第三部 第3章:凍土の狂宴と核の影
ザーフトラ共和国、シベリア極北の永久凍土層。
外気温マイナス四十度。吹き荒れるブリザードが、すべてを白一色に塗り潰す死の世界を、一機のVTOL輸送機が強風に機体を軋ませながら飛んでいた。
「ヒーターを最大にしてもコクピットが霜だらけだぜ! 機体の関節(アクチュエーター)が凍りつく前にケリをつけてくれよ!」
操縦桿と格闘する荒田修吾の怒鳴り声が、通信機から響く。
『愚痴を言っている暇はありません。……最悪の事態です』
モニター越しの牧野理沙の声が、かつてなく緊迫していた。
『目標の旧冷戦時代・戦略核ミサイルサイロですが、すでに第一防爆扉が開放されています。テロ組織のAIが発射シークエンスの最終段階に突入。……核弾頭の着火まで、残り五分!』
「五分だと!? 冗談じゃねえ、世界を道連れにする気か!」
巽恭平が『112式法春』の操縦桿を強く握りしめる。
「ステルスで潜入している余裕はないわ。荒田、サイロの真上へ直上(ダイブ)して! 私たちは開いたハッチから、ミサイルの格納庫へ直接飛び込む!」
鷹司冴子が即座に決断を下す。
『イカれてるぜ! 防空システムがガン首揃えて待ってる真上を通るんだぞ!』
「私の『春陽』の電子戦能力を信じなさい。……行くわよ!」
荒田の輸送機が猛吹雪を切り裂き、巨大なサイロの真上へと急降下する。
同時に、サイロ周辺に展開していた無数の対空砲座が火を噴こうとした瞬間、鷹司の『111式春陽』が背部の大型レドームから最大出力のECM(電子妨害)を放射した。
「視神経を焼き切ってあげるわ!」
強力な電磁波がザーフトラの旧式防衛システムを完全にショートさせ、対空砲の砲身が明後日の方向へと垂れ下がる。
「今だ、降下(ドロップ)!」
四機のヴァンツァーが、吹雪の空から、ぽっかりと口を開けた巨大な地下サイロの縦穴へと身を躍らせた。
数百メートルの縦穴の底には、赤黒い塗装を施された巨大な大陸間弾道ミサイルが鎮座し、その周囲の足場(キャットウォーク)を、ザーフトラ製の重装甲無人機群が埋め尽くしていた。
「着地と同時に蜂の巣にされるぞ!」巽が叫ぶ。
「私の背中に隠れろッ!」
真っ先にサイロの底へ着地した榊健吾の『113式強春』が、落下エネルギーを殺しながら超大型タワーシールドを構え、即席のトーチカを構築する。
全方位から降り注ぐ無人機群の重火器の雨を、強春の極厚装甲と盾が火花を散らして弾き返した。
「榊一尉、助かるぜ!」
強春の盾を足場にして跳躍した巽の『112式法春』が、サイロの円形壁面に沿ってスラスターを吹かし、壁を走るようにして敵陣へ突撃する。
迎撃してくる無人機の大剣を左腕の小型シールドで受け流し(パリィ)、そのまま至近距離からシールド裏のフルオートピストルを敵のカメラアイに連射。圧倒的な機動力と手数の多さで、壁面の防衛部隊を次々と沈めていく。
「防御は任せろ。……面制圧で一掃する!」
榊がタワーシールドを背部に固定し、両手を開放する。右手に重機関砲(マシンガン)、そして腰のハードポイントから左手に大口径ショットガンを引き抜いた。
「弾幕(シャワー)の時間だ!」
強春が二丁の重火器を同時に乱射する。狭いサイロの底で、散弾と徹甲弾の嵐が吹き荒れ、重装甲のザーフトラ無人機たちが次々とスクラップへと変わっていく。
『発射まで残り六十秒! ミサイルのメインコンソールを破壊してください!』
牧野の悲痛な叫びが響く。
「コンソールはミサイルの真下か! だが、あのクソデカい門番が邪魔で近づけねえ!」
巽の視線の先。コンソールの前には、通常のヴァンツァーの倍近い巨体を持つ、要塞防衛用の超重装甲無人機が立ち塞がっていた。機体の周囲には強力な電磁シールドが張られている。
「私が強粒子砲(ビーム)でシールドごと焼き払います!」
サイロの最上部、吹雪が吹き込む入り口の縁に機体を固定した汐見葵が、『114式春陰』のビーム砲を展開しようとする。
『待って、汐見! ダメよ!』
鷹司の春陽が叫ぶ。
『この閉鎖空間でビームの超高熱を放てば、ミサイルの液体燃料が誘爆する! 核爆発は免れても、シベリア半島が吹き飛ぶわ!』
「……チッ!」
汐見は即座に強粒子砲のエネルギーを落とし、武装を実体弾の狙撃用スナイパーライフルへと持ち替えた。
「なら、針の穴を通すまでです」
『残り三十秒!』
「巽、私が奴の体勢を崩す! その隙に懐へ潜り込め!」
榊の強春が、ありったけの弾丸を門番の電磁シールドに浴びせかけ、巨体を僅かに後退させる。
「了解だ! 汐見、シールドの『隙間』を作ってくれ!」
巽の法春が、弾幕を潜り抜けて門番へと肉薄する。
「風速、気温、すべて無視。……私の弾道が、今の世界の絶対法則です」
サイロの頂上から、汐見の春陰が引き金を引いた。
音速を超えた徹甲弾が、サイロの縦穴を真っ直ぐに落ち、門番の電磁シールド発生器——背部のわずかな装甲の継ぎ目を、寸分の狂いもなく貫通して破壊した。
パチン、と音を立てて門番のシールドが消失する。
「もらったァッ!」
巽の法春が左腕のシールドで門番の巨腕の殴打を弾き返し、大きく踏み込む。
そのまま右腕のスタンロッド(電磁警棒)を、門番の装甲越しにミサイルのメインコンソールへと直接、力任せに突き立てた。
「全部、眠りやがれェェッ!」
青白い超高圧電流が門番の機体を焼き切り、さらにコンソールの制御回路へと流れ込む。
『エラー。……発射プロトコル、強制遮断』
無機質な電子音と共に、赤黒く明滅していたミサイルの火が落ち、サイロ内部に深い静寂が訪れた。
『……核弾頭の臨界停止を確認。発射シークエンス、完全に沈黙しました』
牧野の深く安堵した声が響き、全員が大きく息を吐き出した。
「心臓に悪い任務だったわね。……でも、これで最悪の事態は防げた」
吹雪のサイロを後にし、上空の輸送機内で鷹司がモニターを操作しながら言う。
「あのままビームを撃っていたらと思うと、背筋が凍りますね」
汐見が、愛機の実体弾ライフルを撫でながら静かに微笑む。状況に応じた武装の使い分けが、世界を救ったのだ。
「で、牧野。これで世界中の『火種』は全部潰せたのか? ハフマン島へ乗り込む準備はできてるぜ」
巽が、温かいコーヒーを飲みながら尋ねる。
タブレットを操作していた牧野が、首を横に振った。
「いえ、まだです。ハフマン島の中央サーバーを直接叩く前に、どうしても破壊しなければならない場所が一つだけ残っています」
牧野がモニターに映し出したのは、南半球の巨大な大陸——オーストラリアだった。
「オーストラリア大陸の中央部、砂漠地帯(アウトバック)に建設された、超巨大な通信中継基地(リレイ・ステーション)です。……ハフマン島のテロ組織は、この中継基地を経由して世界中の無人機に指令を出していました。これを潰さない限り、ハフマン島への通信アクセスルートを特定し、セキュリティの壁を突破することは不可能です」
「なるほどね。本丸(ハフマン島)の城門を開けるための、最後の『鍵』ってわけか」
榊が腕を組み、力強く頷く。
『オーストラリアか! カンガルーと追いかけっこする準備をしておくぜ!』
操縦席から荒田の軽快な声が響き、輸送機はシベリアの吹雪を抜け、赤道を超えて南半球へと進路を取った。
南米、大漢中、ザーフトラ。
世界をまたにかけた鋼の番犬たちの転戦は、ついに最終決戦の地「ハフマン島」への扉を開くための、オーストラリア大陸での戦いへと続く。