固定する。
強春はシールドの隙間から、右手のマシンガンと左手のショットガンを同時に乱射。近づく者は散弾で蜂の巣にし、遠距離から撃ち下ろしてくる敵はマシンガンで牽制する。圧倒的な弾幕の壁が、敵の進軍を完全に食い止めた。
「前衛は見事ね。なら、私は敵の『神経』を刈り取るわ」
鷹司の『111式春陽』が、強化型ECMを最大出力で解放する。
指向性を持たせた強烈なジャミング波が、無人機群と地下プラントの通信ネットワークを分断。制御を失った四脚機たちは、同士討ちを始めるなど完全に混乱状態に陥った。
「道は開いたぜ! 汐見、あのバカでかい大砲の息の根を止めてやれ!」
巽が通信機越しに叫ぶ。
『……了解。ですが、敵のレールガンは電磁シールドで覆われています。私のビームでも、正面からは弾かれる可能性が高い』
遠く離れた砂丘の頂上に陣取った汐見葵の『114式春陰』が、強粒子砲(ビーム砲)の照準を合わせながら冷静に分析する。
『なら、私がシールドの「穴」を抉じ開けます』
牧野の声が響く。
『巽巡査部長、レールガンの基部、エネルギーバイパスの結合部へ接近してください。そこへスタンロッドを打ち込めば、一瞬だけシールドがダウンするはずです』
「了解だ! やってやるぜ!」
巽の法春が、混乱する敵陣をすり抜け、せり上がる超巨大レールガンの基部へと肉薄する。
無数の対空機銃が法春を狙うが、左腕の小型シールドとピストルによる制圧射撃で強引に突破し、右腕のスタンロッド(電磁警棒)を結合部へと深々と突き立てた。
「落ちろォッ!」
青白い超高圧電流がレールガンの基部に流れ込み、巨大な砲身を覆っていた電磁シールドが一瞬だけ、完全に消失した。
「……シールドダウン、確認。射線クリア」
汐見の春陰が、極限までエネルギーを充填した強粒子砲の引き金を引いた。
「——灰燼に帰しなさい」
大気を焼き焦がす極太の光の奔流が、ゴビ砂漠を一直線に駆け抜ける。
強粒子砲の圧倒的な熱エネルギーは、無防備となった超巨大レールガンの砲身の中央部を直撃。電磁加速用コイルが連鎖的な誘爆を起こし、全長二百メートルの鋼鉄の巨砲が、轟音と共に真っ二つにへし折れた。
「目標の破壊を確認! これで大漢中でのテロ計画は完全に潰えたわ」
鷹司が、燃え盛る巨大兵器の残骸を見下ろしながら告げる。
「よし、撤収だ! 大漢中の正規軍が飛んでくる前にズラかるぞ!」
巽の声に呼応するように、上空から荒田の輸送機が降下し、四機のヴァンツァーを次々と回収していく。
「南米のドローン基地、大漢中のレールガン……。どれも国家レベルの軍事予算が必要な代物だ。これを裏で操ってる黒幕は、一体どれだけ巨大な組織なんだ?」
輸送機の機内で、榊が泥にまみれた強春の装甲を拭きながら渋い顔をする。
「資金だけじゃないわ。旧時代の遺産を短期間で再起動させ、自律型のAIネットワークで完璧に統率している。……技術力も異常よ」
鷹司がタブレットの画面を鋭い目で見つめる。
「……次の発信源の解析が完了しました」
牧野が、沈痛な面持ちで顔を上げた。
「次はどこだ? どこだろうと、俺たちがブッ潰すだけだがな」
巽が、フルオートピストルの弾倉を交換しながら笑う。
「行き先は……ザーフトラ共和国です」
牧野がモニターに世界地図を展開し、北半球の極寒の地を赤く光らせた。
「ザーフトラ……。大漢中と並ぶ、かつての超大国ね。しかも、極東の軍事均衡を崩しかけた『M.I.D.A.S.事件』の裏で暗躍していた国でもある」
鷹司の瞳に、冷たい怒りの炎が宿る。
「テロ組織が目をつけているのは、ザーフトラの永久凍土の地下深くに放棄された、旧冷戦時代の『戦略核ミサイルサイロ』です。……もし彼らが核兵器の制御を奪えば、これまでとは次元の違う大惨事になります」
牧野の報告に、機内の空気が一瞬で凍りついた。
「核だと……? 冗談じゃねえ、絶対に撃たせるな」
榊が、強く拳を握りしめる。
『了解だ。ヒーターの出力を最大にして、極寒の地へ飛ぶぜ。しっかり掴まってな!』
荒田の操る輸送機が、砂漠の熱気を振り切るように高度を上げ、針路を北へと向けた。
灼熱のゴビ砂漠での死闘を終え、特務チームの次なる戦場は、氷に閉ざされた巨大国家・ザーフトラ。
核の脅威を阻止するため、鋼の番犬たちの戦いはついに最終局面へと近づきつつあった。